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幽霊と修業/4
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携帯電話を傍らに置いて、ネギまの規律が壊されてゆく様が、向かいの皿の上で始まりそうだった。
「先輩、世の中知らなすぎです」
「羽柴さん、どんな人? っていうか、有名人だった?」
颯茄は首をかしげながら、食べ損ねた唐揚げに再び箸を伸ばした。知礼は置いたはずの携帯電話を取り上げて、画面をじっと見つめる。
「ですが、先輩、チャンスはめぐってきたみたいですよ」
唐揚げはまた、皿にぽとりと力なく落ちた。
「知礼、ずいぶん話にマキが入ってるみたいだけど……」
自分と違って、前のめりではない後輩。携帯電話は小さな手でバッグへしまわれた。
「入りますよ。今、彼氏から店にもう入ったと、メールがきましたから」
それなら納得である。座敷席で、この料理の量は。和食を好きな男なのだろう。自分と知礼が口にしない、魚料理に野菜があるのだから。
「とうとうご対面だ。イケメンだという知礼の彼氏と!」
座布団二枚分に座っていたのを、颯茄は慌てて横滑りして一枚を直し始めた。知礼の彼氏がくるのであって、自分のそばには座らないのに。
どんな人が来るのかと思って、襖の向こうに神経を傾けると、他の女性客の黄色い声が響いた。
「きゃあっ!」
「あれって、そうじゃない?」
「あの人でしょ?」
座敷にまで聞こえるほどの大声だ。ただ者ではない。
「えっ!? こんなところで?」
「背やっぱり高い!」
「かっこいい!」
テレビに出ている有名人が突如街中に現れたような大騒ぎ。襖を開けなくても、写メのフラッシュが大量に焚かれているのは、容易に想像できた。
颯茄は持っていた割り箸もテーブルへ落とし、白のモヘアのスカートを手のひらで何度も縦になぞった。
「ん? 有名人? 知礼の彼氏って……」
どんな男かと思っていたら、向こう側の襖がすっと開いた。影になって見えないが、はつらつとした少し鼻にかかる男の声が響いた。
「よう! 知礼、遅くなって、すまなかった。なかなかしぶとくてな」
ひまわり色の短髪と若草色の瞳。日に焼けたスポーツが好きそうな青年が顔を表した。座敷に立っている人が登場。
「あぁ、あぁっ!」
颯茄は慌てて立ち上がった、失礼にならないように。
「どうも初めまして、月雪 颯茄と申します。知礼にはいつも話をうかがってます」
フードつきのコートを脱ごうとしていた手を止めて、男はさわやかに微笑んだ。
「成洲 独健だ。よろしくな。とりあえず、落ち着いて座ってくれ」
「あぁ、ありがとうございます」
颯茄は座布団にストンと座り直して、中央にあった、ホッケと漬物の盛り合わせに海鮮サラダの皿を、独健の前に押し出した。だが、知礼によって、こっちに戻された。
「え……? あれ?」
誰の分だ、このメニューは。適当に脱ぎ捨てられた彼氏のコートを、知礼は綺麗に折りたたんで、奥へと置いた。
「独健さん、もう一人はどうなったんですか?」
「帰るって言って聞かなかったんだが、無理やり引っ張ってきた」
向かいの席で、お互いの距離感が大人なら誰が見ても、男女の関係なんだなとわかるカップル。その暗号みたいな会話を聞いて、颯茄は和食の皿たちに視線を落とした。
「ん?」
未だ開いたままの襖の意味はこれだったのか。店員がどうも通りづらそうに過ぎてゆく。雷光のように店内が青白く光るを繰り返している。
「三人だとどうかと思って、もう一人男を連れてきた。いいか?」
颯茄は通路から、独健の若草色の瞳に慌てて視線を移した。
「……あ、あぁ、大丈夫です」
「おい、いいって。靴を脱いで座敷に上がれよ」
独健は畳に片腕をついて、襖の隙間から向こうをのぞき込んだ。するとこんな返事が返ってくるのだ。
「一食でも違うものを食ったら、気が乱れる。だから、外では食わ……」
どこかで聞いたことがある声が聞こえたような気がした。
「そう言うと思って、お前のために和食をきちんと頼んでおいたからな。ここまできて、往生際がよくないぞ」
合点がいった。このテーブルの上を行ったり来たりしている料理は、颯茄の右隣に座る男のためのものだったのだ。
「そういうことか」
「先輩、世の中知らなすぎです」
「羽柴さん、どんな人? っていうか、有名人だった?」
颯茄は首をかしげながら、食べ損ねた唐揚げに再び箸を伸ばした。知礼は置いたはずの携帯電話を取り上げて、画面をじっと見つめる。
「ですが、先輩、チャンスはめぐってきたみたいですよ」
唐揚げはまた、皿にぽとりと力なく落ちた。
「知礼、ずいぶん話にマキが入ってるみたいだけど……」
自分と違って、前のめりではない後輩。携帯電話は小さな手でバッグへしまわれた。
「入りますよ。今、彼氏から店にもう入ったと、メールがきましたから」
それなら納得である。座敷席で、この料理の量は。和食を好きな男なのだろう。自分と知礼が口にしない、魚料理に野菜があるのだから。
「とうとうご対面だ。イケメンだという知礼の彼氏と!」
座布団二枚分に座っていたのを、颯茄は慌てて横滑りして一枚を直し始めた。知礼の彼氏がくるのであって、自分のそばには座らないのに。
どんな人が来るのかと思って、襖の向こうに神経を傾けると、他の女性客の黄色い声が響いた。
「きゃあっ!」
「あれって、そうじゃない?」
「あの人でしょ?」
座敷にまで聞こえるほどの大声だ。ただ者ではない。
「えっ!? こんなところで?」
「背やっぱり高い!」
「かっこいい!」
テレビに出ている有名人が突如街中に現れたような大騒ぎ。襖を開けなくても、写メのフラッシュが大量に焚かれているのは、容易に想像できた。
颯茄は持っていた割り箸もテーブルへ落とし、白のモヘアのスカートを手のひらで何度も縦になぞった。
「ん? 有名人? 知礼の彼氏って……」
どんな男かと思っていたら、向こう側の襖がすっと開いた。影になって見えないが、はつらつとした少し鼻にかかる男の声が響いた。
「よう! 知礼、遅くなって、すまなかった。なかなかしぶとくてな」
ひまわり色の短髪と若草色の瞳。日に焼けたスポーツが好きそうな青年が顔を表した。座敷に立っている人が登場。
「あぁ、あぁっ!」
颯茄は慌てて立ち上がった、失礼にならないように。
「どうも初めまして、月雪 颯茄と申します。知礼にはいつも話をうかがってます」
フードつきのコートを脱ごうとしていた手を止めて、男はさわやかに微笑んだ。
「成洲 独健だ。よろしくな。とりあえず、落ち着いて座ってくれ」
「あぁ、ありがとうございます」
颯茄は座布団にストンと座り直して、中央にあった、ホッケと漬物の盛り合わせに海鮮サラダの皿を、独健の前に押し出した。だが、知礼によって、こっちに戻された。
「え……? あれ?」
誰の分だ、このメニューは。適当に脱ぎ捨てられた彼氏のコートを、知礼は綺麗に折りたたんで、奥へと置いた。
「独健さん、もう一人はどうなったんですか?」
「帰るって言って聞かなかったんだが、無理やり引っ張ってきた」
向かいの席で、お互いの距離感が大人なら誰が見ても、男女の関係なんだなとわかるカップル。その暗号みたいな会話を聞いて、颯茄は和食の皿たちに視線を落とした。
「ん?」
未だ開いたままの襖の意味はこれだったのか。店員がどうも通りづらそうに過ぎてゆく。雷光のように店内が青白く光るを繰り返している。
「三人だとどうかと思って、もう一人男を連れてきた。いいか?」
颯茄は通路から、独健の若草色の瞳に慌てて視線を移した。
「……あ、あぁ、大丈夫です」
「おい、いいって。靴を脱いで座敷に上がれよ」
独健は畳に片腕をついて、襖の隙間から向こうをのぞき込んだ。するとこんな返事が返ってくるのだ。
「一食でも違うものを食ったら、気が乱れる。だから、外では食わ……」
どこかで聞いたことがある声が聞こえたような気がした。
「そう言うと思って、お前のために和食をきちんと頼んでおいたからな。ここまできて、往生際がよくないぞ」
合点がいった。このテーブルの上を行ったり来たりしている料理は、颯茄の右隣に座る男のためのものだったのだ。
「そういうことか」
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