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最後の恋は神さまとでした
男はナンパでミラクル/7
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あんなに山盛りだったマスカットはあっという間に半分の高さになっていた。
「何やってんの?」
「ビジネス戦略を始めたとした塾の講師」
「そう。それが地球にいた時の仕事だったの?」
「違うよ。ボクは軍師だった」
人が争うなんて、夢のまた夢ではなく、知りもしない男は漢字変換が間に合わなくて聞き返した。
「ぐんし? 何それ?」
「だから、戦い――」
「たたかいって何?」
孔明は自分が当たり前だと思っている言葉を片っ端から聞き返されて、少々イラッときた。
「あぁ~、もう! ボクの仕事はいいから、キミは何してるの?」
「俺? 小学校の算数の教師」
光沢のあるワインレッドのスーツを着て、フリフリの白いシャツに、今はつけていない黄色のサングラス。どこからどう見ても、ホストに見える小学校教諭は、マスカットをまたシャクッとかじった。
「小学校の教師は需要があるからね」
孔明は思う。歩けば棒に当たるほど、小学校の先生は大勢いると。男は指を斜めに持ち上げて、軽薄的な笑みをした。
「でしょ? こっちにきて一日で見つかったよ、仕事」
孔明は長いスプーンをくるくると回しながら、もうひとつの手で漆黒の髪をつうっと伸ばしてゆく。
「奥さんとはどこで知り合ったの?」
「小学校」
「職場結婚だ」
「そう、それ。いい女でさ」
そう言う男の顔は喜んでいるわけでも、嬉しがっているわけでもなく、どこまでも無機質だった。しかし、やったことはぶっ飛んでいた。
「お前にさっきしたみたいに声かけたら、『放課後にして』って言われちゃってさ。叱られちゃったよ」
つまんでいた漆黒の髪を、孔明はサラサラと落として、男の彫刻像のような整った顔をじっと見つめた。
「学校でナンパしたの?」
「職場なんだから、そうなるじゃん?」
まったく悪気のない、算数教師を前にして、孔明は春風みたいに穏やかに微笑んだ。
「キミは破天荒だね」
「そう? 真実の愛があるならいいよね?」
純真無垢なハレンチ――。そんな矛盾している表現がぴったりだと、孔明は思った。
「次元が違う……」
「気づいたら声かけてたんだよね。俺、自分のことがわかってない時あるからさ」
リムジンに乗り込もうとした時の会話を棚に上げて、何かの罠かと孔明は疑ってかかった。
「キミはボクと同じで理論でしょ?」
質問に質問を仕返してきた挙句、孔明の思考回路を褒めるには、自身がそれを理解していないとできないことだ。それなのに、男の話はどんどんおかしくなってゆく。
「そう、基本は理論。だから、はずれることがある直感は使わないの。でもね、無意識じゃ、さけられないじゃん? だから、神様のお導きってことで、勘もどんどん使ちゃってオッケーじゃん?」
どこまでも明るくて、神世で長い年月暮らしているだけあって、否定的なことがどこにもない。そんな男を前にして、孔明は「ふふっ」と柔らかい笑い声を思わずもらす。
「キミは面白い」
男はナルシスト的に微笑んで、生徒を褒めるように言った。
「いいじゃん。お前の笑顔。俺、好きだよ」
素直にものを言うところなど、まさしく長年神をやってきているだけあると、孔明は思った。しかし、何ともくすぐったいもので……。それでも男の価値観に一歩歩み寄った。
「でも、ボクはキミのこと普通なんだけど……」
「そう? まだ好きになんない?」
聞いてみたかった。この男ならなんて答えるのか。孔明は春風が吹くように穏やかに微笑み、誰もが好青年だと太鼓判を押す声で嘘をついた。
「ボクは、男性に性的な興味はない――」
「そう」
残念がるわけでもなく、悲しむわけでもなく、無機質な短い返事だった。孔明は男の綺麗な唇が動くのを待つ。その時間は一秒にも満たないのに、何年にも思えた。
そして、大人で子供で皇帝で天使で純心で猥褻とあらゆる矛盾を含む、マダラ模様の声が、孔明の待ち望んだ意見を告げた。
「俺も今までなかったけど……。お前に会って変わった。だから、お前も変わるってこともあるかもよ?」
人々をひれ伏せさせるような強さがあるのに、柔軟性を持っている男。彼が自分をどれくらい愛しているのか、孔明は知りたがった。
「とにかく、今はない」
あきらめるならそれまで、違うのなら、有益な情報も入り、その中には新たな恋愛が待っているのかもしれない。
「そう」
男の返事も表情も無機質で、山吹色のボブ髪は綺麗な手で気だるくかき上げられ、襟に挿していた黄色のサングラスをこれで帰ると言うようにかけた。
「じゃあ、次はなしね」
「何やってんの?」
「ビジネス戦略を始めたとした塾の講師」
「そう。それが地球にいた時の仕事だったの?」
「違うよ。ボクは軍師だった」
人が争うなんて、夢のまた夢ではなく、知りもしない男は漢字変換が間に合わなくて聞き返した。
「ぐんし? 何それ?」
「だから、戦い――」
「たたかいって何?」
孔明は自分が当たり前だと思っている言葉を片っ端から聞き返されて、少々イラッときた。
「あぁ~、もう! ボクの仕事はいいから、キミは何してるの?」
「俺? 小学校の算数の教師」
光沢のあるワインレッドのスーツを着て、フリフリの白いシャツに、今はつけていない黄色のサングラス。どこからどう見ても、ホストに見える小学校教諭は、マスカットをまたシャクッとかじった。
「小学校の教師は需要があるからね」
孔明は思う。歩けば棒に当たるほど、小学校の先生は大勢いると。男は指を斜めに持ち上げて、軽薄的な笑みをした。
「でしょ? こっちにきて一日で見つかったよ、仕事」
孔明は長いスプーンをくるくると回しながら、もうひとつの手で漆黒の髪をつうっと伸ばしてゆく。
「奥さんとはどこで知り合ったの?」
「小学校」
「職場結婚だ」
「そう、それ。いい女でさ」
そう言う男の顔は喜んでいるわけでも、嬉しがっているわけでもなく、どこまでも無機質だった。しかし、やったことはぶっ飛んでいた。
「お前にさっきしたみたいに声かけたら、『放課後にして』って言われちゃってさ。叱られちゃったよ」
つまんでいた漆黒の髪を、孔明はサラサラと落として、男の彫刻像のような整った顔をじっと見つめた。
「学校でナンパしたの?」
「職場なんだから、そうなるじゃん?」
まったく悪気のない、算数教師を前にして、孔明は春風みたいに穏やかに微笑んだ。
「キミは破天荒だね」
「そう? 真実の愛があるならいいよね?」
純真無垢なハレンチ――。そんな矛盾している表現がぴったりだと、孔明は思った。
「次元が違う……」
「気づいたら声かけてたんだよね。俺、自分のことがわかってない時あるからさ」
リムジンに乗り込もうとした時の会話を棚に上げて、何かの罠かと孔明は疑ってかかった。
「キミはボクと同じで理論でしょ?」
質問に質問を仕返してきた挙句、孔明の思考回路を褒めるには、自身がそれを理解していないとできないことだ。それなのに、男の話はどんどんおかしくなってゆく。
「そう、基本は理論。だから、はずれることがある直感は使わないの。でもね、無意識じゃ、さけられないじゃん? だから、神様のお導きってことで、勘もどんどん使ちゃってオッケーじゃん?」
どこまでも明るくて、神世で長い年月暮らしているだけあって、否定的なことがどこにもない。そんな男を前にして、孔明は「ふふっ」と柔らかい笑い声を思わずもらす。
「キミは面白い」
男はナルシスト的に微笑んで、生徒を褒めるように言った。
「いいじゃん。お前の笑顔。俺、好きだよ」
素直にものを言うところなど、まさしく長年神をやってきているだけあると、孔明は思った。しかし、何ともくすぐったいもので……。それでも男の価値観に一歩歩み寄った。
「でも、ボクはキミのこと普通なんだけど……」
「そう? まだ好きになんない?」
聞いてみたかった。この男ならなんて答えるのか。孔明は春風が吹くように穏やかに微笑み、誰もが好青年だと太鼓判を押す声で嘘をついた。
「ボクは、男性に性的な興味はない――」
「そう」
残念がるわけでもなく、悲しむわけでもなく、無機質な短い返事だった。孔明は男の綺麗な唇が動くのを待つ。その時間は一秒にも満たないのに、何年にも思えた。
そして、大人で子供で皇帝で天使で純心で猥褻とあらゆる矛盾を含む、マダラ模様の声が、孔明の待ち望んだ意見を告げた。
「俺も今までなかったけど……。お前に会って変わった。だから、お前も変わるってこともあるかもよ?」
人々をひれ伏せさせるような強さがあるのに、柔軟性を持っている男。彼が自分をどれくらい愛しているのか、孔明は知りたがった。
「とにかく、今はない」
あきらめるならそれまで、違うのなら、有益な情報も入り、その中には新たな恋愛が待っているのかもしれない。
「そう」
男の返事も表情も無機質で、山吹色のボブ髪は綺麗な手で気だるくかき上げられ、襟に挿していた黄色のサングラスをこれで帰ると言うようにかけた。
「じゃあ、次はなしね」
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