明智さんちの旦那さんは10人いるそうで……

明智 颯茄

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噂話を直に聞く

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 こと始まりは、独健どっけんの母親――弁財天――こと陽子さんからの提案だった。
「今度、陽和師ひおしと三人で食事でも行きましょう?」
 つまりは、女子会を、義理の娘ふたりと義理の母の三人でしようという話である。
 ヴォーカリストとして所属している音楽事務所の社長でもあり、昔は守護神などもしてくださって、何かとお世話になっていた、陽子さんには。

 すんなりOKをして帰宅。この話を、他の奥さんたちに言うと、妻と義母で女子会をしようという話に広がり、挙げ句の果て、温泉宿に行って、どんちゃん盛り上がろうの会ができ上がった。
 
 それを隣でしっかりと聞いていた月命るなすのみことが、
「僕も行きたいんです~」
 と、温泉好きをアピールし、結局、家族と親の家族で一緒に温泉旅行へ行くということとなった。

 ピンクのウサギがイメージキャラクターの温泉宿へ着き、百人を軽く超えている我が一行は別館を全て借り切っての宿泊。専用露天風呂はあるし、ウサギの中居さんはとても気が効く人。
 いろいろな温泉も売りで、九十七種類もあるらしい。子供たちが全てに入りたいと言ったが、それは二泊三日では無理。だから、班分けをして、それぞれで調べ、最後にはデータを統合しようという話となった。

 女子会がことの発端なのだから、妻は当然、奥さんたちと義理の母たちと、あちこちの温泉や施設を回る。

 だが、妻のいけない癖で、光命ひかりのみことがふと恋しくなるのだ。そんなことは、他の奥さんからは、手に取るようにわかることで、
「光のところ行ってきたら?」
 などと、気を使わせてしまう。
「いや、いいんです。ずっと一緒にいるのは、自立してないみたいで――」
 奥さんたちから見れば、妻の言動はもどかしいを通り越して、髪をかきむしりたくなるほど、優柔不断でただの痩せ我慢なのだろう。
「昔の男が言った言葉なんて、忘れちゃいなさいよ」
「そうよ。あなたのこと本気で好きじゃなかったのよ」
「そうそう、だから、別れちゃったんでしょ?」
「いいじゃない。夫婦で同じ仕事してる人なんて世の中いっぱいいるんだから。いつまでも一緒にべったりしてるカップルなんて当たり前にいるわよ」
「自分に正直にです」
 
 ほんの数十年という人生なのに、いつまでも呪縛のように心を縛り付ける言葉の鎖を、愛する妻たちが打ち砕いてくれた。
「ありがとう」
 涙で視界をにじませながら、愛来あいらの昼寝の付き添いで、ひとり部屋に残っている光命に意識を傾け、妻は瞬間移動で消え去った。

 それからは、光命とふたりきりとはもちろんいかなかった。子供を通して、湯をめぐったり、ゲームをしたり、食事をしたり、ともに過ごす。

 子供たちのお昼寝の時に、部屋にある露天風呂に入ることなったが、光命が浴衣を脱ぐ姿はとても美しく、シルクの生地が滑るように布地は落ちていった。
 色白な神がかりな曲線を描く背中。

 妻はふと思った。
「ピアノのツアーを始めたせいか、より一層綺麗になりましたよね?」
「そうですか?」
 自惚うぬぼれなどという言葉からは縁遠い、謙虚な光命。
「そうです。好きなことを精一杯やってるからかもしれないですね。文字通り、輝いてる、です」

 そうして、妻は妄想する。光命と自分の恋愛小説を書くとしたら、どんな風になるのか。
 お互いのことを知らないまま出会い、遠目で妻が光命を初めて見かけたら、ぴゅっと脱兎の如く走り寄って、目をギラギラとさせながら、

「なんて! 綺麗な男の人だ~! そのまま白馬に乗っててもおかしくないです!」

 と、口走るのだろうな。貴族的な光命とは対照的に、平凡な平民だ。

 一日目の夜は、部屋で子供たちを見ながら、奥さんたちとどんちゃん大騒ぎ。旦那たちの姿が見えない。どうやら、女子会ならぬ、男子会をしにホテルのバーへ行ったようだ。
 
 妻はこう見えても、バーは大好物で、光命が、
「明日、ふたりで行きましょうか?」
 と、舞踏会のダンスにでも誘うように耳元でささやいた。
「はい!」
 鼻息荒く妻は、即答だった。

 そうして、翌日の夜。
 子供は出入り禁止のバー。
 光命が最初はふたりきりで飲み、頃合いを見計らってから、他の旦那たちも呼ぼうということになっていたが、妻はすぐに口にしてしまうタチで、私たちが来店したすぐあとに、焉貴これたかのマダラ模様の声が響いた。
「俺たち、あっちね」
 孔明こうめいれん明引呼あきひこも月命もいた。
 
 とりあえず今は、光命と大人なバーデートを楽しむが優先である。
「何を飲みますか?」
「え……?」
 ふたりきりだと、やけに落ち着かないなぁ。家族の中でふたりきりはあったのだが、初々しいデートみたいにそわそわする。
 バーテンダーは人間の男の人で、妻は躊躇した。地上にある銘柄が、温泉宿のバーにあるとは思えないが、とりあえずは、
「すみません。地上にあるエギュベルってご存知ですか?」
「ございますよ。神界用に作られた、修道院で作られているものです」
「じゃあ、そのジンをショットでお願いします」
 女子力ゼロの注文。光命は慣れた感じで、ブランデーを頼んでいた。
 
 会話がない。
 何とかしなくては……。
 考えようとするが、頭が回らない。最近、調子がよくない。頭がぼうっとしてします。病気のせいなのかとも思うが、病状を悪化させている原因は何だと、毎日、血眼になって探しているのに、見つからない。

 配偶者は全員、妻のそんな悩みは知っているのだ。ただ、見守っているのだ。自身で道を進もうとしている私を。

 光命がふと口を開いた。
「あなたはなぜ、自信を持たないのですか?」
 言い返す言葉もない。信じていたものが、全て疑わしくなって、何もかもが輝きを失って、何が原因でこんなことに――
 いつまでたっても話してこない私の隣で、光命はバーテンダーに問いかけた。

「『心霊探偵はエレガントに』というアニメはご存知ですか?」

 え……?
 自分の自信のなさは、自作小説のアニメの反響についてだったかな?

 バーテンダーは手を止めて、大きくうなずいた。
「あぁ、あれですよね? 主人公が途中で死んだとかで、世間を賑わせた作品ですよね?」
「えぇ」
 情報収集をしている光命は、優雅に相づちを打っただけだった。
「何でも、無名の作家の作品で、しかも、夜九時からのアニメってことで、最初はそれほど人気はなかったみたいですよ」
「そうみたいですね」
「でも、あのあと、再放送がネットで配信されたじゃないですか? あれから、私も見始めたんです」
「えぇ」
「そうしたら、物語の設定が面白いんですよね。この世界じゃなくて、地上の話を書いてる」
「そうですか」
「最初、幽霊って何かと思いましたけど、それがわかれば、新しい世界観が面白くて、アニメのランキングで一位取った時もありましたよね?」

 え……?
 一位?
 この世界よりも、番組の数は多くて、しかも作り手は人間ばかりじゃない。他の種族の人に通じない話など、山ほどある世界で一番を取った?

「キャラクターグッズも当初予定してたより、販売数が伸びたらしくて、今では注文生産らしいですね」
「そうですか」

 えぇっ!?
 確かに、キャラクターグッズを作るって企画は聞いてたけど、その後の経過なんて知りもしなかった。

 首を傾げている私の隣に座っている、光命を見ていたバーテンダーは、
「そういえば、お客様は崇剛すがた ラハイアットにどことなく似てますね?」
「そうかもしれませんね」
 しれっと、言ってのける光命に、妻は心の中でしっかり突っ込む。

 かも・・じゃありません。崇剛のモデルに起用したので、似ていて当然です。

 バーテンダーの話がまだ聞こえてくる。
「作家は女性の方らしいですけど、写真や情報が流出してないんですよね」
「そうみたいですね」

 そうだ、言われてみれば、そうだ。写真を撮ったとか、自己紹介をアニメでするなんてしてないし、小説はネット配信だから、こうやって目の前にいても、本人だなんてわからないよなぁ。

「どんな方なんでしょうね?」
 そう聞かれて、妻はぎこちない笑みになる。
「さぁ? どんな人ですかね」

 冷や汗がこめかみを伝いそうになった時、テーブル席から、焉貴のケーキに蜂蜜をかけたみたいな甘さダラダラの声が聞こえてきた。

「や~。俺、それや~!」

 思わず振り返って、

「何ですか! 焉貴さん」
 と叱って、光命がくすくす笑い出した。

 やってしまった!

 バーテンダーは奥の席をちらっと見て、
「あちらのお客様とお知り合いですか?」
「いえ、旦那たちです」
 妻は懲りずに、正直に答えてしまった。

 旦那は隣に座っているというのに、この女の客は何を言っているのかと、
「…………」
 一瞬の間があったが、バーテンダーは合点がいったらしく、
あの・・明智さんですか?」
 バイセクシャルの複数婚をしている明智・・という意味だ。
「はい……」
 バーテンダーの瞳は、隣で優雅に笑っている夫へ向けられた。
 R&B界で人気沸騰中の蓮――ディーバ ラスティン サンダルガイアと二大アーティストの同性同士の結婚で世間が賑わったのは、誰の記憶にも新しいことだった。
「じゃあ、こちらの方は、ピアニストのHikariさんですね?」
「えぇ」
 何とかそれだけ言って、光命はまたくすくす笑い出した。
「それじゃ、崇剛 ラハイアットに似てて当然だ。モデルになった方ですもんね」

 ツアー初日に発売になった、光命のCDは写真集のような分厚さのブックレットが入っていて、その中には、崇剛のイメージで撮ったものが何枚もあった。
 そのうち、白く照明をたくさん炊いた背景に、天井から吊り下げてある透明な椅子に腰掛け、瑠璃色の貴族服を着た光命が優雅に足を組み、肘掛に両腕をもたれ掛けさせ、組んだ手をあごに当て、氷河期も真っ青なクールな瞳で、探偵らしく犯人探しの推理をしているような写真が、ツアー会場に大きなポスターで貼られていた。

 あれを初めて見た時、言葉を失ってしまったほど、綺麗な写真だった。旦那たちも、綺麗に撮れていると口々に言っていた。
 あの写真がメディアで取り上げられないはずがない。家に閉じこもってばかりの妻の知らないところで、世の中のほとんどの人が見たのだろう。

 そうして、バーテンダーはスッと真顔に戻り、私をじっと見つめた。
「ちょっと待てよ。ということは……明智 颯茄さん?」
「はい、そうです」
 光命の情報収集の罠が明らかになったというのに、バーテンダーは気にした様子もなく、にっこり微笑んだ。
「こんな可愛らしい方だとは思いもしませんでした」
「ありがとうございます」
 テーブル席へ移動すると、焉貴が、
「知らないのお前だけ」
 妻はため息をついた。

 知らぬは本人ばかりなり。誰にも見向きもされていない小説。そう思っていたのは、自分の思い込みで、世の中はまったく違った動きを見せていたのだ。

 夕霧命ゆうぎりのみことのお師匠さんにはこんなことを言われた。

「おぬしの作品は、この神世で人気を博しておる。じゃから、この世界の価値観に合わせるのが更なる成功の近道じゃ。体を壊してまで書いても、誰も見向きもせん。人が苦しんでいることに、惹かれるようなレベルの低い者は誰もおらん。永遠の世界で、物事の時間の速さを測るのじゃ。さすれば、自然とゆったりとした気持ちで、小説が書け、いいものもできるじゃろう? それができんと、この世界での神は、お主には力を貸さかさぬじゃろ」

 2020年4月9日、木曜日
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