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復活の泉
暗黒郷(ディストピア)からの逃げ水/5
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「何があった?」
「C89室だ」
「メシアの暴走か?」
壁破壊のせいで、逃走時間が大幅に短縮されていた。ヒカリはベッドから起き上がり床に足をつけて、さらにピンチに陥れようとしているとしか思えないルナスに向かって、珍しく吠えた。
「ほら、来たじゃないか! これじゃ、ミイラ取りがミイラだ」
「君の水のメシアを使うという手があります~」
兄はいつもこんな感じで、弟は疑いの眼差しをやった。
「なぜ、兄さんが今話していたメシアの話を知っているんだい? しかも、水と断定するなんて」
理論的にありえないのだ。しかし、ルナスにとってはごくごく当たり前のことだった。
「先ほど、とある女性からうかがったんです~」
破壊した壁へ急いで向かって行きながら、
「兄さん、その女の人には会ったことがあるのかい?」
「それが~、どちらでも会ったことがないんです~。ご親切な方が世の中にはいますね~」
この緊迫した状態で、兄の珍回答を聞いて、ヒカリはあきれた顔をした。
「また知らない人の話を信じて……。それで正しいんだから、兄さんの特異体質も研究対象に十分なる――」
「ヒカリ~、置いていきますよ~」
ちゃっかり、鉄鋼を避けて、壁穴を潜り始めている兄を見つけて、
「助けに来たのに、置いていくなんて、意味がないじゃないか」
「おや~? バレてしまいましたか~?」
本気で置いていくつもりだったらしい兄のあとに続きながら、ヒカリはかがみこんで、研究所の外へ出た。
「なぜ、兄さんは失敗することを選ぶんだい?」
今も鳴り響くサイレンの中を、兄弟は進んでゆく。走りもせず、のんびりと。
「成功することはみんなが選びます。ですから、誰もしない失敗することが、本当に失敗するかどうか知りたいんです~」
ある意味純粋な追求心を、さも正当と思わせるような言い訳だったが、このニコニコしている天使みたいな兄の腹黒さを、ヒカリは小さい頃から何度も目の当たりにしてきた。
「そうやって、何人兄さんは他の人を犠牲にしてきたてきたんだい?」
「おや~? 人聞きが悪いですね~。ぜひやってくださると言うので、お願いしたんですが、他の方が失敗だったと伝えにきて、その方にはその後一度も会えずじまいです~。お礼をしたいんですが……」
人生失敗したら、死が待っている。それなのに、こんなことを言う兄。ヒカリのため息が冬の夜空に舞った。
「はぁ~、ご愁傷様です……」
ルナスの極悪非道ぶりに圧倒されている暇はなく、追っ手が来る前に研究所からせめて外へ出たい。
「とにかく逃げないと……」
何度も逃走した場所。もう頭の中におおよその地図は入っている。ヒカリはルナスの先を歩いてゆく。すると、凛とした儚げな声が、背後からかけられた。
「ヒカリ、先ほどの水のメシアについての話ですが――」
兄は執念深い。弟よりもずっと。ヒカリは前を向いたまま、ブリ返された話をばっさり切り捨てた。
「兄さんの提案は聞かない」
「そうですか~? 万が一、成功するということがありますよ~。可能性はゼロではないんですから」
逃げているのに、緊迫感のないゆるゆるとした口調。それなのに、この青年は人生をうまく生きている。
「なぜ、兄さんは研究所の人間に捕まっても、いつも無事で逃げ出して、隠れ家に帰れるんだろうな? 僕と同じ環境なのに……」
「捕まりそうになると、必ず知らない女性が僕を助けたり、身代わりになってくれるんです~」
他力本願という特異体質。本人が助けを求めていないのに、大きな運命でも働いているかのように、まわりが勝手に動いてゆく、強運なルナスの人生。
「兄さんは女の人がいるところなら、どんな過酷な状況でも生き抜いていくのかも――」
ブツブツつぶやいている途中で、とうとう追っ手が迫ってきた。
「いたぞっ!」
「C89室だ」
「メシアの暴走か?」
壁破壊のせいで、逃走時間が大幅に短縮されていた。ヒカリはベッドから起き上がり床に足をつけて、さらにピンチに陥れようとしているとしか思えないルナスに向かって、珍しく吠えた。
「ほら、来たじゃないか! これじゃ、ミイラ取りがミイラだ」
「君の水のメシアを使うという手があります~」
兄はいつもこんな感じで、弟は疑いの眼差しをやった。
「なぜ、兄さんが今話していたメシアの話を知っているんだい? しかも、水と断定するなんて」
理論的にありえないのだ。しかし、ルナスにとってはごくごく当たり前のことだった。
「先ほど、とある女性からうかがったんです~」
破壊した壁へ急いで向かって行きながら、
「兄さん、その女の人には会ったことがあるのかい?」
「それが~、どちらでも会ったことがないんです~。ご親切な方が世の中にはいますね~」
この緊迫した状態で、兄の珍回答を聞いて、ヒカリはあきれた顔をした。
「また知らない人の話を信じて……。それで正しいんだから、兄さんの特異体質も研究対象に十分なる――」
「ヒカリ~、置いていきますよ~」
ちゃっかり、鉄鋼を避けて、壁穴を潜り始めている兄を見つけて、
「助けに来たのに、置いていくなんて、意味がないじゃないか」
「おや~? バレてしまいましたか~?」
本気で置いていくつもりだったらしい兄のあとに続きながら、ヒカリはかがみこんで、研究所の外へ出た。
「なぜ、兄さんは失敗することを選ぶんだい?」
今も鳴り響くサイレンの中を、兄弟は進んでゆく。走りもせず、のんびりと。
「成功することはみんなが選びます。ですから、誰もしない失敗することが、本当に失敗するかどうか知りたいんです~」
ある意味純粋な追求心を、さも正当と思わせるような言い訳だったが、このニコニコしている天使みたいな兄の腹黒さを、ヒカリは小さい頃から何度も目の当たりにしてきた。
「そうやって、何人兄さんは他の人を犠牲にしてきたてきたんだい?」
「おや~? 人聞きが悪いですね~。ぜひやってくださると言うので、お願いしたんですが、他の方が失敗だったと伝えにきて、その方にはその後一度も会えずじまいです~。お礼をしたいんですが……」
人生失敗したら、死が待っている。それなのに、こんなことを言う兄。ヒカリのため息が冬の夜空に舞った。
「はぁ~、ご愁傷様です……」
ルナスの極悪非道ぶりに圧倒されている暇はなく、追っ手が来る前に研究所からせめて外へ出たい。
「とにかく逃げないと……」
何度も逃走した場所。もう頭の中におおよその地図は入っている。ヒカリはルナスの先を歩いてゆく。すると、凛とした儚げな声が、背後からかけられた。
「ヒカリ、先ほどの水のメシアについての話ですが――」
兄は執念深い。弟よりもずっと。ヒカリは前を向いたまま、ブリ返された話をばっさり切り捨てた。
「兄さんの提案は聞かない」
「そうですか~? 万が一、成功するということがありますよ~。可能性はゼロではないんですから」
逃げているのに、緊迫感のないゆるゆるとした口調。それなのに、この青年は人生をうまく生きている。
「なぜ、兄さんは研究所の人間に捕まっても、いつも無事で逃げ出して、隠れ家に帰れるんだろうな? 僕と同じ環境なのに……」
「捕まりそうになると、必ず知らない女性が僕を助けたり、身代わりになってくれるんです~」
他力本願という特異体質。本人が助けを求めていないのに、大きな運命でも働いているかのように、まわりが勝手に動いてゆく、強運なルナスの人生。
「兄さんは女の人がいるところなら、どんな過酷な状況でも生き抜いていくのかも――」
ブツブツつぶやいている途中で、とうとう追っ手が迫ってきた。
「いたぞっ!」
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