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大人になる洗礼
④
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湯殿から上がったエアルが向かったのは、ローシュの寝室だ。東塔と西塔に挟まれた中央の建物が、王や王子の居住区画となっている。東塔と中央塔を繋ぐ渡り廊下は薄暗く、王族の来賓や、使用人でも下っ端の下男や侍女が足を踏み入れることが許されていない。
静かな廊下にエアルの足音だけがコツコツと響く。手持ちのオイルランプを頼りに、中央塔の三階奥にある寝室を目指した。
一歩ずつ歩くたびに、下半身に血が巡って疼く。丁寧にほぐした後孔は、どんなに粗末なものでも受け入れ、気持ちよくなることができるだろう。初めてを経験する王子のプライドを折らないようにするのも、エアルの必要不可欠な配慮なのだ。
薄暗い渡り廊下を歩いていると、後ろから走ってくる足音と荒息が近づいてきた。
「エアル!」
自分を呼ぶ声で振り返る。
走ってきたのは、ローシュだった。
「どこに行ってたんだよ。いつの間にか会場からいなくなってるし……随分探したんだぞ」
エアルの手にしたランプの灯りが、ローシュの顔を浮かびあがらせる。今日一日気を張っていたのか、疲れているようだった。
「私がどこに行こうと、あなたには関係のないことでしょう」
「そ、そりゃそうだけど……」
ローシュが腰に片手を置き、ポリポリとこめかみを掻く。
「それよりローシュ様こそパーティーを抜けて大丈夫なんですか?」
「挨拶すべき人には全員挨拶したからな。これ以上あの場にいたら、残りの体力が全部奪われるよ」
「そうですか。なら、全部奪われて今日はもう寝たらいいじゃないですか」
ローシュと自分のこの後を知っているからこそ、あえて嫌味を言う。
「本当だよな。俺もこのまま寝室に戻ってさっさと寝たい」
フッと諦めたように笑う男の表情から、この後に待っている大人の洗礼を楽しみにしている様子はない。
あれ、と思った。歴代の王たち――もちろん皆が皆そうではなかったが、これから初めての経験が待っていると知った王子たちは、そのほとんどが緊張や不安、そして期待にソワソワしていたものだ。特に相手がエアルと知る直前までは、どんな人が自分の初めてになるんだろうと予想しては、使用人たちに予測を吐露していた王子もいる。
ローシュの空気や態度から感じ取れるのは、緊張でも不安でも、期待でもない。良くも悪くも面倒くさがっている。それが初体験を直前に控えたローシュの印象だった。
このままでは、自分だけが盛り上がってしまうことになるのではないだろうか。未経験の男を前に、余裕のない姿を見せたくなかった。これはあくまでも年上のプライドだ。
「何か眠れない事情でも?」
もちろん知っているが訊いてみる。
ローシュはうんざりした様子で、
「訊いてくれるな。知っているくせに」
と目を斜め下に逸らした。心底嫌そうに見える。初めから拒否されているみたいで、いい気はしなかった。
「王族に生まれたからには仕方ないさ。これで俺もやっと大人になれると思って努めるよ」
「夜伽を経験すれば大人になれるとでも? 浅はかですね」
「どうしておまえはそう俺に突っかかるんだ。俺はせめて対価があると思いたいんだよ」
「対価、ですか」
「ああ。顔も知らない、好きでもない相手と夜を共にするなんてどうかしてる。俺は心を許した相手と――好きな相手としたかったんだ。初めての夜は」
子どもどころか、生娘みたいなことを口にする男がおかしかった。エアルは思わずハッと乾いた笑いを吐いた。
なんて腹立たしいんだろうか。数多くの男たちに体を開いてきた自分を前にして、初めてにこだわるのは意味を持たない。好きな相手と初めてを経験したかったと言われても、自分には全くと言っていいほど関係がない。馬鹿にされているみたいだった。
「笑うなよ。これでも真剣に悩んでるんだ」
ローシュは真面目な表情でこちらを見てくる。まだあどけなさは残るが、それが男の色香に変化するのも時間の問題だろう。周りの女が放っとかないだろうし、成人したら早々に好いた女と結婚するタイプの男だ。
いくら手入らずの男とはいえ、純粋もいいところ。自身の悩みがいかにちっぽけで、取るに足らないことなのか思い知らせてやりたくなる。
「なら、その真剣な悩みとやらを忘れさせてあげましょう」
「え?」
エアルは相手の襟元を掴み、グイッと引き寄せた。唇に自身のそれを押し当てて、口を塞ぐ。固く閉ざされた唇は、受け入れ態勢が整っていないため強張っている。
唇を放す。驚き過ぎて声も出ないようだ。ローシュは目をパチパチとさせ、目を泳がせた。
「なっ、なんで……えぇっ?」
「一つ。女は男に余裕を見ます。余裕があればあるほど、この男に身を預けたくなるというものです」
「ちょっ、待って、俺何がなんだかわからなくて――……どうなってるんだ? どうしてエアルは俺にキスをし――」
「二つ。行為中によく喋る男は嫌われます。お相手を悦ばせるための言葉以外は慎みましょう」
「……っ」
ローシュは何か言いたさげにハクハクと動かした口をキュッと結ぶ。困惑した目の中に、淡々と言葉を紡ぐ自分の姿が映る。
エアルは固く結ばれた男の口を、人差し指でゆっくりとなぞった。
「よくできました。この調子で今宵は励みましょうか」
ローシュがゴクッと唾を呑んだと同時に、エアルは手から送った魔法で突風を放った。突風による衝撃を与えられたのは、エアルたちの傍にあった窓だ。ガチャンッと勢い良く開いた窓から、夜風に乗って外の空気が流れ込んでくる。自身の体に染みついた香油の匂いが立つ。
このまま歩いて寝室を目指したら、ローシュに逃げられると思った。物理的に移動を速めて、ローシュの退路を断つしかない。
「怖かったら目を閉じていてください」
エアルは胸の前で両手を組み、心の中で呪文を唱える。服や小物と違って、重量のあるものが対象だとこちらの消費エネルギーも大きい。物体移動魔法をかけると、ローシュの体は重力を失くしてふわりと宙に浮いた。
やはり空中は苦手なようだ。ローシュは「うわっ!」と声を上げ、手足をジタバタさせた。
綿のように身軽になった男の体を窓から外に飛ばしたあと、エアルも追って窓から飛び立つ。かつては大きな羽を広げて空に向かうこの瞬間が一番好きだった。
目指すのは中央塔の三階にあるローシュの寝室。外から向かえば、短時間でたどり着くことができる。空中でローシュの体を引っ張って上昇すると、一瞬のうちに目的の寝室が目の前に現れる。寝室の窓に勢いのある風を投げれば、ローシュの寝室は目と鼻の先だ。
エアルはまず先にローシュの体を窓から中に投げ入れた。瞬間、男にかけていた物体移動魔法を解くと、重力を取り戻したローシュはベッドカーテンを巻き込んで、ベッドのスプリングに激しく沈んだ。
少々手荒だったか。窓から寝室に入りながら、エアルは「お怪我はありませんか?」と尋ねた。
「怪我の心配をするならもっと他に方法はあっただろ!」
頭を覆うベッドカーテンを脱ぎ、ローシュが顔を真っ赤にして言う。ローシュをベッドに連れ込んだはいいが、この調子ではムードも何もない。
エアルは窓を閉めてからベッドに上がった。四つん這いで男の上に乗ると、自身の腰まである銀髪がローシュの顔の横にはらりと落ちる。
「すでにお気付きでしょうが、ローシュ様に性技をお教えするのはこの私です」
「う、嘘だ」
「嘘をついて何になるのです。確かめれば分かりますよ」
ローシュの手を掴み、先ほど念入りにほぐした自身の後孔へと持っていこうとする。
「やめろっ!」
手を払われる。
「こんな形で……で、できるわけがないだろ」
プイッと顔を背けられ、エアルは苛立った。
「だってエアルは俺の――」
「教育係ですよ」
ピシャリと言い放ち、男の腰に手をかける。長い丈のパンツを太ももまで下ろすと、見るからに元気のないそれが横たわっていた。
湯殿から上がったエアルが向かったのは、ローシュの寝室だ。東塔と西塔に挟まれた中央の建物が、王や王子の居住区画となっている。東塔と中央塔を繋ぐ渡り廊下は薄暗く、王族の来賓や、使用人でも下っ端の下男や侍女が足を踏み入れることが許されていない。
静かな廊下にエアルの足音だけがコツコツと響く。手持ちのオイルランプを頼りに、中央塔の三階奥にある寝室を目指した。
一歩ずつ歩くたびに、下半身に血が巡って疼く。丁寧にほぐした後孔は、どんなに粗末なものでも受け入れ、気持ちよくなることができるだろう。初めてを経験する王子のプライドを折らないようにするのも、エアルの必要不可欠な配慮なのだ。
薄暗い渡り廊下を歩いていると、後ろから走ってくる足音と荒息が近づいてきた。
「エアル!」
自分を呼ぶ声で振り返る。
走ってきたのは、ローシュだった。
「どこに行ってたんだよ。いつの間にか会場からいなくなってるし……随分探したんだぞ」
エアルの手にしたランプの灯りが、ローシュの顔を浮かびあがらせる。今日一日気を張っていたのか、疲れているようだった。
「私がどこに行こうと、あなたには関係のないことでしょう」
「そ、そりゃそうだけど……」
ローシュが腰に片手を置き、ポリポリとこめかみを掻く。
「それよりローシュ様こそパーティーを抜けて大丈夫なんですか?」
「挨拶すべき人には全員挨拶したからな。これ以上あの場にいたら、残りの体力が全部奪われるよ」
「そうですか。なら、全部奪われて今日はもう寝たらいいじゃないですか」
ローシュと自分のこの後を知っているからこそ、あえて嫌味を言う。
「本当だよな。俺もこのまま寝室に戻ってさっさと寝たい」
フッと諦めたように笑う男の表情から、この後に待っている大人の洗礼を楽しみにしている様子はない。
あれ、と思った。歴代の王たち――もちろん皆が皆そうではなかったが、これから初めての経験が待っていると知った王子たちは、そのほとんどが緊張や不安、そして期待にソワソワしていたものだ。特に相手がエアルと知る直前までは、どんな人が自分の初めてになるんだろうと予想しては、使用人たちに予測を吐露していた王子もいる。
ローシュの空気や態度から感じ取れるのは、緊張でも不安でも、期待でもない。良くも悪くも面倒くさがっている。それが初体験を直前に控えたローシュの印象だった。
このままでは、自分だけが盛り上がってしまうことになるのではないだろうか。未経験の男を前に、余裕のない姿を見せたくなかった。これはあくまでも年上のプライドだ。
「何か眠れない事情でも?」
もちろん知っているが訊いてみる。
ローシュはうんざりした様子で、
「訊いてくれるな。知っているくせに」
と目を斜め下に逸らした。心底嫌そうに見える。初めから拒否されているみたいで、いい気はしなかった。
「王族に生まれたからには仕方ないさ。これで俺もやっと大人になれると思って努めるよ」
「夜伽を経験すれば大人になれるとでも? 浅はかですね」
「どうしておまえはそう俺に突っかかるんだ。俺はせめて対価があると思いたいんだよ」
「対価、ですか」
「ああ。顔も知らない、好きでもない相手と夜を共にするなんてどうかしてる。俺は心を許した相手と――好きな相手としたかったんだ。初めての夜は」
子どもどころか、生娘みたいなことを口にする男がおかしかった。エアルは思わずハッと乾いた笑いを吐いた。
なんて腹立たしいんだろうか。数多くの男たちに体を開いてきた自分を前にして、初めてにこだわるのは意味を持たない。好きな相手と初めてを経験したかったと言われても、自分には全くと言っていいほど関係がない。馬鹿にされているみたいだった。
「笑うなよ。これでも真剣に悩んでるんだ」
ローシュは真面目な表情でこちらを見てくる。まだあどけなさは残るが、それが男の色香に変化するのも時間の問題だろう。周りの女が放っとかないだろうし、成人したら早々に好いた女と結婚するタイプの男だ。
いくら手入らずの男とはいえ、純粋もいいところ。自身の悩みがいかにちっぽけで、取るに足らないことなのか思い知らせてやりたくなる。
「なら、その真剣な悩みとやらを忘れさせてあげましょう」
「え?」
エアルは相手の襟元を掴み、グイッと引き寄せた。唇に自身のそれを押し当てて、口を塞ぐ。固く閉ざされた唇は、受け入れ態勢が整っていないため強張っている。
唇を放す。驚き過ぎて声も出ないようだ。ローシュは目をパチパチとさせ、目を泳がせた。
「なっ、なんで……えぇっ?」
「一つ。女は男に余裕を見ます。余裕があればあるほど、この男に身を預けたくなるというものです」
「ちょっ、待って、俺何がなんだかわからなくて――……どうなってるんだ? どうしてエアルは俺にキスをし――」
「二つ。行為中によく喋る男は嫌われます。お相手を悦ばせるための言葉以外は慎みましょう」
「……っ」
ローシュは何か言いたさげにハクハクと動かした口をキュッと結ぶ。困惑した目の中に、淡々と言葉を紡ぐ自分の姿が映る。
エアルは固く結ばれた男の口を、人差し指でゆっくりとなぞった。
「よくできました。この調子で今宵は励みましょうか」
ローシュがゴクッと唾を呑んだと同時に、エアルは手から送った魔法で突風を放った。突風による衝撃を与えられたのは、エアルたちの傍にあった窓だ。ガチャンッと勢い良く開いた窓から、夜風に乗って外の空気が流れ込んでくる。自身の体に染みついた香油の匂いが立つ。
このまま歩いて寝室を目指したら、ローシュに逃げられると思った。物理的に移動を速めて、ローシュの退路を断つしかない。
「怖かったら目を閉じていてください」
エアルは胸の前で両手を組み、心の中で呪文を唱える。服や小物と違って、重量のあるものが対象だとこちらの消費エネルギーも大きい。物体移動魔法をかけると、ローシュの体は重力を失くしてふわりと宙に浮いた。
やはり空中は苦手なようだ。ローシュは「うわっ!」と声を上げ、手足をジタバタさせた。
綿のように身軽になった男の体を窓から外に飛ばしたあと、エアルも追って窓から飛び立つ。かつては大きな羽を広げて空に向かうこの瞬間が一番好きだった。
目指すのは中央塔の三階にあるローシュの寝室。外から向かえば、短時間でたどり着くことができる。空中でローシュの体を引っ張って上昇すると、一瞬のうちに目的の寝室が目の前に現れる。寝室の窓に勢いのある風を投げれば、ローシュの寝室は目と鼻の先だ。
エアルはまず先にローシュの体を窓から中に投げ入れた。瞬間、男にかけていた物体移動魔法を解くと、重力を取り戻したローシュはベッドカーテンを巻き込んで、ベッドのスプリングに激しく沈んだ。
少々手荒だったか。窓から寝室に入りながら、エアルは「お怪我はありませんか?」と尋ねた。
「怪我の心配をするならもっと他に方法はあっただろ!」
頭を覆うベッドカーテンを脱ぎ、ローシュが顔を真っ赤にして言う。ローシュをベッドに連れ込んだはいいが、この調子ではムードも何もない。
エアルは窓を閉めてからベッドに上がった。四つん這いで男の上に乗ると、自身の腰まである銀髪がローシュの顔の横にはらりと落ちる。
「すでにお気付きでしょうが、ローシュ様に性技をお教えするのはこの私です」
「う、嘘だ」
「嘘をついて何になるのです。確かめれば分かりますよ」
ローシュの手を掴み、先ほど念入りにほぐした自身の後孔へと持っていこうとする。
「やめろっ!」
手を払われる。
「こんな形で……で、できるわけがないだろ」
プイッと顔を背けられ、エアルは苛立った。
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