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10章
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翌朝になっても、気持ちは浮足立ってふわふわしたままだった。
朝玄関を出るときから始まり、学校に着くまでの道のり。今青に会ったらどんな顔をすればいいんだろう。考えれば考えるほどソワソワしてしまい、無意識に早足になった。
一日中ぼーっとしていたせいか、四時間目の体育が終わる頃には、手元を誤った寺嶋からサッカーボールを頭にぶつけられても、曖昧な返事しかできなかった。
「ちょお、えぇ? おーい、叶太生きてるかー?」
目の前で手をひらひらと振られて、叶太は「あぁ」と抜けかけていた魂を戻した。
「今日どしたん? なんかずっと心ここにあらずって感じじゃね」
授業で使い終わったラインパウダーの入ったラインカーを叶太が体育倉庫に戻していると、寺嶋は叶太の足元に転がるサッカーボールを拾った。体育倉庫の中にあるボールカゴに投げ入れて戻すつもりだったらしい。わりと高度な技術を必要とするが、バスケ部でもないくせにその自信はどこからくるのか謎だ。
「オレだっていろいろあるんだよ……」
叶太は肩で息を吐く。寺嶋は眼鏡を直しながら、
「よくわからんけど、オレは受験だけがすべてだとは思わないかな」
とまるで見当違いなことを言う。叶太が受験で疲れていると思ったのだろうか。訂正するのも面倒だ。ただ元気づけてくれようとしたことは確かなので、叶太はとりあえず「サンキュ」とだけ言い、寺嶋の肩にポンと手を乗せた。
そのときだ。キャーッと女子の歓声がグラウンドの隅から遠巻きに聞こえてきた。
声のする方を見ると、グラウンドの端に女子の人だかりができていた。女子の輪から頭一つ分飛び出ている人物を見てドキッとする。
「五十嵐じゃん。すげーな。彼女できても女子に囲まれてるとか」
寺嶋は他人事のように言うと、手に持っていたサッカーボールをボールカゴに入れた。
意識せずとも、叶太は夢中で青のことを見つめていたらしい。視線に気づいた青が、こちらに向けて優しく目を細めた。
あ、笑ってる。自分を見て、まるで宝物でも見つけたみたいに。
トクンと胸が弾む。こちらも自然と笑みがこぼれてしまう。一瞬手を振ろうかとも考えたけれど、青が詩乃と付き合っているという噂が流れている今、目立つことは避けた方がいいと思った。
叶太はにやける頬を片手で覆い隠しながら、その場から離れることにした。グラウンドから外れ、屋外の手洗い場に移動する。
水道の蛇口から水を出し、ジャバジャバと顔を洗った。体育で流した汗はもちろんのこと、火照った顔を冷ましたかった。
少し離れた場所から青を見ただけでこれだ。今後青と近くでまともに顔を突き合わせて話せるんだろうか……と若干不安になる。昨夜の青の表情や態度を思い返せば、そんな心配は杞憂なんだろうけれど。
次青と二人で話すときは、一体どんな話をすることになるんだろう。またキスをするのかな。想像すると、せっかく冷やした顔が再び熱を帯びてくる。
叶太は手洗い場から頭を上げ、蛇口をキュッとひねって水を止めた。襟をぐいと上に引っ張る。ふとした瞬間にお花畑になる頭を現実に戻そうと、体操着でゴシゴシと顔を拭いていた。そのときだ。
「椿くん」
突然横から女子の声で呼びかけられ、叶太は反射的に頭を上げた。
自分はどちらかといえばクラスでも目立たない方だ。連絡事項以外で女子に声をかけられることは滅多にない。
一瞬、さっき体育倉庫に戻したラインカーを倒してしまい、中身のパウダーをぶちまけたことを思い出した。
やば。もしかして怒られる? と焦ったのも一瞬だった。自分に声をかけてきた女子の顔を見て、叶太は心臓がヒュッと縮み上がった。
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