846 / 967
閉鎖病棟の怪
怨霊の魔窟/5
しおりを挟む
だが、絶対不動の男にはまったく効かなかった。
「今から、肩甲骨まわりをほぐすからだ」
指導していただいているということで、颯茄はすぐに納得しようとしたが、
「あぁ、ありがとうござい――」
トントンと肩を叩かれた。
「はい?」
「何だ?」
同じく肩を叩かれた夕霧が聞き返すと、闘争心を削ぎ取られた敵が戸惑い顔を向けていた。
「戦闘中ですが……」
しかし、そんなことはどうでもいいのである。弓矢をきちんと使いたいのだ。教えを乞いたいのだ。
「ちょっと待ってください。今大切なところなんで……」
「待て」
さっき初めて会って、意気投合してしまい、密着している男女みたいになっているふたりからの阻止で、悪霊たちは冷や汗をかき気味に、仕方なしにうなずくしかなった。
「はぁ……」
画面から、颯茄と夕霧がはずれると、ふたりの声だけになり、こんなおかしな内容になるのだった。
「痛っ!」
「動くな」
「そこに入れるんですか?」
「他にどこがある?」
「何でこんなに痛いんだろう?」
「初めてだからだ」
「いた~~っ!」
バージン喪失みたいな場面展開。颯茄が大袈裟なのではなく、本当に痛いのだ。
颯茄は自分の体の内でバリバリという音を聞く。
「修業バカ……」
悪霊全員があきれたため息をついた。夕霧は気にした様子もなく、颯茄からさっと身を引き、まっすぐ立った。
「肩甲骨は普通、羽のように体から離れているものだ。お前のはくっついていた。それでは使えん」
「ありがとうございます」
こんな素晴らしいことは、そうそうないのである。誰かが自分に何かをしてくれるなど、その人の慈愛でしかない。
使いたいところは、手で直接触ればいいのである。知らないばかりに、颯茄はみっちり教えられたのだった。
「あのぅ……?」
「はい?」
真実の愛という至福の時に浸っていた颯茄が我に返ると、敵がひどく困った顔をしていた。
「もういいですか? 私たちも朝日が昇るまでという決まりがあるんですよ」
悪霊も大変なのである、色々と。縦社会であり、上から命令を下されているのだから、手ぶらで帰ったら叱られるのである。
「すみません。お待たせしました」
映画の本編が始まる前の、宣伝みたいな長い時間はやっと終わりを告げた。
「脇は空けろ」
「はい」
コーヒーカップを持ち上げる動きは、ここにつながっていた。
颯茄は言われた通り、弦に作り出したボールを引っ掛け、
「っ!」
狙いを定め、力んだ。即行、師匠から指導が入る。
「構えは取るな。隙ができる」
斬りかかろうとしていた敵たちも一斉にびっくりして、ピタリと動きを止めた。自分たちが注意されたのかと思って。
「あぁ、勉強になります」
いつも通りの呼吸で、弓を最大限に引っ張ってゆく。
「…………」
颯茄が放とうとしている軌跡が、夕霧にははっきりと見えた。
「殺気は消せ。それでは相手に逃げられる」
自分を殺そうとする何者かから逃げない人は誰もいない。颯茄は弓矢をいったん脇へ落とし、笑いを取りにいった。
「さっきの殺気を消す!」
「面白い」
夕霧は珍しく微笑む――無感情、無動のはしばみ色の瞳を細めた。
「親父ギャグ!」
颯茄はガッツポーズを取った。しかし、そう言われても、方法はわからないのである。
「どうやって、殺気を消すんですか?」
「相手に感謝をする」
――霊体、九十七。邪気、百三十三。
敵の数はゆうに二百を超している。単純計算で自分たちの百倍だ。だが、焦ることなく落ち着き払っている、夕霧は。
戦うのに、お礼をする。真逆というか、水と油というか、ベクトルがまったく交わらない気が、颯茄はした。
「それで消えるんですか?」
当然の質問が弟子からやってきた。
「相手に感謝をすると、自分の気の流れが相手に向かい、それと入れ違いに相手の気の流れが自分へ入ってくる」
「あぁ~、なるほど。相手と心が通じるから、殺気がなくなるんですね?」
「そうだ」
嘘で言っては、気の流れはできないのである。だからこそ、真心を込めないといけない。颯茄は足をそろえて、悪霊の方々に丁寧に頭を下げた。
「敵のみなさんに、ありがとうございます」
「今から、肩甲骨まわりをほぐすからだ」
指導していただいているということで、颯茄はすぐに納得しようとしたが、
「あぁ、ありがとうござい――」
トントンと肩を叩かれた。
「はい?」
「何だ?」
同じく肩を叩かれた夕霧が聞き返すと、闘争心を削ぎ取られた敵が戸惑い顔を向けていた。
「戦闘中ですが……」
しかし、そんなことはどうでもいいのである。弓矢をきちんと使いたいのだ。教えを乞いたいのだ。
「ちょっと待ってください。今大切なところなんで……」
「待て」
さっき初めて会って、意気投合してしまい、密着している男女みたいになっているふたりからの阻止で、悪霊たちは冷や汗をかき気味に、仕方なしにうなずくしかなった。
「はぁ……」
画面から、颯茄と夕霧がはずれると、ふたりの声だけになり、こんなおかしな内容になるのだった。
「痛っ!」
「動くな」
「そこに入れるんですか?」
「他にどこがある?」
「何でこんなに痛いんだろう?」
「初めてだからだ」
「いた~~っ!」
バージン喪失みたいな場面展開。颯茄が大袈裟なのではなく、本当に痛いのだ。
颯茄は自分の体の内でバリバリという音を聞く。
「修業バカ……」
悪霊全員があきれたため息をついた。夕霧は気にした様子もなく、颯茄からさっと身を引き、まっすぐ立った。
「肩甲骨は普通、羽のように体から離れているものだ。お前のはくっついていた。それでは使えん」
「ありがとうございます」
こんな素晴らしいことは、そうそうないのである。誰かが自分に何かをしてくれるなど、その人の慈愛でしかない。
使いたいところは、手で直接触ればいいのである。知らないばかりに、颯茄はみっちり教えられたのだった。
「あのぅ……?」
「はい?」
真実の愛という至福の時に浸っていた颯茄が我に返ると、敵がひどく困った顔をしていた。
「もういいですか? 私たちも朝日が昇るまでという決まりがあるんですよ」
悪霊も大変なのである、色々と。縦社会であり、上から命令を下されているのだから、手ぶらで帰ったら叱られるのである。
「すみません。お待たせしました」
映画の本編が始まる前の、宣伝みたいな長い時間はやっと終わりを告げた。
「脇は空けろ」
「はい」
コーヒーカップを持ち上げる動きは、ここにつながっていた。
颯茄は言われた通り、弦に作り出したボールを引っ掛け、
「っ!」
狙いを定め、力んだ。即行、師匠から指導が入る。
「構えは取るな。隙ができる」
斬りかかろうとしていた敵たちも一斉にびっくりして、ピタリと動きを止めた。自分たちが注意されたのかと思って。
「あぁ、勉強になります」
いつも通りの呼吸で、弓を最大限に引っ張ってゆく。
「…………」
颯茄が放とうとしている軌跡が、夕霧にははっきりと見えた。
「殺気は消せ。それでは相手に逃げられる」
自分を殺そうとする何者かから逃げない人は誰もいない。颯茄は弓矢をいったん脇へ落とし、笑いを取りにいった。
「さっきの殺気を消す!」
「面白い」
夕霧は珍しく微笑む――無感情、無動のはしばみ色の瞳を細めた。
「親父ギャグ!」
颯茄はガッツポーズを取った。しかし、そう言われても、方法はわからないのである。
「どうやって、殺気を消すんですか?」
「相手に感謝をする」
――霊体、九十七。邪気、百三十三。
敵の数はゆうに二百を超している。単純計算で自分たちの百倍だ。だが、焦ることなく落ち着き払っている、夕霧は。
戦うのに、お礼をする。真逆というか、水と油というか、ベクトルがまったく交わらない気が、颯茄はした。
「それで消えるんですか?」
当然の質問が弟子からやってきた。
「相手に感謝をすると、自分の気の流れが相手に向かい、それと入れ違いに相手の気の流れが自分へ入ってくる」
「あぁ~、なるほど。相手と心が通じるから、殺気がなくなるんですね?」
「そうだ」
嘘で言っては、気の流れはできないのである。だからこそ、真心を込めないといけない。颯茄は足をそろえて、悪霊の方々に丁寧に頭を下げた。
「敵のみなさんに、ありがとうございます」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
黒騎士団の娼婦
星森 永羽
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる