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八
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「彼は私の幼馴染、ファビオ・ペトルッチです。少々誤解されやすい性格をしていますが……根はいい人です。先入観なく接していただけたらと思います。よろしくおねがいします。……ほら、ファビオも自分で挨拶して!」
何とかフォローになりそうな台詞を絞り出したサラは、首の後ろに片手を当ててけだるそうに隣に立っているファビオを肘で小突いた。
「ぐっ」と呻き声を上げたファビオはちらりと横目でサラを見た後、生徒会メンバーへと視線を向ける。おそらく生徒会室に入ってから初めて彼らと目を合わせた。隣で見守っているサラは親のような心境だ。
「……サラのナイトです」
「…………え? それだけ?!」
「うん。他に言っておかないといけないことは特に思いつかないし」
充分だろうという態度のファビオ。サラは頭を抱えたくなった。
今目の前にいる人達は皆サラやファビオよりも先輩だ。中には王太子もいるのに……。
「はあ」
ファビオの横顔を見つめ、仕方ないかと諦めて視線を逸らした。
こっそり先輩達の反応を窺う。あ、終わった。
アルベルトはアルカイックスマイルを浮かべて何を考えているのかわからない。パオロはファビオを使えない人間だと判断したのかすでに興味を失っている。ロベルトは留守番を任された子犬並みにファビオを睨みつけていて今にも吠え出しそうだ。そして、クララは……何故かファビオではなくサラを凝視していた。
――――も、もしかして、こんなやつをつれてくるなんてって怒っている?
サラは頬をひきつらせながら微笑みを浮かべ、小首を傾げた。すると、クララの視線がさっと外れる。サラはホッと息を吐いた。
視線の意味はわからなかったが……とりあえずファビオの第一印象があまりよくないものになったことだけは確信した。
前途多難だ。なんとか挽回する機会を作らないと。このままだとファビオが追い出される可能性も出て来る!
「ファビオ」
「何?」
「ファビオはここ」
サラの隣の席を示して、ファビオに座るよう促す。
先輩方に認めてもらうにはさっさとファビオに仕事慣れしてもらってファビオが使える人間だと証明するのが一番だ。
手のひらサイズのメモ帳をこっそり横に滑らせる。メモ帳には生徒会の仕事をする上での要領が記載してある。口頭で説明してもいいが、サラもラウラの仕事を回されたばかりで逐一丁寧に説明する余裕はない。だからといって、他のメンバーに任せるのも不安。だから昨晩、サラはクタクタの身体に鞭を打ってこのメモ帳を完成させたのだ。
メモ帳にはついでに掃除道具が置いてある場所や生徒会メンバーの嗜好についても記載してある。原作の知識をフル活用した。雑用係を押し付けられるだろうファビオも覚えておいて損はないはず。
けれど、ファビオはサラの努力の結晶に数分目を通しただけで通学鞄に閉まってしまった。
「ええ。ちょっと! ちゃんと見た?!」
「一応。まあ……でも、俺にはこういうの必要ないし」
「いやいやいや」
真顔で必死に否定するサラ。そんなサラを見て何を思ったのか、ファビオはふっと微笑むとサラの耳に顔を寄せ、「大丈夫。サラの好みはしっかり覚えているから」と囁いた。
かぁあああと頬が熱くなる。――――はっ! どこからか視線が!
不意にアルベルトと目が合う。慌ててファビオを押し返した。
「も、もうそういうのはいいから! さっさと仕事始めよう。そっちの書類はファビオお願いね」
「はいはい」
軽い返事をした後、ファビオは席を立ち、続き部屋へと消えてしまった。
自由気ままな行動に唖然としたサラは『もうしらない!』と自分の仕事を始める。
ユアントレーナ家にいる時のファビオに慣れてすっかり忘れていたが、学園にいる時のファビオは元々こうだった。基本ちゃらんぽらんでやる気のない不良生徒。原作はもっと素行が悪く、さらにナンパ属性もついていた。それを思うと今のファビオは随分ましかもしれない。……かもしれないけど。
「はい、どうぞ」
「え? あ、ありがとう」
横からさし入れられた紅茶。驚いて顔を上げる。目があうとファビオは微笑んだ。
好みの匂いが鼻孔をくすぐる。自然とサラの口角が上がった。仕事をする手を止め、カップに口をつける。
――――相変わらず私好みの味。
口内に広がる味に舌つづみを打つ。程よい熱さと、ミルクのみの適度な甘さが最高。
ファビオがいれてくれた紅茶を飲むのは久しぶりだ。――――初めて飲んだ時はびっくりしたっけ、ファビオにこんな特技があったなんてって。まあ、よくよく考えてみたら当たり前といえば当たり前だったんだけど……。
――――あら?
いつの間にか、サラだけではなく全員が手を止めていた。
どうやらファビオはしっかり全員分の飲み物を用意してくれたらしい。それもサラが教えた好みを反映させて。皆、虚を掴まれた顔をしているがファビオは素知らぬ顔をしている。サラも慌てて素知らぬ顔でもう一度紅茶に口をつけた。心の中でほくそ笑みながら。
しかし、それから一時間後。
「ねえ。ファビオは何しにきたわけ?」
ロベルトの皮肉交じりの言葉。けれど、その言葉に返答は無い。それもそのはずファビオは己の分の仕事をさっさと終わらせると、早々に寝てしまったのだ。長い足と腕を組み、器用に座ったまま寝ている。
「すみません」
ファビオに代わってサラが謝罪する。それも気にくわなかったのだろう。今度はギロリとサラを睨みつけた。
「そう思うならちゃんと躾けておいてよね。あんたがそうやってファビオを甘やかすから我儘放題するんだから」
「はい」
「まあまあロベルト落ち着いて。サラさんに八つ当たりしても時間の無駄ですよ。一応ファビオ君は自分の分の仕事は終えてるんですからいいじゃないですか。……それに、寝てもらっていた方が邪魔にならないでしょう?」
パオロが笑みを浮かべて指摘すると、ロベルトが「それはそうだけど」と釈然しない顔で呟いた。諦めず今度はアルベルトを味方にひきずりこもうとする。
「本当に放っておいていいんですか? アルベルト様」
「ん? ああ。仕事が終わるならなんだっていい。それに……彼は所詮おまけだからな」
ちらりとサラに視線が向けられる。サラはわかっていますよと微笑み返し、立ち上がった。
「終わりました。確認をお願いします」
そう言って、紙の束を渡す。
「ああ」
とアルベルトは受け取るとさっそく目を通し始めた。ロベルトは面白くなさそうに視線を逸らす。
サラは皆に気づかれないようにこっそりと息を吐いた。
――――ああ。早く家に帰りたい。ここは息が詰まる。
◇
その日は朝からなんとなく体調がよくなかった。
「サラ? 大丈夫か?」
青ざめたサラを見て心配そうに声をかけてくるファビオ。サラは「大丈夫」と言い返そうとしてロベルトに遮られた。
「何言ってんだよ。どう考えてもおまえのせいだろ。余力があるくせにおまえが仕事を最低限しかしないからそいつに負担がかかってるんだろ。……男のくせに好きな女の手助けもできないとか……情けないやつ」
「なんだと?」
「はっ。本当のことだろ」
睨み合うロベルトとファビオ。いつものサラなら強引に二人の間に入ってとりなそうとするが、今日のサラにはそんな余裕はない。しかも今日に限ってパオロとクララは家の事情で休み、アルベルトは学園長に呼び出されて席を外している。
二人の言い合い(ほぼロベルトの一方通行)は止まらない。頭がズキズキ疼き、二人の声が癇に障る。堪らずサラは口を開いた。淑女ならぬ声が口から飛び出す。
「いい加減にしてちょうだい!」
「はあ? あんた今なんて」
「ロベルト先輩、口を動かす暇があったらもっと手を動かしたらどうですか? 早く仕事を終わらせたいのでしょう? ファビオ、ファビオはこれ以上仕事を増やすことはしなくてもいい。ただ、邪魔をするのだけはやめて。できないなら……二人とも出て行って」
「っ。ゴメンサラ! 俺、そんなつもりじゃあ」
先程までの威勢はどこへやら、ファビオが血相を変えて謝罪を口にする。ロベルトもバツが悪そうに口を閉じた。
「はあ」
――――ようやく静かになった。
けれど、痛みはまだ続いている。サラは眉間に皺をよせ、こめかみに手を当てた。
「サラ、大丈夫か?」
「お、おい」
「ストップ」
心配そうな声を上げてサラに近づこうとするファビオとロベルトに制止の声がかかる。いつの間にか戻ってきていたアルベルトが間に立ちふさがる。
「ロベルトとファビオは先に帰れ」
「なっ」「そんなこと」
「サラ嬢がこうなったのはおまえらのせいだろう。悪いと思っているなら今日はこのまま帰れ。サラ嬢の症状が落ち着いたら私が責任をもってユアントレーナ公爵家へ送り届けるから」
言い返せないロベルトとファビオは渋々生徒会室を出ていく。部屋を出る間際に振り向いたファビオは意味深な視線をサラに送ったが余裕のないサラはその視線に気づかなかった。気づいたのはアルベルトだけ。無情にも扉は閉められ、生徒会室にはアルベルトとサラだけが残された。
何とかフォローになりそうな台詞を絞り出したサラは、首の後ろに片手を当ててけだるそうに隣に立っているファビオを肘で小突いた。
「ぐっ」と呻き声を上げたファビオはちらりと横目でサラを見た後、生徒会メンバーへと視線を向ける。おそらく生徒会室に入ってから初めて彼らと目を合わせた。隣で見守っているサラは親のような心境だ。
「……サラのナイトです」
「…………え? それだけ?!」
「うん。他に言っておかないといけないことは特に思いつかないし」
充分だろうという態度のファビオ。サラは頭を抱えたくなった。
今目の前にいる人達は皆サラやファビオよりも先輩だ。中には王太子もいるのに……。
「はあ」
ファビオの横顔を見つめ、仕方ないかと諦めて視線を逸らした。
こっそり先輩達の反応を窺う。あ、終わった。
アルベルトはアルカイックスマイルを浮かべて何を考えているのかわからない。パオロはファビオを使えない人間だと判断したのかすでに興味を失っている。ロベルトは留守番を任された子犬並みにファビオを睨みつけていて今にも吠え出しそうだ。そして、クララは……何故かファビオではなくサラを凝視していた。
――――も、もしかして、こんなやつをつれてくるなんてって怒っている?
サラは頬をひきつらせながら微笑みを浮かべ、小首を傾げた。すると、クララの視線がさっと外れる。サラはホッと息を吐いた。
視線の意味はわからなかったが……とりあえずファビオの第一印象があまりよくないものになったことだけは確信した。
前途多難だ。なんとか挽回する機会を作らないと。このままだとファビオが追い出される可能性も出て来る!
「ファビオ」
「何?」
「ファビオはここ」
サラの隣の席を示して、ファビオに座るよう促す。
先輩方に認めてもらうにはさっさとファビオに仕事慣れしてもらってファビオが使える人間だと証明するのが一番だ。
手のひらサイズのメモ帳をこっそり横に滑らせる。メモ帳には生徒会の仕事をする上での要領が記載してある。口頭で説明してもいいが、サラもラウラの仕事を回されたばかりで逐一丁寧に説明する余裕はない。だからといって、他のメンバーに任せるのも不安。だから昨晩、サラはクタクタの身体に鞭を打ってこのメモ帳を完成させたのだ。
メモ帳にはついでに掃除道具が置いてある場所や生徒会メンバーの嗜好についても記載してある。原作の知識をフル活用した。雑用係を押し付けられるだろうファビオも覚えておいて損はないはず。
けれど、ファビオはサラの努力の結晶に数分目を通しただけで通学鞄に閉まってしまった。
「ええ。ちょっと! ちゃんと見た?!」
「一応。まあ……でも、俺にはこういうの必要ないし」
「いやいやいや」
真顔で必死に否定するサラ。そんなサラを見て何を思ったのか、ファビオはふっと微笑むとサラの耳に顔を寄せ、「大丈夫。サラの好みはしっかり覚えているから」と囁いた。
かぁあああと頬が熱くなる。――――はっ! どこからか視線が!
不意にアルベルトと目が合う。慌ててファビオを押し返した。
「も、もうそういうのはいいから! さっさと仕事始めよう。そっちの書類はファビオお願いね」
「はいはい」
軽い返事をした後、ファビオは席を立ち、続き部屋へと消えてしまった。
自由気ままな行動に唖然としたサラは『もうしらない!』と自分の仕事を始める。
ユアントレーナ家にいる時のファビオに慣れてすっかり忘れていたが、学園にいる時のファビオは元々こうだった。基本ちゃらんぽらんでやる気のない不良生徒。原作はもっと素行が悪く、さらにナンパ属性もついていた。それを思うと今のファビオは随分ましかもしれない。……かもしれないけど。
「はい、どうぞ」
「え? あ、ありがとう」
横からさし入れられた紅茶。驚いて顔を上げる。目があうとファビオは微笑んだ。
好みの匂いが鼻孔をくすぐる。自然とサラの口角が上がった。仕事をする手を止め、カップに口をつける。
――――相変わらず私好みの味。
口内に広がる味に舌つづみを打つ。程よい熱さと、ミルクのみの適度な甘さが最高。
ファビオがいれてくれた紅茶を飲むのは久しぶりだ。――――初めて飲んだ時はびっくりしたっけ、ファビオにこんな特技があったなんてって。まあ、よくよく考えてみたら当たり前といえば当たり前だったんだけど……。
――――あら?
いつの間にか、サラだけではなく全員が手を止めていた。
どうやらファビオはしっかり全員分の飲み物を用意してくれたらしい。それもサラが教えた好みを反映させて。皆、虚を掴まれた顔をしているがファビオは素知らぬ顔をしている。サラも慌てて素知らぬ顔でもう一度紅茶に口をつけた。心の中でほくそ笑みながら。
しかし、それから一時間後。
「ねえ。ファビオは何しにきたわけ?」
ロベルトの皮肉交じりの言葉。けれど、その言葉に返答は無い。それもそのはずファビオは己の分の仕事をさっさと終わらせると、早々に寝てしまったのだ。長い足と腕を組み、器用に座ったまま寝ている。
「すみません」
ファビオに代わってサラが謝罪する。それも気にくわなかったのだろう。今度はギロリとサラを睨みつけた。
「そう思うならちゃんと躾けておいてよね。あんたがそうやってファビオを甘やかすから我儘放題するんだから」
「はい」
「まあまあロベルト落ち着いて。サラさんに八つ当たりしても時間の無駄ですよ。一応ファビオ君は自分の分の仕事は終えてるんですからいいじゃないですか。……それに、寝てもらっていた方が邪魔にならないでしょう?」
パオロが笑みを浮かべて指摘すると、ロベルトが「それはそうだけど」と釈然しない顔で呟いた。諦めず今度はアルベルトを味方にひきずりこもうとする。
「本当に放っておいていいんですか? アルベルト様」
「ん? ああ。仕事が終わるならなんだっていい。それに……彼は所詮おまけだからな」
ちらりとサラに視線が向けられる。サラはわかっていますよと微笑み返し、立ち上がった。
「終わりました。確認をお願いします」
そう言って、紙の束を渡す。
「ああ」
とアルベルトは受け取るとさっそく目を通し始めた。ロベルトは面白くなさそうに視線を逸らす。
サラは皆に気づかれないようにこっそりと息を吐いた。
――――ああ。早く家に帰りたい。ここは息が詰まる。
◇
その日は朝からなんとなく体調がよくなかった。
「サラ? 大丈夫か?」
青ざめたサラを見て心配そうに声をかけてくるファビオ。サラは「大丈夫」と言い返そうとしてロベルトに遮られた。
「何言ってんだよ。どう考えてもおまえのせいだろ。余力があるくせにおまえが仕事を最低限しかしないからそいつに負担がかかってるんだろ。……男のくせに好きな女の手助けもできないとか……情けないやつ」
「なんだと?」
「はっ。本当のことだろ」
睨み合うロベルトとファビオ。いつものサラなら強引に二人の間に入ってとりなそうとするが、今日のサラにはそんな余裕はない。しかも今日に限ってパオロとクララは家の事情で休み、アルベルトは学園長に呼び出されて席を外している。
二人の言い合い(ほぼロベルトの一方通行)は止まらない。頭がズキズキ疼き、二人の声が癇に障る。堪らずサラは口を開いた。淑女ならぬ声が口から飛び出す。
「いい加減にしてちょうだい!」
「はあ? あんた今なんて」
「ロベルト先輩、口を動かす暇があったらもっと手を動かしたらどうですか? 早く仕事を終わらせたいのでしょう? ファビオ、ファビオはこれ以上仕事を増やすことはしなくてもいい。ただ、邪魔をするのだけはやめて。できないなら……二人とも出て行って」
「っ。ゴメンサラ! 俺、そんなつもりじゃあ」
先程までの威勢はどこへやら、ファビオが血相を変えて謝罪を口にする。ロベルトもバツが悪そうに口を閉じた。
「はあ」
――――ようやく静かになった。
けれど、痛みはまだ続いている。サラは眉間に皺をよせ、こめかみに手を当てた。
「サラ、大丈夫か?」
「お、おい」
「ストップ」
心配そうな声を上げてサラに近づこうとするファビオとロベルトに制止の声がかかる。いつの間にか戻ってきていたアルベルトが間に立ちふさがる。
「ロベルトとファビオは先に帰れ」
「なっ」「そんなこと」
「サラ嬢がこうなったのはおまえらのせいだろう。悪いと思っているなら今日はこのまま帰れ。サラ嬢の症状が落ち着いたら私が責任をもってユアントレーナ公爵家へ送り届けるから」
言い返せないロベルトとファビオは渋々生徒会室を出ていく。部屋を出る間際に振り向いたファビオは意味深な視線をサラに送ったが余裕のないサラはその視線に気づかなかった。気づいたのはアルベルトだけ。無情にも扉は閉められ、生徒会室にはアルベルトとサラだけが残された。
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