【R18】悪役令嬢の夢渡り

クロキ芽愛

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第五夜

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前回同様、熱を出したのは一日だけ。翌朝にはすっかり体調も戻り、ティアーヌは複雑な心境のまま家を出た。嫌でも学園には行かなければならない。

ちなみにだが、何故かティアーヌの制服は全て新調されていた。メイド達が「ユーリウス殿下からのプレゼントですよ! 見舞品とは別にわざわざ持っていらしたんです! お嬢様は寝込んでいたので知らないとは思いますがご自分で持ってきたんですよ! あの殿下がわざわざ!」と騒ぎたてていた気がするが……知らない。私は何も知らないったら知らないのだ。

学園への道中、すれ違う生徒達と挨拶を交わす。なんとか『いつも通りのティアーヌ』を保ててはいるが、心の中は前回より荒んでいる。
――――一体全体、私は何故あんな夢を見てしまったのか。
と、隙あらば自問自答をしてしまう。
どうしても理解できない。確かに前世を思い出すまではユーリウスに好意を寄せていたので最初の夢についてはまあわかる。けれども、ホルンとの夢については意味がわからない。
今までホルン相手にそんな感情を抱いたこともなければ、前世を思い出す前の自分はむしろホルンを毛嫌いしていたはずだ。  

しかも、あまりにも生々しく鮮明な内容だったせいで忘れたくても忘れられない。
学園で授業を受けている時にふと思い出してしまって何度も絶叫しそうになった。
そんなことを繰り返しているうちにティアーヌは心身共に追い詰められていった。
そのことに本人も周囲も気づかなかった。

そして、ティアーヌは前触れなく、倒れた。
数秒前までティアーヌと議論していた令嬢たちはいきなりのことにパニックになる。
冷静さを失った令嬢達がティアーヌに触れようとしたが担任が止めた。そして、皆に離れるように言う。

騒ぎを聞きつけて現れた別の教師に生徒達を任せ、そっとティアーヌを抱き抱える。
頭を打っている可能性も否めない。できるだけ慎重に保健室へと連れて行かねば。
自分の腕の中にいるのは、次期王太子妃だ。担任は過去一番の緊張感を持って、歩き始めた。

――――――――

――――嘘でしょう? さっきまで私は授業を受けていたはず。それなのに、なんで……。

一瞬、視界が真っ黒になったと思ったらティアーヌは覚えのある暗闇の中にいた。
もしかして、これは白昼夢というやつだろうか。いや、それにしてはおかしい。さっきまで意識ははっきりしていたし、普通に話していたはずだ。

――――やっぱり、ここ最近の夢も含めておかしい。異常だわ。
理由はわからないが、自分の身に何かが起こっているのは確かだ。

その答えを見つけるためにはきっとまたこのドアを開けなければならない。
ティアーヌは目の前に現れた紫に発光するドアをキッと睨みつけた。
深呼吸してからゆっくりとドアを開く。目の前に巨人がいた。いや、知っている人間だった。

「ちょっとー。せっかくサボってたのに夢の中まであんたが出てくるとかないんだけどー」

目の前にいた巨人、ことアーベルト・ヒューイ。紫の長髪が特徴的だ。
いきなりの登場に驚きつつも、投げかけられた言葉についしかめっ面になるティアーヌ。
けれど、それはアーベルトも同じ……いやそれ以上に不機嫌そうな表情を浮かべている。

この男はいつもそうだ。不敬罪なんて自分には関係ないとばかりに不遜な態度をとる。
音楽に精通する彼は独特な価値観を持っていて、ティアーヌの常識は通用しない。注意するだけ無駄なのだ。
そして、ヒロインの取り巻き達の中でも一番ティアーヌにきつく当たってくる人物でもある。
いつものティアーヌなら無視を決め込むが、今のティアーヌにはそんな余裕はない。あえて取り繕ったりもせずに冷笑を浮かべる。

「それは、私のセリフね。私だってあんたと会いたくもなかったわ」

――――絶対にユーリウスやホルンの時のような展開にはさせないんだから! こいつとあんなことやこんなことするなんて無理よ!
警戒心剥き出しで、威嚇する。とても淑女とは思えない形相だが、あんな目に合うよりマシだ。
この判断が功を奏したようで、アーベルトは片眉を上げ、忌々しそうにティアーヌを睨んだ。   

「ふんっ。まぁ、もう目が覚めるからいいしー」

鼻で笑った後、アーベルトはティアーヌをドアの外へと押し返し、バタンとドアを閉めた。
その瞬間ぐにゃりと空間が歪み、またもや意識が途切れる。


――――――――

目を開くとカーテンに囲まれた天井が見えた。独特の匂いからが保健室だとわかる。ティアーヌは額に手の甲を当てて呟いた。

「一体なんなのよ……この夢は。ひとまず、最悪な展開は避けられたと思うけど」

ティアーヌの心からの溜息を掻き消すようにカーテンが開いた。気を抜いていたティアーヌは焦り、慌てて上半身を起こす。
そこには心配そうな瞳をティアーヌに向ける保健医がいた。

「ティアーヌさん、体調はどうですか?」

水色のサラサラした髪と柔和な表情。誰にでも優しく紳士的だと評判のこの男性へは不思議とティアーヌも警戒心を無くしてしまう。

「もう、大丈夫そうです」
「それはよかった。でも、最近体調を崩しがちのようですから、あまり無理をしないようにしてくださいね」

注意をしながらもその瞳は慈愛に溢れている。なんというか、男性にこんな言葉は向けるべきではないのかもしれないが……『白衣の天使』様っぽい。それくらい清廉な空気を纏っている不思議な人だ。

「はい。ご心配かけてすみません。ありがとうございます」
「いえ。ところで、ティアーヌさんはどんな夢を見たんですか?」
「え……」

いきなりの質問に思わず固まる。すぐに我に返ったが、どう答えて良いのかもわからず視線を揺らした。
ティアーヌのそんな様子を見て、保健医は慌てて言った。

「言いたくないのならば構いませんよ。ちょっとした好奇心で聞いただけですから。夢渡りの巫女の血を引くティアーヌさんが見た夢はいったいどんな夢だったのかなと」
「夢渡りの巫女……ですか?」

聞きなれない言葉に目を瞬かせる。保健医は驚いたように目を見開くと、首を傾げる。そして、「ああ」と頷いた。その顔には焦りが浮かんでいる。

「まだ、ご当主様から聞かされてはいなかったのですね。すでに、夢渡りを経験しているようでしたからてっきり知っているものだとばかり……」
「あの、その夢渡りの巫女というのはいったい?」

困ったように眉を下げる保険医。けれど、ティアーヌがじっと見つめると渋々口を開いた。

「仕方ありませんね。最初に下手をうったのは私ですし。私から聞いたということは内密にしておいてくださいね。それと、夢渡りの巫女については情報が規制されていますので他の方には安易に喋らないように……私が言うのも何ですが」

ティアーヌがコクコクと頷く。
保健医の話は今のティアーヌにとってとても興味深いものだった。

昔、魔族や魔物がいた頃。人間達は絶体絶命の危機に立たされたことがあった。
高位魔族達の手により一部の人間達が魅いられ操られ大規模の内部争いを起こしてしまったのだ。その時、皆を救ったのが夢渡りの巫女だった。
操られた人間達の夢を渡り、魔族がかけた魅了の術を解いていった。術が解かれたことに程なくして魔族も気づいたが、解かれた人間達には抗体のようなものができて再び魅了の術をかけることはできなかった。

魔族達は術を解いたのが夢渡りの巫女のせいだと知り、彼女を殺そうとした。
しかし、夢渡りの巫女に助けられた人間達がそれを防いだ。そして、今度は人間達が魔族を狩り始めた。その様子はどちらが人間でどちらが魔族なのかわからなくなるほど凄まじいものだったという。

「夢渡りの巫女の功績については本人からの希望で公にされることはありませんでした。ですが、助けられた本人達はその後も巫女を盲信し、己の子孫達に密やかに伝え聞かせたようです。かくいう、私も祖父から聞きました。……ですから、私は少し……いえ、実を言うとものすごく、ティアーヌさんが見た夢の内容が気になっています」

ジッとティアーヌを見つめる保健医。ティアーヌは言葉に詰まった。
『夢渡りの巫女』について教えてくれたことは感謝しているが、ティアーヌが見た夢は誰かに話せるような内容ではない。

「それは、その。……そんなたいした夢ではないです……よ」

――――あの夢に深い意味があるとは思えないし、あんな卑猥な夢をこんな純真無垢な先生に話せるわけない! 

保健医は残念そうに微笑むと「わかりました」と頷いた。

「しつこく聞いてすみませんでした。ですが、もし今後困ったことや相談したいことがあれば何時でも話してくださいね」
「はい」

罪悪感を覚えたティアーヌは逃げるようにして保健室を出て行く。



ティアーヌの気配が保健室から完全に遠ざかると保健医ヒューリッヒ・ウェルパは浮かべていた笑みを消した。

「盗み聞きとは感心しませんね」

コツリ、という靴音と共に男が一人現れる。

「気づいていたんですか。……相変わらず喰えない方ですね。それにしても、貴重な話を拝聴させていただきました。ありがとうございます、先生」

緑色の髪は今日もピシっと七三に分けられている。トレードマークの眼鏡を中指で押し上げ、緩やかに口角を上げる男はティアーヌと同じくまだ学生だ。
ヒューリッヒは溜息を吐いて、早く教室へ戻るように促した。
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