鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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本気の嘘

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 エアルはローシュから目を逸らす。

「ただの気まぐれですよ」

「わかってるさ。エアルが俺と一緒にいてくれた理由に、深い意味なんてないことぐらい」

 期待されていなかったことに少し驚く。ローシュはエアルの顔を覗き込んで続ける。

「でも十分だったんだ。俺の中で、エアルが特別な存在になるのには」

 ドキッとした。今までもローシュの熱い想いは言動から伝わっていた。

 だが、ローシュがここまで自分のことを理解していたとは思わなかった。初めてだった。誰かの目に射抜かれ、見透かされている気がして隠れたくなるなんて。

「俺はエアルが好きだ。いや、そんな言葉じゃ足りないな」

 はにかんだあと、ローシュは上掛けの下で握っていたエアルの手を口元に持って行った。

「愛している。意地悪に笑う口も、寂しそうに空を見上げる目も、エアルのすべてに焦がれている。俺はエアルに出会うために生まれてきた男だ」

 手の甲にチュッと口づけられる。ローシュの唇に触れられた箇所に熱が灯る。腹の底からこみ上げてくる感情が、エアルの心を激しく動揺させた。

 将来の王に、なんてことを言わせているんだろう。レイモンド王も言っていたじゃないか。ローシュの言葉を本気にするなと、所詮戯言だと。

 第一、自分とローシュでは立場も種族も違う。生きた年数も、これから生きる年数も大幅に異なる。

 ローシュの声を聞くな。気持ちを推し量るな。相手の感情を、自分の深いところにまで入れさせるな。

 エアルはふうと深呼吸をする。息を深く吸って吐いたことで、頭がわずかにクリアになった。

「ローシュ様は以前、ご自分の人生を短いとおっしゃっていましたが、私はそうは思いません」

 ローシュは急になんだ?と言いたさげに片眉を上げた。

「たしかにフリューゲルである私に比べれば短いといえるでしょう。でも、あなたの人生はこれから先、必ずや濃いものとなります。きっと私の長いだけの生涯よりも、濃密なものとなるはずです」

「俺は断られているのか?」

 笑顔を取り繕いながら、男が口の端を強張らせる。

 ローシュの求めを断ることができる者は、この国にはいない。それはエアルも例外ではない。ただ、ローシュが本気となると話は別だ。

 ローシュは本気だ。ここまで熱心な想いに取り囲まれているのだ。男の気持ちがただの気の迷いでないことは十分すぎるほどに伝わった。

 だから真剣に……ちゃんと答えを返さなければと思ったのだ。

「俺はエアルの生涯のいっときでいい。長い道のりの一部分を、少しでも照らせる存在にはなれないか?」

「……無理です」

 胸が痛い。絞られるように痛かった。ローシュの言っていることは、互いの立場を考えればとうてい無理な話なのだ。

 男は「なぜだ?」と悲しそうな目でエアルを見つめる。

「二年後に……ローシュ様は成年王族となります。成年王族となれば、さまざまな権限が与えられる。あなたもご存知でしょう?」

「もちろん知ってるさ。公務に奔走し、結婚が可能になる」

 間違ってはいない。だがローシュはもっと重要なことを理解していない。

 エアルは男の大きな手から、自身の手をするりと抜いた。

「あなたのご結婚相手は、あなた自身が決めるのではありません」

 そう告げた瞬間、ローシュが「え」と目を瞬かせた。

「現国王と議会、そして上級使用人たちが話し合って、あなたの婚約者を決めるのです」

 途端、ローシュの目の色が変わった。初めて聞いた内容だったのか、口を半開きにしたまま固まった。

「ご結婚相手はご自分の意思で決めることができる――家令たちからは、そう聞かされていたと思います。ですが、実態は違います」

 王子の意思を尊重している時代もあったが、ここ何世代かの王子たちは周りが決めた相手と結婚している。現在の家令がローシュに本当のことを話さなかったのも、しきたりに縛られるのが嫌いな王子の性格を鑑みてのことだろう。

 まさか本気でエアルを結婚相手に……とまでは考えていなかっただろうが、見るからにローシュはショックを受けている様子だった。

「そんな……俺の気持ちはどうなるんだよ」

 上掛けを剥ぎ、上半身を起こして頭を抱えた。盛り上がった背中の筋肉が、戸惑いを表すかのように不規則に動く。そんな背中を見ていると、なぜだかエアルまで苦しくなった。

 事実を告げただけなのに、ひどい罪悪感に圧し潰されそうになる。ローシュの落ち込んだ背中に、手を添えたくなる。

 エアルは伸びかけた手をぐっと堪え、あえて冷たい口調で言った。

「今すぐ大人になれとは言いません。ですが、大人になる自覚をもってください」

 ローシュはぐっと下唇を噛んだまま、エアルを見ようとはしなかった。首を垂れた姿勢で、大きくため息をつく。

 自分の言葉に腹が立つ。なんて偉そうで陳腐な言葉だろうか。

 ローシュの気持ちが自分の中で当たり前になるのが怖かった。これ以上、愛の言葉や温もりを向けられる心地良さを知るのが怖かった。そうなる前に、ローシュには身を引いてもらわなくてはならない。

 エアルはこれでよかったんだと自身に言い聞かせる。今の段階なら、まだ引き返すことができる。ローシュの熱や交わりを、忘れることができる。

 エアルはベッドから出て、床に落ちていたローブを拾った。袖に腕を通したあと、王子の部屋を出ようと扉に手を掛けた、そのときだった。

「おまえにとって、俺の気持ちは迷惑か」

 ままならない怒りを孕んだ震え声が、唐突に背中へと投げられる。エアルに対しての怒りではなく、自分自身と、自身を取り巻く環境を恨んだ声のように聞こえた。改めてローシュを傷つけたという現実が肌にのしかかる。

 エアルは扉に掛けた手をぎゅっと握りしめる。迷惑か、迷惑じゃないか。その質問の答えは、どちらも自分の中にある。

 でも言えない。言えるはずがないだろう。「嬉しかった」だなんて。

 エアルはうなだれる男に流し目を向ける。

「ええ、迷惑です」

 絞られる気持ちに蓋をして、そう告げた。




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