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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
始まりの晩餐/10
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昼休みの喧騒に、彰彦の意識は戻ってきた。顔に乗せていたカウボーイハットを取って、ブルーグレーの瞳に秋空を映す。
「メシア……。望んだからって、もらえるもんじゃねえだろ」
チャイムが鳴り始めた。彰彦はさっと起き上がって、木の幹からポンと芝生の上に軽々と飛び降り、
「っと、昼休み終わりってか。戻っか」
ジーパンのポケットに親指を引っ掛けながら、ウェスタンブーツで足早に歩き出した。弁当箱を小脇に抱えながら芝生から渡り廊下を通り、建物の中へと入った。
平和な他の部署から離れてゆく。聖霊寮という幽霊たちの事件が集まる場所――墓場へ向とかって。次の角を曲がれば、空気は一変する――と、その時――
「ちょっと、君!」
やけに滑舌のよくない中年男の声が廊下に響き渡った。誰か他の人間に話しかけているのだろう。聞こえはすれど、心に届かない声。
彰彦がそのまま前へ進もうとすると、
「国立くん!」
自分の名前を呼ばれた。よく聞けば、聞いたことのある声だった。
「あぁ?」けだるそうに振り返る。できれば、振り返りたくない。こんなところで油を売ってる暇はないのだから。
そこには、小柄ででっぷりと太った、どこにでもいるような個性のない中年男が立っていた。忘れもしない。二年前に聖霊寮に左遷した、かつて上司だった野郎だ。
小さな犬がキャンキャン吠えるように、男は彰彦に向かって怒り出した。
「今朝のあれは何だね。リムジンになんか乗ってきて、私への当てつけか?」
見当違いも甚だしい――。彰彦は口の端でふっと笑った。
「そんなんじゃ、オレと同じリングには上がれねえぜ」
「どういう意味だ!」
茹で蛸みたいに、男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。近くを歩いていた職員たちの視線が集中する。
「てめえが世間体っつう迷路をグルグル回ってる間に、世の中変わってんだよ」
どこまでも現実逃避している男に、彰彦は事実を突きつけてやった。
「…………」男は言葉を失い、視線をあちこちに向けて考える。
勝者はいつも自分で、この鋭い眼光でズバズバ生意気なことを言う男が敗者なのだ。二度と表舞台に立てないようにしたのに、功績を上げたと、省内ではもっぱらの噂だ。
彰彦はかぶっていたカウボーイハットを人差し指で上へ少し押し上げた。
「ノーマルに考えりゃわかんだろ。てめえひとりのために、リムジン買うやつなんかいねえだろ。相手にしてると思ったら大間違いだぜ」
恨んだり憎んだりすることが、どれほど無駄かはもう人生で学んだのだ。怒ったりすれば、己自身も迷路に迷い込んでしまう。心霊関係の仕事をしていると、物事の見方も変わるもので、どんなことが起きても、神様の導きだと割り切ると、怒る気にも、目の前にいる人間を相手にする気にもならないものだ。
「借り物か。誰のだ?」
発展途上の花冠国で、リムジンを所有しているとなると、数名の政治家と、もうひとり一般人がいる――男の脳裏に浮かんだ名前が、彰彦の口から出てきた。
「ラハイアット家だ」
あり得ない――。自分が左遷した男が権力を持っているなど。男は怒りに支配されて、言葉に突っかかった。
「ラ、ラハイアット家だと? ま、まさか、国家予算ほどの財産を有する大富豪と、君が知り合える機会などないだろう。う、嘘などついて、恥ずかしいと思わない――」
見当違いな罵り――。やはり世間体という迷路でぐるぐると回っていただけのことはある。
「嘘じゃねえぜ。聖霊師に、崇剛 ラハイアットがいんだよ」
リムジンは何度も、治安省のロータリーに入ってきていた。運転手がドアを開け、あの瑠璃色の貴族服を着た優雅な男が、入り口から聖霊寮へと歩いてくる。中性的で気品漂う男とすれ違うと、職員たちは思わず立ち止まり、振り返って見惚れるほどの人物だ。
有名な話――崇剛 ラハイアットがスピリチュアルに通じているのは。
掌握しているつもりが、誰も男には、噂の人物の話をしていなかったのだ。
「五十万もの悪霊を捕まえたとかいうのは、まさか、ラハイアット家の主人なのか?」
もう就業時間は始まっている。金が目の前に並んでいないと、人を判断できない中年男に構っている暇などない。崇剛との約束――悪霊退治が待っているのだ。
「じゃあな」話は済んだ――彰彦はジーパンのポケットに手を突っ込み、スパーをかちゃかちゃと鳴らして、廊下を歩き出す。
中年男は青ざめた顔で、頭を抱えた。
「墓場じゃなかったのか……」
先日の聖戦争のお陰で聖霊寮は、いつの間にか花形になったのだ。そこが墓場かどうかを決めるのは、結局のところ、本人の考え次第なのだ――。それを伝えたとしても、この年だけ食った中年男にはわかりはしないだろうと、彰彦は思った。
「いい墓場に送ってくれて、サンキュウな」
彰彦は肩越しに指を二本突き立てたそれを、合図でも送るように振った。
「く~っ!」
男は悔しそうに手をきつく握り、廊下の真ん中で、年甲斐もなく地団駄を踏んだのだった。
「メシア……。望んだからって、もらえるもんじゃねえだろ」
チャイムが鳴り始めた。彰彦はさっと起き上がって、木の幹からポンと芝生の上に軽々と飛び降り、
「っと、昼休み終わりってか。戻っか」
ジーパンのポケットに親指を引っ掛けながら、ウェスタンブーツで足早に歩き出した。弁当箱を小脇に抱えながら芝生から渡り廊下を通り、建物の中へと入った。
平和な他の部署から離れてゆく。聖霊寮という幽霊たちの事件が集まる場所――墓場へ向とかって。次の角を曲がれば、空気は一変する――と、その時――
「ちょっと、君!」
やけに滑舌のよくない中年男の声が廊下に響き渡った。誰か他の人間に話しかけているのだろう。聞こえはすれど、心に届かない声。
彰彦がそのまま前へ進もうとすると、
「国立くん!」
自分の名前を呼ばれた。よく聞けば、聞いたことのある声だった。
「あぁ?」けだるそうに振り返る。できれば、振り返りたくない。こんなところで油を売ってる暇はないのだから。
そこには、小柄ででっぷりと太った、どこにでもいるような個性のない中年男が立っていた。忘れもしない。二年前に聖霊寮に左遷した、かつて上司だった野郎だ。
小さな犬がキャンキャン吠えるように、男は彰彦に向かって怒り出した。
「今朝のあれは何だね。リムジンになんか乗ってきて、私への当てつけか?」
見当違いも甚だしい――。彰彦は口の端でふっと笑った。
「そんなんじゃ、オレと同じリングには上がれねえぜ」
「どういう意味だ!」
茹で蛸みたいに、男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。近くを歩いていた職員たちの視線が集中する。
「てめえが世間体っつう迷路をグルグル回ってる間に、世の中変わってんだよ」
どこまでも現実逃避している男に、彰彦は事実を突きつけてやった。
「…………」男は言葉を失い、視線をあちこちに向けて考える。
勝者はいつも自分で、この鋭い眼光でズバズバ生意気なことを言う男が敗者なのだ。二度と表舞台に立てないようにしたのに、功績を上げたと、省内ではもっぱらの噂だ。
彰彦はかぶっていたカウボーイハットを人差し指で上へ少し押し上げた。
「ノーマルに考えりゃわかんだろ。てめえひとりのために、リムジン買うやつなんかいねえだろ。相手にしてると思ったら大間違いだぜ」
恨んだり憎んだりすることが、どれほど無駄かはもう人生で学んだのだ。怒ったりすれば、己自身も迷路に迷い込んでしまう。心霊関係の仕事をしていると、物事の見方も変わるもので、どんなことが起きても、神様の導きだと割り切ると、怒る気にも、目の前にいる人間を相手にする気にもならないものだ。
「借り物か。誰のだ?」
発展途上の花冠国で、リムジンを所有しているとなると、数名の政治家と、もうひとり一般人がいる――男の脳裏に浮かんだ名前が、彰彦の口から出てきた。
「ラハイアット家だ」
あり得ない――。自分が左遷した男が権力を持っているなど。男は怒りに支配されて、言葉に突っかかった。
「ラ、ラハイアット家だと? ま、まさか、国家予算ほどの財産を有する大富豪と、君が知り合える機会などないだろう。う、嘘などついて、恥ずかしいと思わない――」
見当違いな罵り――。やはり世間体という迷路でぐるぐると回っていただけのことはある。
「嘘じゃねえぜ。聖霊師に、崇剛 ラハイアットがいんだよ」
リムジンは何度も、治安省のロータリーに入ってきていた。運転手がドアを開け、あの瑠璃色の貴族服を着た優雅な男が、入り口から聖霊寮へと歩いてくる。中性的で気品漂う男とすれ違うと、職員たちは思わず立ち止まり、振り返って見惚れるほどの人物だ。
有名な話――崇剛 ラハイアットがスピリチュアルに通じているのは。
掌握しているつもりが、誰も男には、噂の人物の話をしていなかったのだ。
「五十万もの悪霊を捕まえたとかいうのは、まさか、ラハイアット家の主人なのか?」
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「じゃあな」話は済んだ――彰彦はジーパンのポケットに手を突っ込み、スパーをかちゃかちゃと鳴らして、廊下を歩き出す。
中年男は青ざめた顔で、頭を抱えた。
「墓場じゃなかったのか……」
先日の聖戦争のお陰で聖霊寮は、いつの間にか花形になったのだ。そこが墓場かどうかを決めるのは、結局のところ、本人の考え次第なのだ――。それを伝えたとしても、この年だけ食った中年男にはわかりはしないだろうと、彰彦は思った。
「いい墓場に送ってくれて、サンキュウな」
彰彦は肩越しに指を二本突き立てたそれを、合図でも送るように振った。
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