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最後の恋は神さまとでした
逆順番で恋に落ちて/5
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そして、一ヶ月も経たないある日。
光命がやり直しの中で訪れていた夕霧命の家とは違う、独立した彼の自宅に招待されていた。
たくさんの花束と電報。赤ちゃんのおもちゃがそこら辺に幸せと一緒にあふれる部屋。ベビーベッドですやすやと眠る黒い髪の子供を見下ろして、光命はあきれた顔をした。
「自身の子供に同じ名前をつけるとは、それほど望んでいたのですか?」
「そうだ。子供がほしかった」
夕霧命の子供の名前は、夕霧童子だった。男の子には全員、童子がつき、女の子には全員姫がつくのが正式な名前。それが神界の常識。親の名前をつけることは、それほど珍しいことでもなかった。
光命は少しだけため息まじりにうなずいた。
「そうですか……」
夕霧命とその妻のどっちも受け継いだような子供。やり直し前の自分と比べてしまい、物思いにふける。
(今までは素直に喜べたのに喜べない。どのようにすれば、私はあなたを忘れることができるのでしょう?)
ずっと一緒に大きくなってきた光命の心境など、夕霧命には手に取るようにわかった。
(お前に言わないこともできたが、それではお前の心に気づいていると言っていることと同じだ。お前は俺に知られたくない。そうなると、お前に家庭を持つ俺として、接するしかできない)
ぐるぐると同じところで思案しているのではないかと思い、夕霧命はさりげなく助け舟を出した。
「中庭を見ながら、酒でも飲むか?」
「えぇ、構いませんよ」
叶えてやれない想いなら、家庭が広がる部屋より、ベランダへ出たほうがいいという夕霧命から、光命へのささやかな愛だった。
妻と彼女は男ふたりが完全に家の外へ出たのを見計らって、リビングへ戻ってきた。祝いの料理や酒がまだ残っていて、それぞれの席へまた座り直す。
夕霧命の妻――覚師はカーテンも閉めていない夜色が広がる庭を見つめて、意味ありげに話し出した。
「男ふたりで出ていって、何をする気なのか?」
「――手をつなぐかもしれません」
光命の彼女――知礼はしれっと言い放った。従兄弟同士で仲がいいからこそ、よく顔を合わせる女ふたり。覚師は色っぽく微笑む。
「あんた、やっぱり気づいてたか?」
知礼はしっかりうなずいて、愛する男の変化をこう語った。
「はい。やり直しから帰ってきたあとの、光さんの夕霧さんを見る目は、事件の香りが思いっきりしてました」
「うちのは真っ直ぐだからさ。あの日から話すことと言ったら、ずっと光のことばっかりだよ。光に惚れて帰ってきたって、気づかないほうがどうかしてるよ」
やはり若さはどうにもならなかった。十八歳は十八歳で、しかも他の人よりも短い年月しか生きておらず、知恵と経験が圧倒的に足りないのだ。
「隠してると思ってるのは、ふたりだけです」
妻と彼女にはバレバレだった。しかも、全然気にしていない女たち。覚師は箸をつかんで、サラダの菜っ葉を取り上げる。
「お互い好き合ってんだから、言えばいいだけだろう? 何で言わないのかね?」
「それは、光さんがルールはルール、順番は順番という考えの人だからですよ」
「それって、あたしたちに気を使ってるってことかい?」
「おそらくそうです」
覚師はあきれた顔をして、残っていたビールを一気飲みした。
「バカだね~、男って。惚れた男が誰かを好きになったら、叶えてやりたいってのが女の気持ちだろう?」
「はい、そうです」
箸を持った手で、覚師は知礼を指した。
「いいね、あんた、話が早くてさ」
いい感じの会話流れだったのに、次で崩壊させられた。
「どの色ですか?」
さすが天然ボケを極めている母親と同じ人を彼女に選んだだけあって、知礼の話はめちゃくちゃだった。しかし、夫の従兄弟でその彼女。何度も会ったことがある覚師は慣れたもんで、
「いいねだよ。いい色じゃないよ。どうやってそこにたどり着いたんだい?」
最初の二文字しかあっておらず、文字数も違っている、トンチンカンなことを平気でしてくる、よく家にくる女。
知礼は何事もなかったように、脱線した話を元へ戻した。
「あぁ、そういうことですか。はい、女ふたりで話すのも楽しいです」
何をどうするか細かいことはどうでもいいのだ。感覚の女にとっては。しかし、ゴールは見えているのだ。覚師は空いた皿を適当にまとめて、台所へ運び出した。
「どの道、いつかは好きって言うんだろう? だったら、あたしたちだけでも先に、仲良くなっておかないかい?」
「いいですね。親睦を深めましょう!」
知礼も皿を持って覚師に近づき、鏡のように見えるガラス窓に女ふたりの長身――百八十センチ越えが映る。
「とっておきの酒があるんだよ。今日こそ、空ける日だね」
「どんなのですか?」
覚師はしゃがみ込んで、棚の奥のほうに手を伸ばした。
「うちの親が送ってきてさ、邪神界ができる前から貯蔵されてた酒が見つかったって」
五千年以上前の酒。
「貴重ですね。私たちよりも年齢が上です」
「そうさね~」
光命がやり直しの中で訪れていた夕霧命の家とは違う、独立した彼の自宅に招待されていた。
たくさんの花束と電報。赤ちゃんのおもちゃがそこら辺に幸せと一緒にあふれる部屋。ベビーベッドですやすやと眠る黒い髪の子供を見下ろして、光命はあきれた顔をした。
「自身の子供に同じ名前をつけるとは、それほど望んでいたのですか?」
「そうだ。子供がほしかった」
夕霧命の子供の名前は、夕霧童子だった。男の子には全員、童子がつき、女の子には全員姫がつくのが正式な名前。それが神界の常識。親の名前をつけることは、それほど珍しいことでもなかった。
光命は少しだけため息まじりにうなずいた。
「そうですか……」
夕霧命とその妻のどっちも受け継いだような子供。やり直し前の自分と比べてしまい、物思いにふける。
(今までは素直に喜べたのに喜べない。どのようにすれば、私はあなたを忘れることができるのでしょう?)
ずっと一緒に大きくなってきた光命の心境など、夕霧命には手に取るようにわかった。
(お前に言わないこともできたが、それではお前の心に気づいていると言っていることと同じだ。お前は俺に知られたくない。そうなると、お前に家庭を持つ俺として、接するしかできない)
ぐるぐると同じところで思案しているのではないかと思い、夕霧命はさりげなく助け舟を出した。
「中庭を見ながら、酒でも飲むか?」
「えぇ、構いませんよ」
叶えてやれない想いなら、家庭が広がる部屋より、ベランダへ出たほうがいいという夕霧命から、光命へのささやかな愛だった。
妻と彼女は男ふたりが完全に家の外へ出たのを見計らって、リビングへ戻ってきた。祝いの料理や酒がまだ残っていて、それぞれの席へまた座り直す。
夕霧命の妻――覚師はカーテンも閉めていない夜色が広がる庭を見つめて、意味ありげに話し出した。
「男ふたりで出ていって、何をする気なのか?」
「――手をつなぐかもしれません」
光命の彼女――知礼はしれっと言い放った。従兄弟同士で仲がいいからこそ、よく顔を合わせる女ふたり。覚師は色っぽく微笑む。
「あんた、やっぱり気づいてたか?」
知礼はしっかりうなずいて、愛する男の変化をこう語った。
「はい。やり直しから帰ってきたあとの、光さんの夕霧さんを見る目は、事件の香りが思いっきりしてました」
「うちのは真っ直ぐだからさ。あの日から話すことと言ったら、ずっと光のことばっかりだよ。光に惚れて帰ってきたって、気づかないほうがどうかしてるよ」
やはり若さはどうにもならなかった。十八歳は十八歳で、しかも他の人よりも短い年月しか生きておらず、知恵と経験が圧倒的に足りないのだ。
「隠してると思ってるのは、ふたりだけです」
妻と彼女にはバレバレだった。しかも、全然気にしていない女たち。覚師は箸をつかんで、サラダの菜っ葉を取り上げる。
「お互い好き合ってんだから、言えばいいだけだろう? 何で言わないのかね?」
「それは、光さんがルールはルール、順番は順番という考えの人だからですよ」
「それって、あたしたちに気を使ってるってことかい?」
「おそらくそうです」
覚師はあきれた顔をして、残っていたビールを一気飲みした。
「バカだね~、男って。惚れた男が誰かを好きになったら、叶えてやりたいってのが女の気持ちだろう?」
「はい、そうです」
箸を持った手で、覚師は知礼を指した。
「いいね、あんた、話が早くてさ」
いい感じの会話流れだったのに、次で崩壊させられた。
「どの色ですか?」
さすが天然ボケを極めている母親と同じ人を彼女に選んだだけあって、知礼の話はめちゃくちゃだった。しかし、夫の従兄弟でその彼女。何度も会ったことがある覚師は慣れたもんで、
「いいねだよ。いい色じゃないよ。どうやってそこにたどり着いたんだい?」
最初の二文字しかあっておらず、文字数も違っている、トンチンカンなことを平気でしてくる、よく家にくる女。
知礼は何事もなかったように、脱線した話を元へ戻した。
「あぁ、そういうことですか。はい、女ふたりで話すのも楽しいです」
何をどうするか細かいことはどうでもいいのだ。感覚の女にとっては。しかし、ゴールは見えているのだ。覚師は空いた皿を適当にまとめて、台所へ運び出した。
「どの道、いつかは好きって言うんだろう? だったら、あたしたちだけでも先に、仲良くなっておかないかい?」
「いいですね。親睦を深めましょう!」
知礼も皿を持って覚師に近づき、鏡のように見えるガラス窓に女ふたりの長身――百八十センチ越えが映る。
「とっておきの酒があるんだよ。今日こそ、空ける日だね」
「どんなのですか?」
覚師はしゃがみ込んで、棚の奥のほうに手を伸ばした。
「うちの親が送ってきてさ、邪神界ができる前から貯蔵されてた酒が見つかったって」
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