大人の隠れんぼ=旦那編=

明智 颯茄

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縁側の謎

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 そのころ本家では。さっきからひっきりなしに着信し続ける携帯電話があった。小さな手で握られていて、丸い子供らしい瞳がそれを見つめる。

 少し枯れ気味で意気揚々としていて、幼い声だが、どこか人生の重みを感じさせる響き。それがさっきから同じことを言い続けていた。

「おう? メール……おう? メール……おう? メール……おう? メール……」

 返事を返せないうちに、次々に受信ボックスにたまってゆく。手に負えない携帯電話。

 それを背後から見る形で、すうっと瞬間移動で人が立った。黒のトゲトゲ頭をした弟の名前を、飄々ひょうひょうとした声が呼ぶ。

帝河ひゅーが?」

 携帯電話を握った手は机の上から降ろされ、回転椅子をくるっと回して、帝河は振り返った。

 そこには、自分よりも七歳も年上のサッカー部に入っている、日に焼けたひょろっとした兄が立っていた。

「あぁ? 何だよ? 輝来きら。珍しいな、五歳児の部屋に来るなんてよ」

 プライベートもしっかり守られている、思春期の兄、輝来。そんな兄が、わざわざチビッ子の相部屋にくるなど、五歳の弟でもおかしいと思うのだ。

 輝来は両腕を組んで、右に左に行ったり来たり。自分たちが学校に行っていた間に起きた大事件を口にする。

「今日、颯姉ちゃんと月さんがきたって聞いた。父上に頼んだのはお前か?」

 身に覚えがない、濡れ衣である。だが、この五歳児は驚くわけでもなく、怒るわけでもなく、見当違いもはなはだしい、兄に思いっきり聞き返した。

「あぁ? 何言ってんだ? 輝来」

 いつでも七十センチの身長差。椅子と立っている姿勢。さらに磨きがかかった高低差で、兄は上から目線を弟に食らわした。

「そうか。お前じゃなかったか。じゃあ、誰なんだろうな?」

 やたらと突っかかってくる兄。だが、こんな挑発に乗るような弟ではない。

 体は五歳だが、中身は四百歳を超えているのである。しかも、十五年前までは、一人で生き抜いてきたのだ。そこらへんの大人よりも知恵は持っているのである。

「玄関から入ってきたんじゃねぇんだな。輝来がわざわざ聞いてくるっつうことは」

 兄だって、見た目は十二歳だが、三百五十年生きているのである。

「縁側にいきなり現れたって聞いた」

 そう言って、兄は弟の反応を待ちわびた。

 布団の上で遊んだだけで、厳しく叱られる本家。帝河の少し枯れ気味の声は裏返りそうに素っ頓狂な響きを上げて、

「あぁぁっっっ!?!?」

 リアクション抜群の五歳児は、打ち上げ花火が上がるようにピューッと一メートルほど飛び上がった。

 浮遊の能力をすでに手に入れている五歳のチビッ子は、浮き上がったまま、あの邪悪なヴァイオレットの瞳を持ち、小学校に女装してくる歴史教師――いや義理の兄の心配を始めた。なぜか実の姉のことを放り出して。

「月のやつ、大丈夫かよっ?! 今ごろ畳に正座させられて、パパに叱られてんぞ!」

 義理の兄がどれだけ生きていようと。誰だろうと。この五歳の義理の弟は、いつでも態度デカデカで呼び捨て。

「月さんはそんなヘマはしない」

 バカにしたように笑う兄の前で、すうっと椅子の上に座り直した弟は、小さく短い足を机の上にぽいっと放り投げた。そうして、帝河の癖が出る。

「あぁ、笑いだろ? 人生硬くなっちまったら、上手くいくこともいかなくなっかんな。だからこそ、笑いは必要だぞ?」

 五歳の弟に説教された、十二歳の兄だった。だが、輝来も負けていない。自分より五十年も長く生きている、弟の知恵を借りにきて、罠はもう仕掛けてあるのだから。

 両手を頭の後ろで組み、帝河は推理を始める。

「月はパパに言ってねぇんだよ。自分でやらなくても、まわりが勝手に動くだろ? それによ、あいつ頭いいかんな。誰かが言ったってわかってて、きたんだぞ。それは間違いねえ」

 あのどこかずれている姉に、そんな頭があるとは、いつも一緒にいた弟には思えない。当事者二人は真っ先に消える。

「っつうことは……?」

 パパッと閃光が走るようにひらめいた。

「あぁっ! 姉ちゃんの子供の誰かが、パパに頼んだんだろ!」

 孫の頼みなら、おじいちゃんも多少の無理難題でも、そこにきちんと気持ちがあるのなら聞くのである。息子はよく見ているのだ。

「それしか考えられねぇぞ。誰だ?」

 子供の数は五十近くに上る分家。兄は手詰まりになりそうな弟をさりげなくあおった。

「どうやって絞る気だ?」

 パッシングなど気にしない。相手のペースに乗せられていては、人生上手く生きられない。このトゲトゲ頭のチビッ子は、そこらへんはよく心得ている。小さな腕を一丁前に組んで、障子戸をじっと見つめた。 

「あぁ~っと、パパと仲がいいやつだろ? 新しく生まれたやつじゃねぇぞ」

 姉のそばでいつも話していた、昔からいる五歳児の顔が一人一人浮かび上がる。

「っつうことは……隆醒りゅうせい百叡びゃくえい……あぁっ! わかったぞ」

 同い年の叔父はピンときた。

我論うぃろーだ!」

 サラサラの銀の前髪を持つ、隣のクラスにいる気難し屋の甥が浮かび上がった。

    *

 分家のベランダでは、小さな白い息が冬空に蒸気のようにフワフワと上がっていた。去年の夏休みに買ってもらった天体望遠鏡から、顔をはずす。

 何度も書き直した手紙。もう頭の中に全て入っている。それは新しい宝物だ。

『おじいちゃんへ。僕たちの作戦で、パパとママが遊ぶから、おじいちゃんちに行くよ』

 我論が見上げた夜空には、クレーターが見えるほどの大きな紫の月が、今日の顔を見せて浮かんでいた。
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