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7章
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***
英単語帳を片手にカレーパンを食べていると、トイレから戻ってきた寺嶋が、「あれ」と声をかけてきた。
「叶太なんでいんの?」
今は昼休み中。そしてここは自分の所属しているクラスで、叶太が今座っている席は自分の机と椅子だ。
「いちゃ悪いのかよ」
英単語帳から目を離し、口の中のものをゴクッと飲み込む。どうしてそんなことを聞かれなくちゃいけないのか謎だった。
「だって一学期の後半、二年のやつとよく外で昼メシ食ってたじゃん」
「あー……」
叶太はうつむき加減に、牛乳パックのストローに口をつけた。
「この一週間、ずっと教室で食ってるからさ。なんかあった?」
寺嶋は自分の席に座ると、購買部で買ってきたと思われるミックス弁当を食べ始めた。唐揚げにハンバーグ、エビフライにナポリタンとポテトサラダがついていて、ボリュームたっぷりのお弁当。見ているだけでお腹が膨れてくる内容だ。
「まあ、オレも受験だし、向こうも委員会とか部活で忙しいみたいでさ」
「じゃあしばらくは教室で食うとか?」
「そうなる……かな」
「ふーん」
それ以上は関心がないのか、寺嶋は箸で掴み損ねたナポリタンのソースを眼鏡に飛ばしてしまい、一人で焦っていた。
夏休みの序盤に北村と花火大会に出かけたあと、北村は委員会と剣道部の合宿、予備校の夏期講習で忙しくなった。
それは叶太も同じで、受験生らしく毎日夏期講習で予備校に缶詰め状態だった。
花火大会のあとも毎日ラインでやり取りは続いた。けれど正直北村とメッセージを送り合うたびに、叶太の心は沈んでいった。
理由はいくつかある。受験勉強で疲れているとか、そのせいでラインの文言を考える時間が億劫に感じてしまうとか。言い訳がましくラインを返す手が止まるたびに、叶太の中で北村に対する申し訳なさが徐々に募っていった。
でも本当は花火大会の日からわかっていた。申し訳なさの根底にあるもの。それが『北村を恋愛対象として好きになることはない』という自分の気持ちだということに。
夏休みが終わる直前の土曜日。予備校の帰りに、叶太は意を決して北村を呼び出した。駅前のロータリーに面したカフェチェーン店で、叶太は北村と向かい合って言った。
「ごめん。オレは北村の気持ちには応えられない……です」
太ももに置いた両手は、ズボンの生地をきつく握り締めていた。
叶太の言葉を受けた北村は、数秒間口を閉ざしたまま動かなかった。その反応を前に、叶太は心臓が痛いくらいドキドキして、首を絞められているみたいに喉が詰まった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
心の中で何度も謝りながら、北村の反応を待った。
北村が口を開いたのは、店員が新商品の試食を各客席に配って回ったタイミングだ。叶太たちのテーブルに「よかったら新商品のピーチホワイトショコラのご試食いかがですか?」と爽やかな笑顔で尋ねてきた女性店員に、「あ……じゃあいただきます」と言って歪んだ微笑みを向けたときだ。
女性店員がテーブルの上にお弁当のおかずカップに一口分乗せた桃のケーキを二つ置いたあと、北村は顔を上げた。口の端がヒクッと動く。必死で気持ちを押し込んでいるみたいだった。
「やっぱり男はきつかったですかね……」
首を傾げ、無理やり笑顔を作ろうとしている。見ているだけでたまらない気持ちになった。
「違う。北村が男だとか……そういうんじゃないんだよ」
「まだ答えも聞いていないうちに、手を握ったからですか?」
「それも……」
叶太はふるふると首を横に振った。
「……北村のせいじゃない。本当に……北村のせいじゃないんだ」
英単語帳を片手にカレーパンを食べていると、トイレから戻ってきた寺嶋が、「あれ」と声をかけてきた。
「叶太なんでいんの?」
今は昼休み中。そしてここは自分の所属しているクラスで、叶太が今座っている席は自分の机と椅子だ。
「いちゃ悪いのかよ」
英単語帳から目を離し、口の中のものをゴクッと飲み込む。どうしてそんなことを聞かれなくちゃいけないのか謎だった。
「だって一学期の後半、二年のやつとよく外で昼メシ食ってたじゃん」
「あー……」
叶太はうつむき加減に、牛乳パックのストローに口をつけた。
「この一週間、ずっと教室で食ってるからさ。なんかあった?」
寺嶋は自分の席に座ると、購買部で買ってきたと思われるミックス弁当を食べ始めた。唐揚げにハンバーグ、エビフライにナポリタンとポテトサラダがついていて、ボリュームたっぷりのお弁当。見ているだけでお腹が膨れてくる内容だ。
「まあ、オレも受験だし、向こうも委員会とか部活で忙しいみたいでさ」
「じゃあしばらくは教室で食うとか?」
「そうなる……かな」
「ふーん」
それ以上は関心がないのか、寺嶋は箸で掴み損ねたナポリタンのソースを眼鏡に飛ばしてしまい、一人で焦っていた。
夏休みの序盤に北村と花火大会に出かけたあと、北村は委員会と剣道部の合宿、予備校の夏期講習で忙しくなった。
それは叶太も同じで、受験生らしく毎日夏期講習で予備校に缶詰め状態だった。
花火大会のあとも毎日ラインでやり取りは続いた。けれど正直北村とメッセージを送り合うたびに、叶太の心は沈んでいった。
理由はいくつかある。受験勉強で疲れているとか、そのせいでラインの文言を考える時間が億劫に感じてしまうとか。言い訳がましくラインを返す手が止まるたびに、叶太の中で北村に対する申し訳なさが徐々に募っていった。
でも本当は花火大会の日からわかっていた。申し訳なさの根底にあるもの。それが『北村を恋愛対象として好きになることはない』という自分の気持ちだということに。
夏休みが終わる直前の土曜日。予備校の帰りに、叶太は意を決して北村を呼び出した。駅前のロータリーに面したカフェチェーン店で、叶太は北村と向かい合って言った。
「ごめん。オレは北村の気持ちには応えられない……です」
太ももに置いた両手は、ズボンの生地をきつく握り締めていた。
叶太の言葉を受けた北村は、数秒間口を閉ざしたまま動かなかった。その反応を前に、叶太は心臓が痛いくらいドキドキして、首を絞められているみたいに喉が詰まった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
心の中で何度も謝りながら、北村の反応を待った。
北村が口を開いたのは、店員が新商品の試食を各客席に配って回ったタイミングだ。叶太たちのテーブルに「よかったら新商品のピーチホワイトショコラのご試食いかがですか?」と爽やかな笑顔で尋ねてきた女性店員に、「あ……じゃあいただきます」と言って歪んだ微笑みを向けたときだ。
女性店員がテーブルの上にお弁当のおかずカップに一口分乗せた桃のケーキを二つ置いたあと、北村は顔を上げた。口の端がヒクッと動く。必死で気持ちを押し込んでいるみたいだった。
「やっぱり男はきつかったですかね……」
首を傾げ、無理やり笑顔を作ろうとしている。見ているだけでたまらない気持ちになった。
「違う。北村が男だとか……そういうんじゃないんだよ」
「まだ答えも聞いていないうちに、手を握ったからですか?」
「それも……」
叶太はふるふると首を横に振った。
「……北村のせいじゃない。本当に……北村のせいじゃないんだ」
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