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翡翠の姫

十六夜に会いましょう/5

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 着ている服はまったく違う。髪の色も少々違う。だが、見間違えるはずがない。あの白の巫女にそっくりだった。貴増参は思わず椅子から立ち上がった。

「君は……」
「あれ?」

 女も思うところがあったようで、小首をかしげて、黒いロングブーツは小走りに近づいてきて、貴増参を指差して、こんなことを言う。

「どこかで会いませんでしたっけ?」

 それを聞いた明引呼があきれた顔をした。

一体いってえ、いつの時代じでえの口説き文句だよ?」

 女は怒りで顔を歪め、ソファーまで走り込んで戻り、明引呼の腹めがけてストレートパンチを放った。

「っ!」

 大きな手のひらで慣れた感じで受け止め、明引呼は口の端でフッと笑い、

「っ! 相変わらず手がはいえな」

 すると、女からはこう返ってくるのである。

「節操はあるわっ!」
「嘘つくんじゃねぇよ!」

 友人は喧嘩っ早いところがあるが、そうそうなことでは怒らない性格。それなのに、子供みたいにもめ出した。

「本当だわっ!」
「から、嘘つくんじゃねぇよ!」
「また笑い取ってきて!」
「少しは、オレに違うこと言わせろや!」
「今のは『嘘つくんじゃねえよ』でしょ! 勝手に変えて!」

 黙って眺めていた貴増参にはなぜか、痴話喧嘩には見えず、夫婦で仲良く遊んでいるみたいに思えた。

 どこまでも、ふたりだけで話が続いていきそうだったが、女は明引呼の大きな体を引っ張って、ドアの方へ押し出す。

「もう! 明は帰ってよ!」

 無理やり退場させられそうになっている明引呼は、少しだけ振り返って、

「おう、たか!」
「僕は貴増参です」

 きっちり突っ込んでやった。

「てめえ、こいつきちんと家に送れよ」

 なぜこんなことをわざわざ言うのか。三十五の男だ。この男が女に依存する面を持っていたとは意外だった。

 人に蹴りを入れる女だって、もういい大人だ。一人で家に帰れるだろう。どうも話がおかしいようだった。

「もう! 早く出て行く!」

 女は大きな背中を両手で、容赦なくぽかぽか叩いている。それを両腕で避けながら、明引呼は口の端でニヤリと笑い、いつもの言葉をわざと言った。

「ハニワさんに夢中になって、どこかに置き去りにすんじゃねえぜ」

 ふたり一緒にツッコミが返ってきた。

「土器!」
「土器です」

 似た者同士の男と女を前にして、明引呼は面白そうに微笑んで、ドアから出て行った。パタンと扉が閉まると、教授室は急に静かになった。

 黒いロングブーツはかかとを鳴らして、書斎机の前にまでやってきた。軽く咳払いをして、低くボソボソとした声が言う。

「颯茄 デュスターブと申します」

 なぜ明引呼と仲よく、家に送れと一言忠告してきたのかが、ファミリーネームで納得がいった。貴増参はあごに手を当てる。

「デュスターブ……。ふむ。確かにある意味、彼の女性です」

 だが、颯茄は別のところで意見をした。

「私は物ではないので、それは間違ってます」

 生きている時代は違う。だが、生まれ変わりがあるのなら、目の前にいる颯茄は、あの白の巫女のリョウカと性質は似ているだろう。環境が変わろうが、人の本質とはそんなものである。

 他にはいないのだ。望んでいたひとが机を挟んだ向こう側という手の届く距離にいることが、貴増参を悲恋という魔法から解き放ったようだった。

「君らしいです」
「え……?」

 颯茄は不思議そうに顔を前に押し出して、まぶたをパチパチと激しく瞬かせた。その仕草も白の巫女とそっくりだった。

 叶うはずもない約束は、長い時を経たのか。それとも、たった一ヶ月だったのかはわからないが、果たされたのだ。

 背筋を伸ばして、ある意味明引呼の女は頭を丁寧に下げる。

「――兄がいつもお世話になってます」

 八つ違いの兄妹きょうだい。いつまでたっても、子供の頃と変わらず、小競り合いばかりをしている仲のいい兄妹。

 微笑ましい限りで、茶色の瞳はいつもにも増して、優しさがこぼれ落ちそうなほどになった。

「こちらこそ、お世話になってます。貴増参 アルストンです。よろしくお願いますね」
「よろしくお願いします」

 颯茄が勢いよく頭を前へ下げると、ブラウンの髪がザバッと空中を縦に切った。貴増参はポケットにさっき入れた勾玉を取り出し、

「こちらを君にプレゼントします」
 ――君に返します。

 彼の心の中では違う言葉があふれる。
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