神の旋律:番外編

明智 颯茄

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永遠の時の中で

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 深い眠りの底から意識が戻ってくると、俺はゆっくりとまぶたを開けた。

「何をしていた……?」

 記憶が途切れている。
 またおかしな夢を見ているのか。

 手を触られる感覚がにわかに広がった。

「よかったよ。元気になってさ」

 皇帝で天使で、大人で子供で、純真で猥褻わいせつで、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が浮きだった。ぼやけていた視界がはっきりすると、山吹色のボブ髪はサラサラと揺れていて、どこかいってしまっている黄緑色の瞳がこっちを見ていた。

 俺はそいつの名を口にする。

「コレタカ……」

 そして同時に、記憶が鮮やかに蘇る。

「コレタカが神さま……」

 神がかりな綺麗な人差し指が、俺の唇に内緒というように縦につけられ、言葉をさえぎられた。神はナルシスト的に微笑み、街でナンパするように軽薄に言ってのける。

「俺は人間。肉体を持った神は存在しないの」

 人間が悪魔から俺を救えるのか。
 そんな力が、俺と同じ人間にあるとは思えない。
 やはり、コレタカは神で、俺は人間で、おそれ多い存在なのだ。

 思わず跪いてしまいそうな俺の思考の途中で、コレタカの器用さが目立つ両手が、俺の頬を挟んで持ち上げた。

「それにね、神さまだから人間だからって、線引き――差別してんの人間だけね」

 触れられただけで無条件で服従してしまう、神の力か。
 俺は体中の力が抜けて崩れ落ちそうになった。 
 
 シャカシャカと小刻みに何かが揺れる音が聞こえてきて、俺は懐柔される前に意識をしっかりと取り戻した。

 ここはどこだ?

 辺りを見渡すと、アンティークな作りの棚に並ぶ酒瓶たち。その前でバーテンダーがカクテルを作っているバーだった。

「お前、人の話は聞かないといけないよ?」
「……」

 コレタカの宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳を見つめると、まるで子供の頃へ戻り、手を取り晴れ渡る草原で、くるくると遠心力で遊ぶような感覚に陥れられる。

 どうなっている?

 視線を外したいのにできない。俺が考え込んでると、コレタカはマダラ模様の声でまだ話し続けていた。 

「神さまは平等に接してんの」
「確かにそうだ……」

 思考回路は痺れていて、正常に働いていないはずなのに、コレタカの言葉はすんなり俺の心に忍び込む。

「でしょ?」

 コレタカは立てた人差し指を斜め上へ向かって持ち上げ、シルバーリングをしている手でモルトのグラスを傾け始めた。

「お待たせしました」

 俺の前にあったコースターにショートカクテルのグラスが差し出される。今はカクテルを飲むのだ。しかし、俺は横目でコレタカの仕草を追ってしまう。ボブ髪をけだるくかき上げ、彫りの深い顔で甘く微笑む。その横顔に見入ってしまう、俺がいた。

 なぜこんなに気になる?
 神だからか……。
 そうだ、それしかない。
 気にしない、気にしないだ。

 俺はカクテルに口をつけるが、味わう暇もなく、またコレタカを目で追ってしまう。

 気になることは変わらない。
 ということは、違うことが原因か?
 では、何だ?

 隣にいる男もさることながら、このカクテルは体ではなく、心に染みるような味をしている。こんなにうまいものは今まで飲んだことがない。コレタカが頼んでくれたのか、俺のために……? 俺は頬杖をついて、酒瓶を眺める。
 
 俺のこの気持ちは何と言う?
 どう表現すればいい?

 解けないパズルの前にいる俺に、コレタカが神聖なる存在として降臨した。

「お前、考えてること、俺に全部筒抜けなんだけど……」
「??」

 俺の考えていることを知っている?
 なぜだ?

 視線をあちこちに向けて、それが起きる原因を俺は探るが見つからない。コレタカはテーブルに置いていた俺の手に親しげに触れた。

「神さまだから、人間の心読めるからさ」
「……」

 神の御前みまえか……。
 だが、俺は自身の心に嘘をついたことなど、今まで一度もない。
 だから、恥ずかしさも畏れもない。

 コレタカが男の色香が匂い立つ瞳で俺を見つめる。

「何、お前、俺に見惚れてんの?」
「見惚れてなどいない」

 違うはずだと、俺は首を横に振る。コレタカは即行否定した。

「嘘。お前、自分の気持ちわかってないでしょ?」
「俺の気持ち……?」
「俺のことどう思っちゃってんの?」

 視線をあちこちに向け、たっぷりと一分以上経過したあと、俺はぽつりと正直に言った。

「……綺麗だと思う」
「そう。それ、恋しちゃってない?」
「……」
 
 恋……俺のこの気持ちは恋……!
 そうだ、それがぴたりとくる。
 答えが出た。

 滅多に笑わない俺はとても嬉しくて、子供みたいに無邪気に微笑んだ。何も言わなくても、それだけで、コレタカが俺の心の変化を察してくれる。

「今答え出ちゃった?」
「愛している」

 胸の引っ掛かりが取れて、俺は清々しい気持ちだった。コレタカの指先が俺のあごに添えられ、少しだけ引っ張られる。

「俺もそう。じゃあ、二人きりの世界で、甘くいやらしいキスしちゃう?」
「二人きりの世界?」

 バーテンダーや他にも客がいるのに、なぜそんなことを言うのだと、俺は不思議そうに首を傾げた。

「こういうこと。神の力使って時間止めちゃいます!」

 パチンと指が鳴ると、店内にかかっていた音楽が止み、客の話し声もなくなった。ひゅるひゅると足元から音がする。俺は何かと思って視線を下ろすと、真っ白でふわふわしたものだった。

「ん、雲?」
「ちなみにここ、天国だから」

 神であるコレタカはこともなげに言ってくるが、俺は自分の手や腕を触って戸惑う。

「俺は死んだのか?」
「違う違う。お前の魂引き抜いて、連れてきっちゃったの。それって、死ぬこととは違うの。お前との時間は永遠の中で過ごしたいじゃん? だから、天国に連れてきたんだよね」

 広い世界の中ではぐれないように、俺の手をコレタカは自分の服のポケットに入れた。 

 俺の恋人は永遠の世界でいつまでも一緒に過ごしたいと言うのだ。そして、俺はまた珍しく無邪気に微笑み、お互いの唇が優しく出会った。
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