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最後の恋は神さまとでした

おまけはまだ愛している/1

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 楽しい気分は今や度を超していて、トランス状態となっていた。狂ったように踊り続けていた断崖絶壁から真っ逆さまに海面へジャボンと落ち、口からぶくぶくと泡を吐きながら、海底へ向かって沈んでゆく。

 それでもまだ楽しくて仕方がなく、息が苦しくなっていても、そんなことにも気づかず、音楽再生メディアから流れてくる音楽に、おまけの倫礼はノリノリだった。

 泉があふれ出てくるように次々と思い浮かぶ小説のアイディアを、彼女はパソコンへ打ち込んでゆく。

 その背後には、針のような銀の髪と鋭利なスミレ色の瞳、すらっとした長身の守護神である、蓮が腕組みをして立っていた。

(毎日、毎日、同じ曲ばかり繰り返している)

 一ヶ月経っても、流れてくる音楽はいつもいつも同じ。変える気もないというよりかは、ドラックのような中毒症状を起こしているような有様だった。

 ヴァイオリンを上品に弾きこなす、クラシックを好む蓮にとっては、理解不可能な行動で、怒りで形のよい眉をピクつかせた。

(どういうつもりだ?!)

 デュアルモニターにしているもうひとつの画面を、蓮は倫礼の背中からのぞき込む。

(何回再生して――二千五百……。お前は針飛びするレコードか!)

 しかも、蓮にとっては未知の音楽で、独特のグルーブ感が体にまとわりつくようだった。

(何だ、この引っ張られるようなリズムは。何というジャンル……R&B?)

 生まれてやっと五年目を迎えようとしている神は、見知らぬ音楽の名を口にして首を傾げた。

    *

 ソファーの上で両膝を抱えながら、おまけの倫礼は涙をボロボロとこぼしていた。

「好きな人が振り向かなくて、他に優しくしてくれる人が告白してきた……」

 神威が効いていると前から噂の海外ドラマを見て、物語に入り込んでいる彼女は、テレビを前にしてぶつぶつと独り言を言う。

「他の人に好きって言われるのは違うんだよな。ここで自分の気持ちを曲げるのは、相手に対して失礼だよね?」

 本命の人から傷つくこと言われようとも振り向かなくとも、主人公が一途に想い続ける姿が、自分とやけに重なる倫礼は、ポテトチップスを一口かじって納得の声を上げた。

「あぁ、やっぱり主人公断った」

 ドラマを全て見終わり、湯を張ったバスタブに、アロマオイルを二、三滴入れる。花の女王とも呼ばれるイランイランの香りが際立った。

 ユニットバスの狭い湯船にひとりきり浸り、そっと目を閉じる。

「さすがだね、あのテレビドラマ。蓮と倫礼さんが主役のモデル。恋愛もの。しかも、優しくしてくれるのは父上と弟がモデルっていう設定。仲はいいんだけど、恋愛対象じゃないもんね?」

 さっきの場面を現実で例えるなら、蓮に冷たく扱われたところへ、光秀がやってきて、前から想っていたと告白されるシーンだったのだ。

 しかし、娘は父を断り、無事にファザコンから抜け出した。そんな気分に、おまけの倫礼はなっていた。

 口数が少なく落ち着きのある男。それなのに感性で動いてもいる男。そんな彼――神界で結婚している配偶者に夢中な倫礼。

 彼女の心の中には、言葉を流暢に話し、冷静な頭脳で感情を抑える男――青の王子はどこにもいなかった。

 肩へと湯をかき上げ、一人暮らしの静かな部屋に水音が寂しく響く。

「主人公、最初、失敗ばかりで格好よくないんだよね。人のこと優先でさ、自分のことはいつも後回し。だけど、曲げられないものは曲げられないって主張する」

 いつも意見は言えずじまいで、主張することもなかった。それでも、倫礼は主人公の信念の強さと自分を重ねようとする。

 すると浮き彫りになるのは、意地っ張りで度を越すと、怒りで記憶が消えてしまう自分だった。見たくもない、目を背けたくなるような出来損ないの自分。

「主人公って人里離れたところで、神様を信じて生きてきたから、感覚が人とずれてるんだよね? これって、自分も似てるのかな?」

 霊感を持っていて、人と見る角度の違う彼女がまさしくそうだったが、自身のことは客観的に見れないものだ。

「倫礼さんと似てるってことは、自分とも似てる。そうなのかな?」

 バスタブの縁に両肘をかけて、頬を腕に預けた。

「これで自分探しの旅の足がかりになるかな?」

 魂が何人も入れ替わって気がつけば、どれが本当の自分かわからなくなっていた。好きな色さえわからない。好きな食べ物さえわからない。そんな毎日の中で、ひとつの道標を見つけた貴重な時間だった。

 お風呂から上がり、パジャマに着替えて、最後の間接照明のスイッチを切る。

「ふ~、いい一日だった、今日も。神さまありがとうございます。お休みなさ~い」

 そして、人間の女はひとり眠りについた――。
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