26 / 60
本気の嘘
⑥
しおりを挟むエアルはローシュから目を逸らす。
「ただの気まぐれですよ」
「わかってるさ。エアルが俺と一緒にいてくれた理由に、深い意味なんてないことぐらい」
期待されていなかったことに少し驚く。ローシュはエアルの顔を覗き込んで続ける。
「でも十分だったんだ。俺の中で、エアルが特別な存在になるのには」
ドキッとした。今までもローシュの熱い想いは言動から伝わっていた。
だが、ローシュがここまで自分のことを理解していたとは思わなかった。初めてだった。誰かの目に射抜かれ、見透かされている気がして隠れたくなるなんて。
「俺はエアルが好きだ。いや、そんな言葉じゃ足りないな」
はにかんだあと、ローシュは上掛けの下で握っていたエアルの手を口元に持って行った。
「愛している。意地悪に笑う口も、寂しそうに空を見上げる目も、エアルのすべてに焦がれている。俺はエアルに出会うために生まれてきた男だ」
手の甲にチュッと口づけられる。ローシュの唇に触れられた箇所に熱が灯る。腹の底からこみ上げてくる感情が、エアルの心を激しく動揺させた。
将来の王に、なんてことを言わせているんだろう。レイモンド王も言っていたじゃないか。ローシュの言葉を本気にするなと、所詮戯言だと。
第一、自分とローシュでは立場も種族も違う。生きた年数も、これから生きる年数も大幅に異なる。
ローシュの声を聞くな。気持ちを推し量るな。相手の感情を、自分の深いところにまで入れさせるな。
エアルはふうと深呼吸をする。息を深く吸って吐いたことで、頭がわずかにクリアになった。
「ローシュ様は以前、ご自分の人生を短いとおっしゃっていましたが、私はそうは思いません」
ローシュは急になんだ?と言いたさげに片眉を上げた。
「たしかにフリューゲルである私に比べれば短いといえるでしょう。でも、あなたの人生はこれから先、必ずや濃いものとなります。きっと私の長いだけの生涯よりも、濃密なものとなるはずです」
「俺は断られているのか?」
笑顔を取り繕いながら、男が口の端を強張らせる。
ローシュの求めを断ることができる者は、この国にはいない。それはエアルも例外ではない。ただ、ローシュが本気となると話は別だ。
ローシュは本気だ。ここまで熱心な想いに取り囲まれているのだ。男の気持ちがただの気の迷いでないことは十分すぎるほどに伝わった。
だから真剣に……ちゃんと答えを返さなければと思ったのだ。
「俺はエアルの生涯のいっときでいい。長い道のりの一部分を、少しでも照らせる存在にはなれないか?」
「……無理です」
胸が痛い。絞られるように痛かった。ローシュの言っていることは、互いの立場を考えればとうてい無理な話なのだ。
男は「なぜだ?」と悲しそうな目でエアルを見つめる。
「二年後に……ローシュ様は成年王族となります。成年王族となれば、さまざまな権限が与えられる。あなたもご存知でしょう?」
「もちろん知ってるさ。公務に奔走し、結婚が可能になる」
間違ってはいない。だがローシュはもっと重要なことを理解していない。
エアルは男の大きな手から、自身の手をするりと抜いた。
「あなたのご結婚相手は、あなた自身が決めるのではありません」
そう告げた瞬間、ローシュが「え」と目を瞬かせた。
「現国王と議会、そして上級使用人たちが話し合って、あなたの婚約者を決めるのです」
途端、ローシュの目の色が変わった。初めて聞いた内容だったのか、口を半開きにしたまま固まった。
「ご結婚相手はご自分の意思で決めることができる――家令たちからは、そう聞かされていたと思います。ですが、実態は違います」
王子の意思を尊重している時代もあったが、ここ何世代かの王子たちは周りが決めた相手と結婚している。現在の家令がローシュに本当のことを話さなかったのも、しきたりに縛られるのが嫌いな王子の性格を鑑みてのことだろう。
まさか本気でエアルを結婚相手に……とまでは考えていなかっただろうが、見るからにローシュはショックを受けている様子だった。
「そんな……俺の気持ちはどうなるんだよ」
上掛けを剥ぎ、上半身を起こして頭を抱えた。盛り上がった背中の筋肉が、戸惑いを表すかのように不規則に動く。そんな背中を見ていると、なぜだかエアルまで苦しくなった。
事実を告げただけなのに、ひどい罪悪感に圧し潰されそうになる。ローシュの落ち込んだ背中に、手を添えたくなる。
エアルは伸びかけた手をぐっと堪え、あえて冷たい口調で言った。
「今すぐ大人になれとは言いません。ですが、大人になる自覚をもってください」
ローシュはぐっと下唇を噛んだまま、エアルを見ようとはしなかった。首を垂れた姿勢で、大きくため息をつく。
自分の言葉に腹が立つ。なんて偉そうで陳腐な言葉だろうか。
ローシュの気持ちが自分の中で当たり前になるのが怖かった。これ以上、愛の言葉や温もりを向けられる心地良さを知るのが怖かった。そうなる前に、ローシュには身を引いてもらわなくてはならない。
エアルはこれでよかったんだと自身に言い聞かせる。今の段階なら、まだ引き返すことができる。ローシュの熱や交わりを、忘れることができる。
エアルはベッドから出て、床に落ちていたローブを拾った。袖に腕を通したあと、王子の部屋を出ようと扉に手を掛けた、そのときだった。
「おまえにとって、俺の気持ちは迷惑か」
ままならない怒りを孕んだ震え声が、唐突に背中へと投げられる。エアルに対しての怒りではなく、自分自身と、自身を取り巻く環境を恨んだ声のように聞こえた。改めてローシュを傷つけたという現実が肌にのしかかる。
エアルは扉に掛けた手をぎゅっと握りしめる。迷惑か、迷惑じゃないか。その質問の答えは、どちらも自分の中にある。
でも言えない。言えるはずがないだろう。「嬉しかった」だなんて。
エアルはうなだれる男に流し目を向ける。
「ええ、迷惑です」
絞られる気持ちに蓋をして、そう告げた。
15
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー
しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。
枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。
「価値を下げるな」
そう言って累を囲い込む男の真意は――。
身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。
この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる