7 / 60
大人になる洗礼
②
しおりを挟む麻のローブを着た状態のまま出迎えたことが、気に障ったようだ。エアルを見た瞬間、剣のように意思の強さを表した眉の角度がより鋭さを増した。
「寝坊したのか? まだ寝間着のままじゃないか」
「本日は夜までお暇をいただいていますので、一日この姿でいようかと」
「休み? 聞いてないぞ」
まるで知らせていないことが例外だと言わんばかりの男の態度に、エアルは呆れる。
「べつに毎度毎度私の休みをお伝えしていないでしょう」
小馬鹿にしたように小さくため息をつくと、ローシュは顔を赤くした。
「とにかく今すぐ着替えて俺と一緒に来い」
「は? 嫌ですよ」
「嫌って……エアルおまえなぁ! これは命令だぞ」
「一応私の主は現国王であるレイモンド様です。私に何か命じたければ、王になってからにしてください」
言い終わると同時に、エアルは重ねた両手を伸ばし、窓の外に出した。パチンと手を叩き、ローシュの肩と頭にオダマキの花を咲かせてやった。
オダマキの花言葉を、成長とともに知ったのだろう。ローシュが初めて花言葉の意味に触れたのは三年ほど前。腰のあたりに花を咲かせてやった際、「愚かで悪かったな」とふて腐れた。
エアルはその後も、こうして体に花を咲かせてやっては、生意気な王子の減らず口をよろめかせてきたものだ。
ローシュは慣れた手つきで自身の体から生えた花を引っこ抜いていく。
「いい加減こんな子ども騙しみたいな真似はやめろと言ってるだろ」
「まだまだ子どもじゃないですか。今だって空を飛んでくればいいものを、まだ移動に馬を使ってらっしゃる」
「そ、それは……人には向き不向きがあるんだよ。エアルだって、剣を持たされたら急には振れないくせに」
「私は剣を持ちませんよ。この国で剣を持つことを許されていないので」
ローシュは「そんなことは知ってるさ。もののたとえだ」と声を張った。
そのときだ。王城の方角から、大砲の大きな音が鳴り響いた。二発、三発と空を割る音が放たれるたび、森の中に身を隠していた鳥たちが一斉に空へと飛び立つ。鳥の羽ばたく音を追いかけて、葉のざわめきと木々のしなる音も聞こえてくる。
朝に鳴る三回の砲弾の音――それは王族の誰かが誕生日を迎える当日に放たれる祝砲であり、ザウシュビーク国の慣習だ。
今日がローシュの十八歳の誕生日であることを、エアルはもちろん忘れていたわけではない。ただこの何百年と、何人もの王族の誕生日を迎えるたび同じ祝砲を耳にしてきたのだ。今さら特別感がないだけで。
祝砲を終えて少し経ってから、再び森に静寂が戻る。
「そういえば本日はローシュ様のご生誕日でしたね」
エアルがすっかり忘れているとでも思っていたのか、ローシュは豆鉄砲を食らったみたいな顔をする。
「覚えていたのか」
「今思い出しました」
「ほんっとに、いちいち嫌味な言い方をするやつだな」
ローシュは腰に手を当て、怪訝そうに眉をひそめる。
「早くお戻りになられた方がいいのでは? もうすぐ式典のお時間でしょう」
正午には国民に向けて言葉を寄せ、夕方から夜にかけては各国から集った要人を招いての祝賀会が開かれる。こんな所で時間を持て余している暇はないはずだ。
「エアルが一緒に来ればすぐ戻る」
ローシュは懲りずにエアルが王城へと向かうことを要求してくる。
面倒くさかった。エアルは窓の枠に両手を掛ける。ローシュの視界からフレームアウトするように膝を折り、体を沈ませた。
「なぜ私が行かなきゃいけないのですか……」
「教育係のエアルが式典に参加しないのはおかしいと思ってな」
「何もおかしくないです」
「おかしいだろ。アンドレも家庭教師の先生方も出席するんだぞ。逆に俺は訊きたい。なぜ数多くいる教育係の中、エアルだけが出席しないんだ?」
「それは……」
思わず祝賀会の後のことを口走ってしまいそうになる口を、エアルはキュッと結んだ。
ローシュも知っているはずだが、ザウシュビーク国の王子たちは皆十八歳の誕生日を迎えた夜に、大人の洗礼を受けることになっている。
大人の洗礼とは、男の王族のみに与えられた特別な儀式だ。内容は夜伽――セックスを経験することで、相手を悦ばせる術を学ぶというもの。要は初体験を済ませる機会を与えられるというわけだ。
実際成年王族として公務に出たり、結婚が可能になったりするのは二十歳を迎えてから。ただ肉体に関しては、この国では男児は十八歳になると同時に、立派な大人になると考えられている。
任された数ある仕事のうち、逃れられないエアルのもう一つの仕事。それがこの相手役として王子たちにセックスを経験させること、そして性技を教えることだった。
エアルがザウシュビークに連れて来られる前は、城下町の一角にあった花街の高級娼婦がその役割を担っていたという。だが王族の相手をした娼婦が街に戻ったあと、行為の全貌を周りに話してしまったり、娼王子と娼婦が恋愛関係になったり、王子が娼婦を妊娠させてしまったり……と、トラブルが絶えなかったそうだ。
そんな俗世的な男女のトラブルから王族を守りたかったのだろう。行為をしても妊娠しない、女のような見た目でありつつも女ではない人外のエアルが適任だと、アリック王は考えたのだ。
エアルの初めてを奪ったのは、何を隠そうアリック王だった。
その後も、一体何人の王族と交わってきただろうか。ローシュと寝ることも、ローシュが生まれたその日から決まっていることだ。
生誕の祝賀会の後で、エアルはローシュに大人になる洗礼を施さなければならない。ローシュの童貞を卒業させなければならないのだった。
今晩洗礼があること自体は知っているはずのローシュも、さすがに相手がエアルであることまでは知らないのだろう。今の時点で相手が自分だと聞けば、苦手な飛行訓練から逃げなかったローシュでさえさすがに逃げてしまうかもしれない。
日中が休みになっているのも、夜の準備をするためだとは、ローシュに話すことはできない。ここは一つ、嘘で誤魔化すしかないと思った。
エアルは大息をつき、地上に向かって言う。
「ローシュ様もご存知でしょうが、私は城内の人間から嫌われているんですよ。人が集まる国の行事には、なるべく参加したくないんです。私はこの国の『呪い』ですから」
呪い、の部分を強調する。昔ほど言ってはこないが、以前ローシュに言われた言葉をあえて口にしてやった。
眉一つ動かさなかったローシュが、少し考えてから言い放った言葉は、
「なおさら参加するべきだ」
だった。
頭がつーんと痛くなる。
「私の話を聞いていましたか?」
子どもを諭すような口調で尋ねると、相手は「もちろんだ」と胸を張った。
「エアルが祖母や母上を呪い殺した過去は変えられない。だったら、せめて彼女たちの代わりに俺の生誕日を見届けるのが筋だと思うけどな」
「はああぁっ?」
平然と言う男に、エアルはカチンときた。なんて滅茶苦茶な道理だ。
これまで自分に着せられた濡れ衣に対して、エアルは否定も肯定もしないことで抵抗してきたつもりだ。その甲斐あって、王族連中から忌み嫌われても、使用人たちに陰口を叩かれても別段気にならなくなっていた。
だが、ローシュの目があまりにも真っ直ぐだからだろうか。断罪されると、無性に腹が立った。言い方なのか。正義感の強さが癪に障るのだろうか。自分はやってない。自分は呪われた存在じゃないと否定したくなる。
ローシュは祖国の歴史を学んだ少年時代から、エアルのことを母親と祖母を呪い殺した存在として認識している。顔も覚えていない母親と祖母を引き合いにして、度々棘のある言い方でエアルを追い詰めてくるのだ。
けれど、言葉は強くても憎しみを向けられているようには感じられないのが不思議だ。事実ではない噂を、ただ事実としてエアルの前にポンと置いてくる。そこに感情は乗せない。そういう所がより一層、こちらの腹立たしさを煽ることも知らずに。
エアルはむかむかする気持ちをなんとか抑え込み、深呼吸をする。引きつりそうになる顔に硬い笑顔を張り付ける。
「では暫しそこでお待ちください。今すぐ着替えてきますので」
「ああ。俺の誕生日といっても、わざわざ着飾らなくていいからな。おまえは好きな恰好をすればいい」
「もち、ろん、です!」
語尾を強めに切り、エアルは一張羅のローブを物体移動魔法によって手元へと引き寄せた。
今日で十八歳になったわんぱく王子は、十五歳を過ぎた頃から急激に背が伸びた。今ではエアルの背をゆうに抜き、頭一つ分ほど高い。
手足も昔は枝のように細い少年だったが、成長期とともにしなやかな筋肉が全身に定着していった。
子どもの頃は癖が強く見えた彫りの深さや眉毛の濃さも、骨張りのない形のいい骨格に馴染んでいき、今では王子という肩書がなくても色男に部類されるほどのいい男になった。数年の間に、随分と男らしい精悍な顔つきの青年へと成長を遂げたものである。
とはいえ、少なくともエアルにとってローシュの中身は十歳前後のまま。年齢を加味したところで、所詮子どものままだ。
子ども相手にイライラしてもしょうがない。本日の主役を式典に遅刻させたら、またレイモンド王やアンドレから何を言われるかわかったものではない。
エアルは一瞬で着替えたあと、翼を広げて小屋の窓から飛び立った。飛ぶことができないローシュが馬で必死に追いかけてくる様子を見下ろしながら、エアルはざまあみろ、とほくそ笑んだのだった。
68
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー
しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。
枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。
「価値を下げるな」
そう言って累を囲い込む男の真意は――。
身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。
この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる