496 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
夜に閉じ込められた聖女/6
しおりを挟む
ラジュは思う。上に立つ者――天使というのは時に孤独な職業だと。人間とは見ている範囲が違って、誰か一人だけ幸せになるように働きかけるわけにはいかない。惑星全体で協力していかないと、守護という仕事はできないものだ。
瑠璃は床の上で身を清めるように、白いショートブーツのかかとをつけて姿勢を正し、後ろで聖なる光を放っている天使へ聞く。
「お主も少し手伝ったらどうじゃ? みな、我がやるのか?」
「おや? 天使の力では強力すぎて、こちらの世界の建物が壊れ、死人が大量に出ることはまぬがれませんが……。私個人的には構いませんが、そちらでも良いのでしたら、私もやりますよ~? うふふふっ」
世界崩壊を本気で望んでいる天使を前にして、瑠璃は悪あがきをすることをやめた。
「相わかった」
話し声が止むと、部屋の空気が神聖なるものに変わってピンと張り詰めた。聖女はそっと目を閉じ息を吐き切って大きく吸い、両手を重ね前へかざす。
「出でよ!」
まぶたをさっと開けると、一枚のお札がかざした手の向こうで、緑色の光を帯びた狐火――焔のように四角い形で浮かび上がった。
両腕を左右へぱっと広げると、巫女服ドレスの袖が扇子を開いたようになった。
「数二百」
お札は幾重にも円を描くように、瑠璃の透き通った幼げな顔と同じ高さのまわりに綺麗に整列した。
緑がかった光が体の縁から風が下から吹き上げるように、ゆらゆらと登ってゆく。聖女として言霊の力を操る。
「願主、瑠璃!」
穢れを払うように、パンと両手を顔の前で鳴らし合わせ、祝詞を低い声で唱え始めた。
「道切を修し奉る。家に身に禍は寄らじな、ちはやぶる久那土乃神の坐さむ限りは……」
再び両手を体の前でかざし、神経を集中させる。聖女としての霊力を使い体を少しずつ回転させながら、自分から出ている光でろうそくの炎を点すように、除霊のお札に一枚ずつ念を込めてゆく。いい感じで作業が進んでいるところで、
「――あと数枚は用意しておいたほうがいいかもしれませんよ。足りないかもしれませんからね~」
集中力が削がれた瑠璃は、射殺すように天使をにらみつけた。
「お主、気が散るであろう!」
「うふふふっ……」
不気味に笑っているラジュが何をしてきたのかわかって、お札作りで身を拘束されている瑠璃は、今の最大限で憤慨した。
「お主、わざとやっておるであろう! 先に説明すればよいであろう!」
「おや? バレてしまいましたか~」
また同じループに入りそうだったのを前にして、瑠璃はひとまずお札に神経を集中して、ラジュのサファイアブルーの瞳とは視線を合わせないことにした。
天使は窓際へすうっと瞬間移動し、瑠璃の真正面を見る位置でふわふわと浮遊し始めた。アンニュイな感じで、聖なる光を放つ白いローブは窓辺にもたれかかる。
(もう既に手は打ってあります。極秘ですが……。敵の目を引きつける……。私も久々に忙しくなりますね~)
昼間迎えにきた同僚に言われて神殿へ行くと、人払いされた謁見の間だった。こんなことはここ最近なかったことだ。
金の髪を綺麗な手で背中へ払いのける仕草は、女性かと見間違えるような美しさだった。だが、彼の表情は真剣そのもの。
(今のところ、成功する可能性は78.76%。そうですね……? このまま何もせずに待っていると、失敗する可能性が78.79%です~。このままにしておきましょうか?)
瑠璃がお札の炎を増やしていく前で、ラジュは肩をすくめ、くすりと笑う。
(うふふふっ……というのは冗談です。神にまた叱られてしまいますからね。あの者ももう少しで私の守護下となりますしね)
ラジュの珍しく真剣な顔は月明かりが差し込む窓の外へ向けられ、人では決して見ることのできないはるか遠くへ、天使の瞳をやった。
(自身をごまかす嘘は大罪です。神に仕える身としては、そちらは許せませんからね)
瑠璃の発する緑色の光と銀の月明かりの両方を浴び、神秘と神聖という光のシャワーの中で、ラジュは怖いくらい微笑む。
(どのようなお仕置きをしましょうか? 今から楽しみですね~、うふふふっ)
策略という罠へ意表をつく形で、悪者を背後から突き落として、これ以上ないほどの残忍な体罰を与える。
それをあれこれ考えると、ラジュの心は至福を迎え、月明かりに輝く窓の中にいつにも増して生き生きと映り込んでいた。
瑠璃は床の上で身を清めるように、白いショートブーツのかかとをつけて姿勢を正し、後ろで聖なる光を放っている天使へ聞く。
「お主も少し手伝ったらどうじゃ? みな、我がやるのか?」
「おや? 天使の力では強力すぎて、こちらの世界の建物が壊れ、死人が大量に出ることはまぬがれませんが……。私個人的には構いませんが、そちらでも良いのでしたら、私もやりますよ~? うふふふっ」
世界崩壊を本気で望んでいる天使を前にして、瑠璃は悪あがきをすることをやめた。
「相わかった」
話し声が止むと、部屋の空気が神聖なるものに変わってピンと張り詰めた。聖女はそっと目を閉じ息を吐き切って大きく吸い、両手を重ね前へかざす。
「出でよ!」
まぶたをさっと開けると、一枚のお札がかざした手の向こうで、緑色の光を帯びた狐火――焔のように四角い形で浮かび上がった。
両腕を左右へぱっと広げると、巫女服ドレスの袖が扇子を開いたようになった。
「数二百」
お札は幾重にも円を描くように、瑠璃の透き通った幼げな顔と同じ高さのまわりに綺麗に整列した。
緑がかった光が体の縁から風が下から吹き上げるように、ゆらゆらと登ってゆく。聖女として言霊の力を操る。
「願主、瑠璃!」
穢れを払うように、パンと両手を顔の前で鳴らし合わせ、祝詞を低い声で唱え始めた。
「道切を修し奉る。家に身に禍は寄らじな、ちはやぶる久那土乃神の坐さむ限りは……」
再び両手を体の前でかざし、神経を集中させる。聖女としての霊力を使い体を少しずつ回転させながら、自分から出ている光でろうそくの炎を点すように、除霊のお札に一枚ずつ念を込めてゆく。いい感じで作業が進んでいるところで、
「――あと数枚は用意しておいたほうがいいかもしれませんよ。足りないかもしれませんからね~」
集中力が削がれた瑠璃は、射殺すように天使をにらみつけた。
「お主、気が散るであろう!」
「うふふふっ……」
不気味に笑っているラジュが何をしてきたのかわかって、お札作りで身を拘束されている瑠璃は、今の最大限で憤慨した。
「お主、わざとやっておるであろう! 先に説明すればよいであろう!」
「おや? バレてしまいましたか~」
また同じループに入りそうだったのを前にして、瑠璃はひとまずお札に神経を集中して、ラジュのサファイアブルーの瞳とは視線を合わせないことにした。
天使は窓際へすうっと瞬間移動し、瑠璃の真正面を見る位置でふわふわと浮遊し始めた。アンニュイな感じで、聖なる光を放つ白いローブは窓辺にもたれかかる。
(もう既に手は打ってあります。極秘ですが……。敵の目を引きつける……。私も久々に忙しくなりますね~)
昼間迎えにきた同僚に言われて神殿へ行くと、人払いされた謁見の間だった。こんなことはここ最近なかったことだ。
金の髪を綺麗な手で背中へ払いのける仕草は、女性かと見間違えるような美しさだった。だが、彼の表情は真剣そのもの。
(今のところ、成功する可能性は78.76%。そうですね……? このまま何もせずに待っていると、失敗する可能性が78.79%です~。このままにしておきましょうか?)
瑠璃がお札の炎を増やしていく前で、ラジュは肩をすくめ、くすりと笑う。
(うふふふっ……というのは冗談です。神にまた叱られてしまいますからね。あの者ももう少しで私の守護下となりますしね)
ラジュの珍しく真剣な顔は月明かりが差し込む窓の外へ向けられ、人では決して見ることのできないはるか遠くへ、天使の瞳をやった。
(自身をごまかす嘘は大罪です。神に仕える身としては、そちらは許せませんからね)
瑠璃の発する緑色の光と銀の月明かりの両方を浴び、神秘と神聖という光のシャワーの中で、ラジュは怖いくらい微笑む。
(どのようなお仕置きをしましょうか? 今から楽しみですね~、うふふふっ)
策略という罠へ意表をつく形で、悪者を背後から突き落として、これ以上ないほどの残忍な体罰を与える。
それをあれこれ考えると、ラジュの心は至福を迎え、月明かりに輝く窓の中にいつにも増して生き生きと映り込んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる