閉鎖病棟の怪

明智 颯茄

文字の大きさ
11 / 31

死の帳降りて/3

しおりを挟む
「気のせいかな? 停電っていうか、瞬電?」

 人が生活するには、支障のない電力の供給不足。だが、計測などをする病院や研究所では大問題となる瞬停。

 颯茄はドライヤーのスイッチを切って、部屋を見渡す。散らかったままの机の上。デュアルモニターにしているPC。帰ってくるたび、床にすぐ置いてしまうバック。

 何もかもがいつも通りだったが――ついたり消えたりと何度か繰り返し、とうとう照明器具から明かりはなくなった。

「あぁ~、真っ暗だ」

 バッテリーの入っているPCのブルーライトだけになった。それでも、六畳の部屋には十分な明るさ。

 ドライヤーをドレッサーの上に置いて、十一月半ばの気温を思い返しながら、壁の上の方にある四角い箱を見上げた。

「おかしいなぁ。エアコンつけてないのに、ブレーカー落ちるなんて……」

 違和感のある停電。パジャマ姿で机へと近づき、バックの中をガサガサと探し出す。

「携帯、携帯……」

 部屋を出たキッチンは真っ暗だろう。だが、そこが今一番行きたい場所だ。一人暮らしの空間。それなのに、

 パキン!
 コツ!

 さっきまで聞こえなかった音がした。幽霊ばかりの日々の颯茄は、手を止めて壁の端や敷居の線を眺める。

「ん、何の音?」

 パキン!
 コツ!

 携帯電話をバックから取り出し、耳をよくすます。

「これって、ラップ音……?」

 目に見えない存在が出す音。動いたり、何かを伝えたいがために。

 この部屋にはすでに、颯茄以外の何かがいる。それでも、彼女は気にした様子もなく立ち上がった。

「この周波数って……ん? 混じってる?」

 幽霊とそれ以上の高次元の存在は聞こえ方が違う。これは、体験したことがある人間にしか判断ができない。

「二種類、鳴ってる気がする……」

 だがしかし、悪霊の上も、自分の命を狙っている存在かもしれない。天使や神とは限らない。姿形を変えて、何食わぬ顔をして、近づいてくる。そんなことが当たり前の死という闇。

 携帯電話のライトを操作して、足元にスポットライトのような光の線ができた。

「とにかく、ブレーカーだ」

 キッチンと部屋を仕切っている引き戸をすっと開ける。部屋よりも闇が侵食する、いつもよりも心なしか冷たい床。

 体温を奪うような板の間を歩き出そうとして、玄関ドアのすぐ近くにある、突起物の横並びの線を見上げた。

「届かないから包丁を持って……」

 シンク下にある片開きの扉から、家で唯一の刃物を取り出す。使う用途は違う。ただ、背が低くて届かないからだ。

「よし!」

 起用に刃先で、ブレーカーのスイッチを上に押し上げた。

「あれ?」

 だが、開けっ放しの引き戸からは、相変わらずのPCの青白い光だけで、手に持っている携帯電話のライトは充電池という限りある視界確保のままだった。

「ショートした?」

 つまみを落としたり上げたりを繰り返してみたが、うんともすんとも言わない。一人暮らし。他に誰がしてくれるわけでもない。金曜日の夜。包丁を下駄箱の上に放り出す。

「そうか。じゃあ、電力会社に電話して――」

 携帯電話を目の前に持ってこようとすると、後ろから肩を叩かれたように、

 ――ゴボゴボ……。

 ひどく濁った音がシンクの方から聞こえてきた。電話をかけようとしてた手を止める。

「ん、何の音?」

 ゴボゴボ……。

 今までの記憶からさぐり出すと、それは液体の音だった。鈍い銀色を放っているくだに視線を落とす。

「水道から聞こえる……」

 爆弾でも見つめるようにうかがい、パジャマの襟口をぎゅっと手で握りしめた。携帯電話のライトを当てる。

「何かつまってる?」

 ゴボゴボ……。

 水道ではなく、誰かの口の中から吐き出されるような、流れ出てくるものから目をそむけたいような想いに駆られる。それでも、颯茄は蛇口を下からのぞき込もうとした、その時だった。

 水道のレバーが下へスパッと下がり、開いた安全弁を通り越して、シンクに降り始めの大粒の雨のように、べったりとした赤がポタポタと滴り落ち始めた。

 颯茄は思わず後ろに一歩下がり、

「っ! 血っっ!?」

 停電した一人暮らしの部屋で、水道から血が流れ出る。怪奇現象、奇絶怪絶きぜつかいぜつ

 勝手に下げられたレバーは、上げようとしても何かで固定しているみたいに、蛇口をしめることができない。

 前に気を取られている颯茄の背後に、すうっと人影が立った――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...