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10章
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しおりを挟む「昨日はどーも」
貼り付けた笑顔で首を横に傾げるのは、町田詩乃だ。叶太と同じクラスの同級生で、現在青と付き合っているという噂の相手でもある。
詩乃は体操着姿のまま、ニコニコしながら叶太のそばに一歩ずつ近寄ってくる。
「椿くんって、青くんと昔から仲いいんだよね?」
とこちらの表情を伺うように覗いてきた。普通の男子ならば、詩乃のように男子人気の高いに女子に上目遣いで見つめられたら、ドギマギするかもしれない。至近距離に来られて、ちょっと嬉しいと感じるかもしれない。
でも自分は……純粋な男子としての目で相手を見ることはできなかった。
単刀直入に青の話題を振られ、どきりとする。詩乃にどういう意図があって自分に近づいてきたのかまでは察せられなかったが、青に関することを振られても驚きはしなかった。
さっきまでカンカン照りだった空には雨雲が近づいているのか、湿った空気と重たい雲が叶太たちの足元に影を落とす。遠くの方ではゴロゴロと雷の音もしている。今にも雨が降り始めそうな空色だった。
叶太が答えずにいると、詩乃は笑顔を崩すことなくもう一つ質問を追加した。
「青くん、昨日あのあと私と付き合ってないって言ってこなかった?」
アーチ状になった目の奥に、うっすらと瞳が見える。その瞳からまったく感情が伺えず、叶太はゾッとした。
こちらの反応を待つでもなく、詩乃の口は止まらない。
「びっくりしたんだよ? 昨日普通にバイバイしたのに、夜青くんから電話かかってきてさ。やっぱり好きな人のことが諦められないからもう終わりにしてくれって言われて」
詩乃は薄ら笑いを浮かべて、「ひどくない?」と同意を求めてきた。
「ねえ、青くんも椿くんも男の子なんだよ? わかってる?」
「……っ」
叶太はぎゅっと拳を握り締めた。そんなこと……誰よりもわかっているつもりだ。でも本当に?
自分が男に――北村に告白されたこと、青を好きになったことで、それが普通のことのように受け入れていただけじゃないのか。いざ言葉にされると、自分たちが異常なことをしているように思えてこなくもない。信じていたものが揺らぐ感覚。足元がグラつき、頼りなく感じてくる。
「クラスでも一部の女の子の間でビーエル?っていうの流行ってるみたいだけど、私はやっぱりちょっとヘンかなぁって思う。だって恋愛って、普通男の子と女の子がするものでしょ?」
詩乃は悪びれもなく口にする。本気で不思議がっている人の顔だった。
けれど話が大きな括りではなく、青に戻した瞬間。詩乃の表情が意地悪に歪んだ。
「椿くんも青くんも恋愛初心者だと思うから教えてあげる。恋愛でのお付き合いってね、どちらかが納得していないうちは別れていないことになるの」
何を言っているんだと思った。そもそも青は昨日の夜、自分とキスをしたあとに詩乃に別れを告げていた。でも自分には付き合ってないって言ってたよな。どういうことだ?
叶太の動揺をよそに、詩乃は得意げに続けた。
「だから私と青くんはまだ付き合ってるってわけ」
言い切る詩乃に圧倒され、目の前が霞む。詩乃の言葉に揺るがされていることを自覚するけれど、今は青を信じたい。青の言い分を聞くまでは、第三者の言葉に惑わされちゃダメだと思った。
詩乃を言い負かせるほどの弁は自分には立てない。そんな自分なりに思ったことを、叶太は意を決して伝えることにした。
「ど、どっちかが付き合ってないって思ってる時点で……その関係はもう終わってるんじゃねーの」
その瞬間、詩乃の表情がサーッと能面のように凪いだ。相手の感情の揺らぎが一切見えなくなり、ゾクッとする。背筋を氷の矢で刺されたみたいな緊張感に空気がピリついた。
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