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リレーするキスのパズルピース
武術と三百億年/9
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結婚指輪をしている手で、山吹色の髪はため息交じりにかき上げられる。黄緑色の瞳が向いたあとに、夕霧命の姿がそこに現れる。通常と逆の順番を繰り返しているのを、まだら模様の声で何ひとつ言わず、あちこちに視線を送っていた。
(右……左……左……。わかるんだよね、この世界って。相手の動きがさ、ある程度。そこをなんとかしないと、勝てない)
一瞬の無音があったあと、目の前に、深緑の短髪と白と紺の袴が立っていた。皇帝も真っ青な威圧感のある、螺旋階段を突き落とされたぐるぐる感の声が急にかけられた。
「どう? 仕事やめて、武道家になって」
「まだまだだ」
夕霧命は振り向きもしなかった。左耳のチェーンピアスを指でなぞりながら、ナルシスト的な笑みが、武道家の背後で花咲いた。
「お前、さすがだよね。驚かない。それって、俺がさっきからいたこと知ってたってことでしょ?」
目に焼きつくほど艶やかな見返り姿で、無感情、無動のはしばみ色の瞳は、全ての人々をひれ伏させるような黄緑色の瞳を、恐れもせず真っ直ぐ見つめ返した。
「当たり前だ。お前のその頭の気の流れと金の正中線、あたり一帯に漂う金の気の流れを持っているやつはそうそうおらん。気配でわかる、焉貴だと」
気の流れで気配を探ったのだった。夕霧命は焉貴が現れた時から、ずっと知っていたのだ、そこで自分のことをうかがっていたと。
ここまでになるのに必要だったこと。それが、まだら模様の声で出てくるが、武術と神聖という名の純真無垢が足し算されて、R17も真っ青な話に変わってしまった。
「さすが、修業バカの異名を持つだけあるよね? 修業っていう字をつけたら、何でもやるんだからさ。キスの修業とか、セック○の修業とか、あと他にもいやらしい修業いっぱいしちゃうんでしょ?」
抜き身の日本刀を鞘にしまいながら、夕霧命はツッコミもせず、訂正もせず、地鳴りのような低いさを持つが、若さの目立つ声で真っ直ぐ肯定した。
「家に帰ればするが、今は武術だけだ」
若手の武道家、ある意味愛妻家だった。和装の男の色気が匂い立つ彼の日常が垣間見えた気がした。
夕霧命と焉貴が立つ大地のはるか遠くで、黒い雲の間をグーグーと青白い雷龍がはい回る。ふたりの大きく開いた袖口が、急に吹いてきた風でハタハタと揺れる。紺のデッキシューズのそばに転がっていた石が消えると、焉貴の個性的なバングルをした手の中に収まっていた。それをポンポンと投げては受け取るをリピート。
「難しいよね? 経験を持った人物を年齢では追い越せない。みんな一緒に年を取っちゃうんだから、いつまでたってもその差は埋まらない。死ぬんだったら、埋まるのかもしれないけど、永遠だからね、この世界ってさ」
「そうだ」
宝石のように異様に輝く黄緑色と無感情、無動のはしばみ色の瞳四つは、限られた広さの荒野で、マグマの海が火の粉を風で巻き上げる場所で、一直線に交わる。
人が死ぬことのない世界。無限に永遠が続いてゆく。その中で生きていくために出てくる、乗り越えられない壁。終わりのない階段。目の前に立つ男が向こう側へと、上へ行くのを渇望している。
だが、それを叶えるのに被る、宿命を知っているからこそ、焉貴のナンパで軽薄的な雰囲気は消え失せ、皇帝のような威圧感に豹変した。持っていた石を手からころっと地面へ落とす。
「だけど、追い越せる手があるって聞いたよ」
「どうやってする?」
紺のデッキシューズが石を蹴ると、コロコロと転がり、ギザギザの大地の端から、もろく崩れやすい地面の破片いくつかと一緒に、マグマの海に頭から身を投げていった。
「下界に生まれて、人生の修業をすると、あの世は厳しいところだから、一日で三百から五百年分の経験ができるらしいよ」
「それはせん」
深緑の短髪はゆっくり横へ揺れた。修業バカ。それでも、この武道家が、この世界からほんのいっときだとしても、離れられない、いや離れたくない理由がそこにはあった。
同じ人物が二人の脳裏に浮かんだ。遠くの地面という塔がガラガラと崩れてゆく。砂時計の砂が落ちてゆくように、儚くもろく姿形を幻のように消した。山吹色のボブ髪は横に向き、その様子を眺める。
その向こうには、真っ赤に燃えたような空が広がっていた。それがある人の心の内を物語っているようで、アンニュイな感じで、焉貴は髪をかき上げる。
「あれが心配するから?」
「そうだ」
うなずいた夕霧命の瞳にも、血のように赤い空が映っていた。焉貴の人差し指は、街でナンパするように、軽薄的この上なく斜め右に持ち上げられた。
「あれも若いよね。情報不足だから、可能性の導き出し方がわからなくて、不安になってる部分もあるのかも?」
「そうかもしれん」
「仕事辞めたもうひとつの理由って、あいつと一緒に過ごす時間増やすためだったでしょ?」
「そうだ」
国機関の躾隊。勤務時間は決まっている。週に何日仕事に入るのかも自分の思う通りにはならない。だが、武道家ならば、自由が効く。夕霧命には大切な人がいた。自身の人生を大きく変えてでも、そばにいたい人がいた。
武道家と高校の数学教師。二人は下から吹いてきたマグマの熱風で髪が巻き上げられていた、しばらく。火の粉が蛍火のようにふわふわと舞う。
だが、焉貴先生の砕けに砕けた軽薄でナンパな声が、シリアスシーンを破壊した。
「お前とあれが女子高生に囲まれて、キャーキャー言われちゃったほうがいいじゃないの?」
(右……左……左……。わかるんだよね、この世界って。相手の動きがさ、ある程度。そこをなんとかしないと、勝てない)
一瞬の無音があったあと、目の前に、深緑の短髪と白と紺の袴が立っていた。皇帝も真っ青な威圧感のある、螺旋階段を突き落とされたぐるぐる感の声が急にかけられた。
「どう? 仕事やめて、武道家になって」
「まだまだだ」
夕霧命は振り向きもしなかった。左耳のチェーンピアスを指でなぞりながら、ナルシスト的な笑みが、武道家の背後で花咲いた。
「お前、さすがだよね。驚かない。それって、俺がさっきからいたこと知ってたってことでしょ?」
目に焼きつくほど艶やかな見返り姿で、無感情、無動のはしばみ色の瞳は、全ての人々をひれ伏させるような黄緑色の瞳を、恐れもせず真っ直ぐ見つめ返した。
「当たり前だ。お前のその頭の気の流れと金の正中線、あたり一帯に漂う金の気の流れを持っているやつはそうそうおらん。気配でわかる、焉貴だと」
気の流れで気配を探ったのだった。夕霧命は焉貴が現れた時から、ずっと知っていたのだ、そこで自分のことをうかがっていたと。
ここまでになるのに必要だったこと。それが、まだら模様の声で出てくるが、武術と神聖という名の純真無垢が足し算されて、R17も真っ青な話に変わってしまった。
「さすが、修業バカの異名を持つだけあるよね? 修業っていう字をつけたら、何でもやるんだからさ。キスの修業とか、セック○の修業とか、あと他にもいやらしい修業いっぱいしちゃうんでしょ?」
抜き身の日本刀を鞘にしまいながら、夕霧命はツッコミもせず、訂正もせず、地鳴りのような低いさを持つが、若さの目立つ声で真っ直ぐ肯定した。
「家に帰ればするが、今は武術だけだ」
若手の武道家、ある意味愛妻家だった。和装の男の色気が匂い立つ彼の日常が垣間見えた気がした。
夕霧命と焉貴が立つ大地のはるか遠くで、黒い雲の間をグーグーと青白い雷龍がはい回る。ふたりの大きく開いた袖口が、急に吹いてきた風でハタハタと揺れる。紺のデッキシューズのそばに転がっていた石が消えると、焉貴の個性的なバングルをした手の中に収まっていた。それをポンポンと投げては受け取るをリピート。
「難しいよね? 経験を持った人物を年齢では追い越せない。みんな一緒に年を取っちゃうんだから、いつまでたってもその差は埋まらない。死ぬんだったら、埋まるのかもしれないけど、永遠だからね、この世界ってさ」
「そうだ」
宝石のように異様に輝く黄緑色と無感情、無動のはしばみ色の瞳四つは、限られた広さの荒野で、マグマの海が火の粉を風で巻き上げる場所で、一直線に交わる。
人が死ぬことのない世界。無限に永遠が続いてゆく。その中で生きていくために出てくる、乗り越えられない壁。終わりのない階段。目の前に立つ男が向こう側へと、上へ行くのを渇望している。
だが、それを叶えるのに被る、宿命を知っているからこそ、焉貴のナンパで軽薄的な雰囲気は消え失せ、皇帝のような威圧感に豹変した。持っていた石を手からころっと地面へ落とす。
「だけど、追い越せる手があるって聞いたよ」
「どうやってする?」
紺のデッキシューズが石を蹴ると、コロコロと転がり、ギザギザの大地の端から、もろく崩れやすい地面の破片いくつかと一緒に、マグマの海に頭から身を投げていった。
「下界に生まれて、人生の修業をすると、あの世は厳しいところだから、一日で三百から五百年分の経験ができるらしいよ」
「それはせん」
深緑の短髪はゆっくり横へ揺れた。修業バカ。それでも、この武道家が、この世界からほんのいっときだとしても、離れられない、いや離れたくない理由がそこにはあった。
同じ人物が二人の脳裏に浮かんだ。遠くの地面という塔がガラガラと崩れてゆく。砂時計の砂が落ちてゆくように、儚くもろく姿形を幻のように消した。山吹色のボブ髪は横に向き、その様子を眺める。
その向こうには、真っ赤に燃えたような空が広がっていた。それがある人の心の内を物語っているようで、アンニュイな感じで、焉貴は髪をかき上げる。
「あれが心配するから?」
「そうだ」
うなずいた夕霧命の瞳にも、血のように赤い空が映っていた。焉貴の人差し指は、街でナンパするように、軽薄的この上なく斜め右に持ち上げられた。
「あれも若いよね。情報不足だから、可能性の導き出し方がわからなくて、不安になってる部分もあるのかも?」
「そうかもしれん」
「仕事辞めたもうひとつの理由って、あいつと一緒に過ごす時間増やすためだったでしょ?」
「そうだ」
国機関の躾隊。勤務時間は決まっている。週に何日仕事に入るのかも自分の思う通りにはならない。だが、武道家ならば、自由が効く。夕霧命には大切な人がいた。自身の人生を大きく変えてでも、そばにいたい人がいた。
武道家と高校の数学教師。二人は下から吹いてきたマグマの熱風で髪が巻き上げられていた、しばらく。火の粉が蛍火のようにふわふわと舞う。
だが、焉貴先生の砕けに砕けた軽薄でナンパな声が、シリアスシーンを破壊した。
「お前とあれが女子高生に囲まれて、キャーキャー言われちゃったほうがいいじゃないの?」
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