明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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閉鎖病棟の怪

幽霊と修業/5

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 左側が閉まり、それと入れ替えというように右側の襖がすっと開いた。背がずいぶん高く顔は上の敷居に隠れていて見えない。

 高級なひざ下までのロングコートから長い足が畳へ乗って、かがんだ髪の色は深緑。

 座敷へ入り、後ろ手で襖が閉められると、あごのシャープなラインと無感情、無動のはしばみ色の瞳が、颯茄の前に姿を現した。

「え……?」

 どこかで見たことがある。こんなに明るいところではなく、もっと暗い……。

「先輩にプロポーズした人ってこの人ですよね?」

 知礼に聞かれて、あの閉鎖病棟の薄闇の中と、白と紺の袴と、アサルトライフルと弓と……。

「お前がプロポーズした女の子って、この子のことか?」
「そうだ」

 どこかずれているクルミ色の瞳を見るのは、別世界に神経をかたむけたような視線だった。見た目など関係ない。中身――気の流れは同じだ。一度会ったら忘れない。

 服が違う。会った場所が違う。だが、この絶対不動の安心感と、神のような畏敬は忘れない。

「そうだね、たぶん……。おかしいけど、初めて会うから……ちょっと感じが違うけど……」

 温度もある。匂いもある。光もある。そんな空間で、二月という真冬なのに、コートは着ているが、マフラーはないという夕霧に釘付けになる。

 この身長で袴姿だったら、やはりあの閉鎖病棟で会った男と同じであった。

 颯茄は我に返って、落ち着きなくビールのジョッキを触ったり、おしぼりを握りしめたりし出した。

 向かいの席で、知礼の可愛らしい声が聞こえ、

「独健さん、やっぱり知らないみたいです、先輩は」

 艶やかな動きで、あぐらをかいた夕霧に、独健は皮肉たっぷりに言ってやった。

「そうか。相変わらず言葉数が少なすぎだな。プロポーズしたのに、職業を言わないなんてな」
「職業……?」

 押し寄せてくる男の色香の隣で、颯茄はおしぼりを畳に思わず落とした。ネクタイを揺すぶって、緩めている夕霧は、地鳴りのような低い声で言い返す。

「それは言わんでいい」
「重要なことだろう」
「俺はなりたくてなったわけではない」

 どうも話がおかしくて、颯茄が間に割って入った。

「私立セントアスタル病院の医師……ですよね?」

 あの病院で働いているということは、そういうことだろう。だが、知礼の赤茶のふわふわ髪は横に揺れた。

「合ってますけど、正確ではないです」
「え……?」

 颯茄はまじまじと見つめた。それでは、この横に座っている男は一体何者なのだろうか。

「お前が言わないなら、俺が代わりに言ってもいいんだが……」

 独健の言葉も絶対不動で切り捨て、夕霧は珍しく軽くため息をついた。

「…………」

 本人からはどうも聞き出せないようだ。

「どういうこと?」
「先輩、ネットで調べてください。本人が言いたくないみたいですから」

 公共の場に出ているのなら、プライベートでもない。それでも、颯茄は携帯電話を手にして、丁寧に頭を下げた。

「ああ、じゃあ、失礼します」
「構わん」

 本人の了承を得て、颯茄は意識化でつながっている携帯電話の画面を見つめた。それだけで、勝手に入力されてゆく。

 『はしば』のひらがなだけで、予測変換にフルネームが出てきた。よほどの有名人である。検索をかけると、意外なサイトがヒットした。

「ニュース……?」

 一番上にあったものを開き、声に出して記事を読み始めた。

「私立セントアスタル病院の未来に光見える――。前院長と長男を眠り病によって亡くしたが、次男、羽柴 夕霧さんが院長に就任……」

 大病院の院長――

 だが、颯茄が気になったのはそこではなかった。地位や名誉などどうでもいいのだ。

 自分と同じように家族を亡くしている、隣にいる男は。あの夜、あの閉鎖病棟にいたのは、院長として見回っていたからなのだと、颯茄は勝手に判断した。

「お疲れさまです」

 労って頭を深々と下げたが、夕霧に日本刀で藁人形でも切るように、バッサリ切り捨てられた。

「意味がわからん」

 しんみりした雰囲気が一気に消え失せた。颯茄が驚き声を上げたことによって。

「えぇっ!?!?」

 自分のことは自分で守れる。あの時の女だ、間違いない。無感情、無動のはしばみ色の瞳は珍しく微笑み細められた。

「お前はいつでも変わらん」
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