144 / 243
男はナンパでミラクル/1
しおりを挟む
三ヶ月近くあった夏休みもようやく開けて、今日は十月三日――焉貴の教師デビューの日だった。
彼はもともと緊張するようなタイプではなく、一クラス六十人の一年生とその保護者の前でもナルシスト的に微笑んで、山吹色のボブ髪を頭を後ろへ倒す要領で、落ちてきた前髪をよけた。
「本日、算数の担当教師になりました、森羅万象 焉貴です。よろしくお願いします」
「お願いします!」
教育がきちんと行き届いている子供たちは元気に返事を返した。焉貴は生徒たちを見渡して、右手を斜め上へ向かって勢いよく上げる。
「よい返事です。花丸差し上げます!」
いつもの通り、パパ友たちは教室の後ろで肩を並べていた。今日のメンバーは、ガタイのいいウェスタンスタイルで決めている明引呼。
「ったくよ、またふざけた苗字つけやがって」
半袖のポロシャツを着て、風で乱れたカーキ色の髪を手で整えている貴増参。
「とても丁寧な物腰の方みたいです」
その隣には独健――ではなく、深緑の短髪と無感情、無動の瞳を持つ夕霧命は、黒板に数字を書き出した、焉貴の彫りの深い顔をじっと見つめていた。
「どこかで見たことがある……」
「夕霧、君もですか?」
あごに手を添えていた貴増参は、シャープな頬のラインを見せる夕霧命をじっと見つめた。明引呼は一人挟んで向こうにいる男の顔をのぞき込む。
「てめえもってか?」
まったく別の宇宙にいたのだから、会ったことはないはず。それなのに、男三人が似ていると思っているどころか、他の保護者からも同じような話が上がり、教室はざわざわしていた。
「はい、次はこちらを解いてください」
「は~い!」
焉貴は気にせず、仕事は仕事と割り切って、普通に働いていた。
「僕たちは古い口説き文句を言っているみたいです」
貴増参が言うと、握りしめた拳を唇に当てて、夕霧命なりの大爆笑を始めた。
「くくく……」
噛みしめるように笑い声を上げている男を端に見て、真ん中に立っている貴増参の腕を、明引呼の節々のはっきりした手の甲でトントンと叩いた。
「てめえ、今は真面目に話してんだろ」
誰かに似ている焉貴先生の授業は平和に元気に続いてゆく。ただの教師と保護者として男たち四人の関係はどこまでも変わらないはずだった。
*
紅葉が枯れ葉に変わり、生徒たちは冬休みとなった。一ヶ月近くもある休みで、学校の敷地や校庭に雪が白い綿帽子をかぶせる。しかし、首都にある姫ノ館では、翌日は必ず晴れて、雪だるまは氷の世界へ帰ってゆくのだった。
そして、今年――神界では三百六十五日を一期と数える。今季も四月がやってきて、休みの間に五歳になった新入生の入学式が始業式に行われた。
休み明けは新しい友達が爆発的に増える時で、学校中がざわざわと落ち着きがなくなる日でもあった。
校舎のあちこちで、新しい友達にみんなが話しかけたり、誕生日パーティーに行くと約束している声が聞こえてくる。
休み時間。焉貴は中庭のベンチへ瞬間移動をして、昼寝をする要領で寝転がった。美しい曲線を見せる校舎の屋根を下から眺める。
「学校もすごいね、芸術センス抜群。才能のあるやつが世の中にはたくさんいるね」
階段も教室もただの四角く角ばったものではなく、まさしく神がかりなデザインのものばかりだった。
両腕を枕にして、黄緑色の瞳に春の日差しを招き入れる。
「俺、家出て思ったけどさ。子供好きなんだね。楽しいよ、仕事」
生徒のざわめきが心地よいさざ波のように耳に押し寄せては引いてゆくを繰り返す。
「あいつらがさ、学んでいく姿見んの好き」
太陽もないのに青い空をバックに遠くの宇宙へ行く宇宙船が銀の線を引いて、空港から飛び立ってゆく。
「やっぱ都会に出てきてよかったわ」
そっと目を閉じると、春風が頬をなでて、新緑の季節のはずなのに、実りを迎える稲の乾いた匂いがする故郷のようだった。
「長い間、親のそばで生きてきたけど、いい転機がきたね。陛下のお陰で」
焉貴の綺麗な唇が止まると、子供たちの声がこっちへ向かってやってきた。
「先生って結婚するの?」
「ううん、今のところはしないわよ」
聞いたこともない声は、とても優しげで、どんな子供の心でも大きく包み込んでしまうような女のものだった。
焉貴は目を開けて、あたりのベンチを見渡す。ここはラブラブ天国と言っても過言ではない、カップルだらけの中庭だった。
「彼氏は?」
「いないわよ」
小学校一年生でも運命の人に出会ってしまうような神界。生徒たちに囲まれながら、女性教師が焉貴の頭から足へ向かってベンチを通り過ぎてゆく。
「じゃあ、これからいい人に出会うね!」
「そうだね、そうだ!」
「ありがとう」
優しく微笑んで、生徒たちの間にしゃがみ込み、女はみんなの頭をなでた。焉貴はさっと上半身を起こして、
「……いい女」
デッキシューズで少し近づいて、会ったこともな女性教師に気軽に声をかけた。
「ねぇ? そこの彼女?」
小学校の中庭で堂々とナンパが行われたのだった。
彼はもともと緊張するようなタイプではなく、一クラス六十人の一年生とその保護者の前でもナルシスト的に微笑んで、山吹色のボブ髪を頭を後ろへ倒す要領で、落ちてきた前髪をよけた。
「本日、算数の担当教師になりました、森羅万象 焉貴です。よろしくお願いします」
「お願いします!」
教育がきちんと行き届いている子供たちは元気に返事を返した。焉貴は生徒たちを見渡して、右手を斜め上へ向かって勢いよく上げる。
「よい返事です。花丸差し上げます!」
いつもの通り、パパ友たちは教室の後ろで肩を並べていた。今日のメンバーは、ガタイのいいウェスタンスタイルで決めている明引呼。
「ったくよ、またふざけた苗字つけやがって」
半袖のポロシャツを着て、風で乱れたカーキ色の髪を手で整えている貴増参。
「とても丁寧な物腰の方みたいです」
その隣には独健――ではなく、深緑の短髪と無感情、無動の瞳を持つ夕霧命は、黒板に数字を書き出した、焉貴の彫りの深い顔をじっと見つめていた。
「どこかで見たことがある……」
「夕霧、君もですか?」
あごに手を添えていた貴増参は、シャープな頬のラインを見せる夕霧命をじっと見つめた。明引呼は一人挟んで向こうにいる男の顔をのぞき込む。
「てめえもってか?」
まったく別の宇宙にいたのだから、会ったことはないはず。それなのに、男三人が似ていると思っているどころか、他の保護者からも同じような話が上がり、教室はざわざわしていた。
「はい、次はこちらを解いてください」
「は~い!」
焉貴は気にせず、仕事は仕事と割り切って、普通に働いていた。
「僕たちは古い口説き文句を言っているみたいです」
貴増参が言うと、握りしめた拳を唇に当てて、夕霧命なりの大爆笑を始めた。
「くくく……」
噛みしめるように笑い声を上げている男を端に見て、真ん中に立っている貴増参の腕を、明引呼の節々のはっきりした手の甲でトントンと叩いた。
「てめえ、今は真面目に話してんだろ」
誰かに似ている焉貴先生の授業は平和に元気に続いてゆく。ただの教師と保護者として男たち四人の関係はどこまでも変わらないはずだった。
*
紅葉が枯れ葉に変わり、生徒たちは冬休みとなった。一ヶ月近くもある休みで、学校の敷地や校庭に雪が白い綿帽子をかぶせる。しかし、首都にある姫ノ館では、翌日は必ず晴れて、雪だるまは氷の世界へ帰ってゆくのだった。
そして、今年――神界では三百六十五日を一期と数える。今季も四月がやってきて、休みの間に五歳になった新入生の入学式が始業式に行われた。
休み明けは新しい友達が爆発的に増える時で、学校中がざわざわと落ち着きがなくなる日でもあった。
校舎のあちこちで、新しい友達にみんなが話しかけたり、誕生日パーティーに行くと約束している声が聞こえてくる。
休み時間。焉貴は中庭のベンチへ瞬間移動をして、昼寝をする要領で寝転がった。美しい曲線を見せる校舎の屋根を下から眺める。
「学校もすごいね、芸術センス抜群。才能のあるやつが世の中にはたくさんいるね」
階段も教室もただの四角く角ばったものではなく、まさしく神がかりなデザインのものばかりだった。
両腕を枕にして、黄緑色の瞳に春の日差しを招き入れる。
「俺、家出て思ったけどさ。子供好きなんだね。楽しいよ、仕事」
生徒のざわめきが心地よいさざ波のように耳に押し寄せては引いてゆくを繰り返す。
「あいつらがさ、学んでいく姿見んの好き」
太陽もないのに青い空をバックに遠くの宇宙へ行く宇宙船が銀の線を引いて、空港から飛び立ってゆく。
「やっぱ都会に出てきてよかったわ」
そっと目を閉じると、春風が頬をなでて、新緑の季節のはずなのに、実りを迎える稲の乾いた匂いがする故郷のようだった。
「長い間、親のそばで生きてきたけど、いい転機がきたね。陛下のお陰で」
焉貴の綺麗な唇が止まると、子供たちの声がこっちへ向かってやってきた。
「先生って結婚するの?」
「ううん、今のところはしないわよ」
聞いたこともない声は、とても優しげで、どんな子供の心でも大きく包み込んでしまうような女のものだった。
焉貴は目を開けて、あたりのベンチを見渡す。ここはラブラブ天国と言っても過言ではない、カップルだらけの中庭だった。
「彼氏は?」
「いないわよ」
小学校一年生でも運命の人に出会ってしまうような神界。生徒たちに囲まれながら、女性教師が焉貴の頭から足へ向かってベンチを通り過ぎてゆく。
「じゃあ、これからいい人に出会うね!」
「そうだね、そうだ!」
「ありがとう」
優しく微笑んで、生徒たちの間にしゃがみ込み、女はみんなの頭をなでた。焉貴はさっと上半身を起こして、
「……いい女」
デッキシューズで少し近づいて、会ったこともな女性教師に気軽に声をかけた。
「ねぇ? そこの彼女?」
小学校の中庭で堂々とナンパが行われたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない
如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」
(三度目はないからっ!)
──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない!
「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」
倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。
ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。
それで彼との関係は終わったと思っていたのに!?
エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。
客室乗務員(CA)倉木莉桜
×
五十里重工(取締役部長)五十里武尊
『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる