鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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長い気の迷い

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「寝ていないのはエアルの方だろ」

 尖った声を浴びせられ、エアルは「え?」と手を止めた。顔を上げる。苦虫を嚙み潰したような表情のローシュと目が合う。

「それにその傷……父上の仕業か」

 昨晩のうちに、執事のアンドレにはローシュとの先約があると伝えている。エアルが王に呼び出されたことを、昨日の夜のうちにアンドレから聞いているのかもしれない。

「お目汚し失礼しました。傷のせいで気分が乗らないようでしたら、私に回復魔法を掛けてはいただけないでしょうか」

「は?」ローシュの眉が怪訝そうに歪む。

「実は私の中の魔力が底をついてしまって……自分で自分の体を癒すこともままならないのです」

 肉弾戦の方が得意なローシュだが、基礎的な回復魔法はできるはずだ。期待せずに頼んでみると、

「当たり前だ」

 苛立ちを声に滲ませながら、ローシュが胸元で両手を組んだ。やはり傷だらけの体を抱く気にはなれないのだろう。呪文を唱え始めると、みるみるうちにエアルの全身に刻まれた傷が塞がり、痣が薄く消えていった。翼の根元の鈍痛や唇の裂痛も消え、体が軽くなっていく。

「ありがとうございます」

「礼なんて言わなくていい」

 ローシュはそう言うと、「見せてみろ」とベッドの上に乗り、エアルの背後に回った。翼の状態を見ているのか、男の手が羽根を掻き分ける感触に胸の裏がざわざわする。

「回復魔法を掛けても羽根は戻らないのか。それにしても酷いな……まだ痛むか?」

「い、いえ」

 なんだかくすぐったい。翼の羽根を引っ張られたり、無いものとして扱われたりすることはあっても、こんな風に触れられるのは初めてだった。まるで親猿が子猿の毛繕いをしているみたいだ。この齢になって、自分が子猿の気持ちを味わうことになるとは思わなかった。

「私のことはいいですから、夜伽の手ほどきをいたしましょう」

「は? そんな体で何言ってるんだ。エアルは寝ろ」

「はい? 寝る?」

 エアルは相手が王子であることも忘れて、あんぐりと口を開けた。

「ローシュ様こそ何をおっしゃってるんですか。私があなたの寝室に参った理由をまさかお忘れになったんですか?」

 振り返ると、ローシュは眉一つ動かさずに「忘れるわけがないだろ」と答えた。

「でしたらどうして……」

 このままでは王子との約束を反故にした上に、傷を治させただけになってしまう。もしこのことが他の使用人たちにバレたら、ますます好奇の目で見られてしまう。それ以上に、自分が納得いかない。ローシュの期待を裏切った罪悪感を消化できない。

 現にローシュの下半身は、エアルがちょっと触っただけなのに、まだ反応を示したままだ。

 ローシュは正直な下半身を隠すように片膝を立て、前髪をクシャクシャと乱した。

「俺だって今すぐ抱きたいよ。でもできないだろ。そんな状態のエアルをさ」

 男は大きく息を吐いた。

「王に抱かれた身のまま来たからですか? でしたら今すぐ湯殿で身を清めて参ります」

「そうじゃない」

 立ち上がろうとするエアルの手をローシュが掴んだ。引き戻されたあとに寝かされた先にあったのは、ローシュの太ももだった。

 こめかみから頬にかけて当たる筋肉の硬さと、反転した視界に戸惑う。

「な……っ!」

「暴れるな暴れるな」

 ローシュはどうどうと口にしながら、エアルの頭を撫でた。

「私は馬ですか」

「馬より暴れ馬だな」

 ローシュはエアルの長い銀髪を梳くように撫でながら笑った。

 頭を誰かに撫でられるなんて、何百年ぶりだろう。もっと居心地の悪い感触を想像していたが、不思議なことに嫌な気持ちにはならなかった。

 さすが馬を扱うのが得意なだけあって、ローシュの手に撫でられると心が穏やかになっていく。眠気を忘れていた瞼が、徐々に重たくなっていく。

 気持ちいい。心地いい。まるで雲の上に横たわっているみたいだった。こんな感覚は久しぶりだ。

 気付いたら男の膝上でうとうとしていた。瞼が重たい。こんなにも疲れていたことを、今になって知った。

 その声が聞こえたのは、意識を手放す直前のことだった。

「……――いしてる」

 薄れゆく意識の中で、最後に耳の奥に残ったのはローシュが何かを囁く声。はっきりとは聞こえなかったが、なんだか胸が温かくなったことだけは覚えているエアルだった。




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