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12.運命の番をください
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煌がどこで白井と会うつもりなのかわからなかったが、優鶴はとりあえず駅に向かって走ることにした。スウェットとつっかけという身なりはだいぶ走りにくかったものの、なりふり構わなかった。
花井田公園にも寄ってみたが、二人の姿はなかった。まだ熱が下がっていないためか、いつもより息が切れるのが早い。優鶴は赤信号に差し掛かるたび、膝に手をついて上がった呼吸を整えた。
何度も転びかけ、自転車や人ともぶつかりそうになった。それでも煌を見つけるまで、足を止めようとは思わなかった。
煌を見つけたのは、駅前のデッキだ。大きな円形になった花壇の縁石に、煌は座っていた。十メートルほどの距離を詰めようとしたそのとき、斜め後ろから一人の男が優鶴を追い抜いた。見るからに、迷いなく煌に近づいていく。首につけられた黒い革製の首輪と華奢な後ろ姿にピンときて、優鶴はそれが白井だとわかった。
重たい全身に鞭を打ち、優鶴は煌が気づく前に男の背中に「あのっ」と声をかけた。
男の足が止まる。振り返った男は白井で間違いなかった。白井は優鶴を認めると、気まずそうに片肘を抱き、斜め下に目をやった。
「今日、煌と会うって聞いたんだけど」
きまり悪く尋ねると、白井は「はい」とうなずいた。
「番になってくれって煌に頼んだんだって?」
「すみません。お兄さんに無断で……」
白井はすまなそうに頭を下げた。引き止めたもののどう言おうか迷っていると、「なにしてんだよ」と横から煌の張った声がした。
見ると、あからさまに不機嫌な顔をした煌が近づいてくる。気を悪くした声は優鶴に向けられたものだったらしく、煌はギロリと優鶴を睨み、「さっさと帰れ」と口を開いた。
「そんな言い方しなくても」と言う白井に、煌は苛立ちを隠さず説明した。
「この人昨日から熱があんだよ。帰ってきて早々ぶっ倒れるくらいにな」
「あ、そうだったんですか」
白井の意外そうな目がこちらに向けられる。
「家でおとなしくしてろって。ほしいものがあったら、帰りに買って帰るから」
「煌君、こっちは今日じゃなくても大丈夫だよ。今日は抑制剤も少し効いてるし。今日はお兄さんについていてあげてよ」
男にしては小ぶりな白井の手が、煌の服の裾をさりげなく掴んだ。うつむくと、いたって平均的なサイズの自分の手が、目の端に映る。悔しかった。
「いいよ気なんか遣わなくて。だいたい、『行け』って俺を追い出したのはこの人だからな」
優鶴は頭を上げて、白井を見た。
「お兄さんって呼ばれるのは……ちょっと」
突然話を振られて驚いたのか、白井が僕?というように優鶴と煌と交互に見た。
「そ、そうですよね。よく知りもしない人間からいきなりお兄さんなんて言われても、困りますよね」
苦笑いする白井に、優鶴は「ごめん」と言って腰を九十度に折った。
「頭を上げてください。僕が図々しかっただけなんです」
「そうじゃないんだ」
通行人が振り返るほどの真剣な声に、煌と白井が優鶴を見た。
「俺が君に言ったことを撤回させてほしい」
「は、い……?」
「君が煌の『運命の番』だって、俺は信じる。信じてるけど……どうか煌のことを諦めてください」
白井は何を言われているのかわからないようだった。少し間を置いてから目を泳がせた。
「えっと……つまり僕が煌君には相応しくないってことですか」
「君以上に相応しい人がいないから、君と煌は『運命の番』なんだと思ってる」
「だったら、どうして急に撤回させてほしいなんてそんなこと……っ」
困惑して前のめりになる白井に、優鶴は「ごめん、それでも」と申し訳なく言う。
白井は悔しそうにうつむいた。
「白井君のせいじゃない。君はなにも悪くない。俺が……俺が耐えられなかったんだ」
ふと白井の横を見ると、こちらをじっと見つめてくる煌の視線と目が合う。動揺しているのか、熱っぽい眼差しの奥が揺らいでいるように見えた。
「煌じゃなかった。弱かったのもさみしかったのも、ぜんぶ俺なんだよ」
煌の目に囚われることに心地よさと罪悪感を覚えながら、優鶴は続けた。
「弟のことを――君の『運命の番』を、どうか俺にください」
青ざめた白井のうしろでは、けたたましい蝉の声が鳴り響いていた。
花井田公園にも寄ってみたが、二人の姿はなかった。まだ熱が下がっていないためか、いつもより息が切れるのが早い。優鶴は赤信号に差し掛かるたび、膝に手をついて上がった呼吸を整えた。
何度も転びかけ、自転車や人ともぶつかりそうになった。それでも煌を見つけるまで、足を止めようとは思わなかった。
煌を見つけたのは、駅前のデッキだ。大きな円形になった花壇の縁石に、煌は座っていた。十メートルほどの距離を詰めようとしたそのとき、斜め後ろから一人の男が優鶴を追い抜いた。見るからに、迷いなく煌に近づいていく。首につけられた黒い革製の首輪と華奢な後ろ姿にピンときて、優鶴はそれが白井だとわかった。
重たい全身に鞭を打ち、優鶴は煌が気づく前に男の背中に「あのっ」と声をかけた。
男の足が止まる。振り返った男は白井で間違いなかった。白井は優鶴を認めると、気まずそうに片肘を抱き、斜め下に目をやった。
「今日、煌と会うって聞いたんだけど」
きまり悪く尋ねると、白井は「はい」とうなずいた。
「番になってくれって煌に頼んだんだって?」
「すみません。お兄さんに無断で……」
白井はすまなそうに頭を下げた。引き止めたもののどう言おうか迷っていると、「なにしてんだよ」と横から煌の張った声がした。
見ると、あからさまに不機嫌な顔をした煌が近づいてくる。気を悪くした声は優鶴に向けられたものだったらしく、煌はギロリと優鶴を睨み、「さっさと帰れ」と口を開いた。
「そんな言い方しなくても」と言う白井に、煌は苛立ちを隠さず説明した。
「この人昨日から熱があんだよ。帰ってきて早々ぶっ倒れるくらいにな」
「あ、そうだったんですか」
白井の意外そうな目がこちらに向けられる。
「家でおとなしくしてろって。ほしいものがあったら、帰りに買って帰るから」
「煌君、こっちは今日じゃなくても大丈夫だよ。今日は抑制剤も少し効いてるし。今日はお兄さんについていてあげてよ」
男にしては小ぶりな白井の手が、煌の服の裾をさりげなく掴んだ。うつむくと、いたって平均的なサイズの自分の手が、目の端に映る。悔しかった。
「いいよ気なんか遣わなくて。だいたい、『行け』って俺を追い出したのはこの人だからな」
優鶴は頭を上げて、白井を見た。
「お兄さんって呼ばれるのは……ちょっと」
突然話を振られて驚いたのか、白井が僕?というように優鶴と煌と交互に見た。
「そ、そうですよね。よく知りもしない人間からいきなりお兄さんなんて言われても、困りますよね」
苦笑いする白井に、優鶴は「ごめん」と言って腰を九十度に折った。
「頭を上げてください。僕が図々しかっただけなんです」
「そうじゃないんだ」
通行人が振り返るほどの真剣な声に、煌と白井が優鶴を見た。
「俺が君に言ったことを撤回させてほしい」
「は、い……?」
「君が煌の『運命の番』だって、俺は信じる。信じてるけど……どうか煌のことを諦めてください」
白井は何を言われているのかわからないようだった。少し間を置いてから目を泳がせた。
「えっと……つまり僕が煌君には相応しくないってことですか」
「君以上に相応しい人がいないから、君と煌は『運命の番』なんだと思ってる」
「だったら、どうして急に撤回させてほしいなんてそんなこと……っ」
困惑して前のめりになる白井に、優鶴は「ごめん、それでも」と申し訳なく言う。
白井は悔しそうにうつむいた。
「白井君のせいじゃない。君はなにも悪くない。俺が……俺が耐えられなかったんだ」
ふと白井の横を見ると、こちらをじっと見つめてくる煌の視線と目が合う。動揺しているのか、熱っぽい眼差しの奥が揺らいでいるように見えた。
「煌じゃなかった。弱かったのもさみしかったのも、ぜんぶ俺なんだよ」
煌の目に囚われることに心地よさと罪悪感を覚えながら、優鶴は続けた。
「弟のことを――君の『運命の番』を、どうか俺にください」
青ざめた白井のうしろでは、けたたましい蝉の声が鳴り響いていた。
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