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最後の恋は神さまとでした

男と男が出会う時/2

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 手についていたジャムをタオルで拭き取りながら、本体の倫礼の言葉はどこか的をついていた。

「どっちが現実世界なのかしらね? 神さまがいる世界も現実じゃないの?」
「…………」

 他の人と同じ価値観になりたかった。霊感はいらないと言っていた、おまけの倫礼の過去を思い出した。

 それでも今も失っていないのは、この世界に住んでいる子供達に話しかけられ、無視することができなかった、彼女の優しさと現実としてきちんと向き合っている姿勢がそこにあったからだ。

 手を離せば、地上にある魂の入っていない人々には理解されるのだろう。それでも、彼女は本当の心を持っている存在を大切にして、自分が見ている世界を信じて、誠実に生きているから孤独を感じるのだろう。

 もっときちんと見てやるべきなのかもしれない。だがそれは根本的な解決には今はもうならない。大きな未来はいつまでも変わらないまま、同じ方向を指している。暗雲が立ち込める嵐の海に向かって。

「今は鬱状態とは反対かしら?」

 倫礼の声が聞こえて、蓮は食べる手がいつの間にか止まっていたことに気づいた。

「そうだ」

 子供たちと楽しそうに話し始めた妻を、蓮はぼうっと眺める。本体の倫礼は誰よりもわかっているはずだ。

 そばに行かなくても、シンクロは常にしているのだろう。ただ聞かないという技術を手に入れているだけで、神経を傾ければ、あの狭いアパートに今まさにいるように感じ取れるのだろう。

 おまけの倫礼が今後どうなってゆくかの未来は見えているはずだ。それでも平気でいられるのは、やはり自分より強いということなのだろうか。

 春の柔らかな日差しが差し込むダイニングルームで、蓮の心はいまいち晴れなかった。

    *

 最上階にあるガラス張りのオフィス。落ち着きのある淡いグレーのスーツを着た女がソファーに座っていた。

 応接セットのローテーブルで、散らばっていた何枚かの紙が寄せ集められ、トントンと端を綺麗にそろえられた。

 この部屋の主――弁財天はソファーから立ち上がって、向かいの席に座っていた蓮に握手を求めた。

「これで契約の書類は終了よ。ようこそ、恩富隊へ。あなたのことを歓迎するわ」
「ありがとうございます」

 所属の手続きは終了した。秘書が書類を持って部屋から出てゆく。握手も終わり、ソファーへ再びつくと、社長がさっそく話を切り出した。

「どんなジャンルをやりたいの?」
「クラシックです」

 ヴァイオリンを昔から弾いていたのではなく、その楽器を創造した人もいるのだろう。向上心のない人物はどこにもいない。音楽の神として、人間を守護してきた経験のある人も大勢いる。

 普通に勝負していては、追い越すどころか、追いつくことさえ叶わない。だからこそ、弁財天はため息まじりにうなずいて、懸念を正直に口にした。

「そう。需要は十分あるけど、以前からしているアーティスが多数いるから、新しく切り込むのはちょっと難しいかもしれないわね」

 蓮というアーティストを求めている人たちが世の中にいるかもしれない。今は原石だったとしても。本人の気持ちも十分に汲みたい。

 それならばなおさら、売り方をしっかり練っていかなければいけない。この世界で一番大きな音楽事務所の社長は戦略に既に手をかけていた。他の誰もが持っていない何かが、この目の前にいる男にはあるのではないかと。

 生まれて間もない蓮は何が人々の興味を引いて、好まれるのか、世の中の動向をよくつかめないでいた。

「…………」

 黙ったまま不機嫌な顔をしていた蓮だったが、弁財天はすぐに気づいた。

「あなた、陛下に似てるわね?」
「分身の一人です」

 突破口が見つかったと、弁財天は思ったが、

「それを売りにするっていうのはどう?」

 皇子の一人はこの事務所に所属して、ヘビーメタルで成功を収めているという話は有名だった。しかし、蓮は銀の長い前髪を横へ揺らした。

「俺と陛下はもう関係ありません」

 人払いされた執務室でそう言われた。それが約束だ。自分で道を開けと、陛下は仰っているのだと、それが自身のためになるのだと、蓮は硬く信じていた。

 弁財天は窓の外を斜めに登ってゆく龍を見上げる。

「そうすると、何か他のことを足さないといけなくなるわね」
「他のことをたす……」

 あの龍の価値観にも対応できるジャンルを、蓮は考え始めた。すぐに答えが見つかるものでもなく、社長は慣れた感じで話をまとめようとした。

「それをまず考えるところからスタートかしら?」

 浮かび上がった。おまけの倫礼がバカみたいに繰り返し聞いていた曲のことが。

「……R&Bとクラシックをたす」
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