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成年王族
①
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祝砲が空を割ると、窓際にいた数羽のエナガが一斉に飛び立った。餌用のオーツ麦が木製の小皿の外に散らばる。
エアルは華奢な手で散乱した麦を拾い、再び小皿の中心に寄せる。再び戻ってきたエナガたちのために、小さなスコップで紙袋からオーツ麦をすくい上げ、小皿の上に餌を追加した。
その間も祝砲はけたたましく、一定のリズムを刻んで鳴り続ける。
今日はザウシュビーク国第一王子であるローシュの二十回目の誕生日。あと十四回はローデンブルク城の中央塔屋上から、国全土にわたって祝砲が放たれることだろう。
七回目の祝砲が鳴った時点で、エアルは一張羅のローブに着替え始めた。
王族に成年王族が誕生する日は、上級使用人だけでなく、王子の成長に関わった教育係も儀式に参列しなければならない。大人になる洗礼の準備をするため、という言い訳で欠席することができない今、エアルも例外ではなかった。
特に今回は、成年となったのが未来の国王となる第一王子だ。その場合、現国王から成年を迎えた王族に冠を授ける礼冠の儀と呼ばれる儀式も盛大に執り行われる。儀式後にバルコニーで行われる国民へのお目見えと言葉を述べる場も、ひときわ国中の注目を集めるだろう。
特に今回成年王族となるローシュは国内だけでなく、外国の女性人気も高い。注目度は歴代の王族の中でも群を抜いているらしいと風の噂で聞いた。
エアルにとって、王族にまつわる儀式や慣例はただ面倒くさいだけの行事だ。だが、今回は少し違う。いつも感じる面倒くささに加えて、複雑な気持ちが絡んでいる。
ぼうっとしているうちに、十回目の祝砲が鳴る。ふと二年前の夜の出来事がフラッシュバックする。
――愛している。
熱が込められた赤い瞳を思い出し、胃の上がチリッと痛む。
それはこの二年間、呪いのようにエアルの脳裏にこびりついている言葉と眼差しだ。
思い出すたびにかき乱される。自分が自分でいられなくなりそうな頼りない感覚になる。祝砲が鳴り終わるまでには、礼冠の儀が執り行われる場にたどり着いていなければならないというのに。
エアルは身支度を整えると、祝砲が響き渡る空に向けて飛び立った。目先の遠くにはローデンブルク城が見える。東塔と西塔のてっぺんに掲げられた国旗が、風によってひらひらとはためいている。
お祝いムードに彩られた城を目指して、エアルは重たい翼を広げた。
***
ローデンブルク城から南に位置するリアルトロ寺院にて、礼冠の儀はつつがなく行われた。
ステンドグラスの窓に四方を囲まれた縦長の寺院内部は、レイモンド王やカリオといったザウシュビーク国の王族だけでなく、諸外国の王族やローシュの侍者となる使用人など多くの人間で溢れていた。
大扉から祭壇まで続くのは、中央の細長い身廊。数名の侍者を後ろに従えながら、その細い道を練り歩くローシュの姿は圧巻だった。
すっきりとした黒色の大礼服に身を包んだ背中には、ローシュの瞳と同じ深紅のマントが揺れている。いつも額にかかっている前髪は上げられた状態でセットされ、凛々しい眉と眼差しがあらわになっている。もし仮に剣が腰に吊るされていれば、さながらその姿は騎士のように見えるだろう。
あの生意気な少年から、随分と大きく成長したものだ。
エアルはローシュのかつての教育係たちに混じり、出入口である大扉の近くで儀式の様子を見守る。
ローシュから愛の言葉をもらった二年前の夜、はっきりと相手の気持ちを拒絶したエアルだった。その甲斐あってか、あの日以降ローシュから必要以上の接触はまったくと言っていいほど無くなった。
元々エアルが指導するべき魔法訓練はとっくに終えていた。飛行訓練についても、その後数回指導しただけでローシュは空を飛べるようになっていた。
教えることが無くなれば関係が薄くなる。繋がりが弱まれば話す機会も無くなる。そんな当然のことを思い知った二年間だった。
意外だったのは自分の変化だ。あれほど煩わしく感じていたローシュからの接触が無くなってからというもの、ローシュのことを頭に浮かべる頻度が逆に増えたのだ。
ローシュが騎士団長と剣を交え、勝利したという報せが入ってくれば胸がドキッと跳ねた。吹き抜けの廊下を歩いているときにローシュの声がどこからか聞こえてくると、無意識にその姿を探した。
極めつきは慰み者としてレイモンド王に奉仕した夜、王の寝室を出たあとにドッと訪れた。
以前ローシュの膝の上で、大きな手に頭を撫でられた眠ったことがある。そのときの感触を思い出して、胸が切なくなるようになったのだ。
そんな自分に呆れる。切なくなったところで、残るのは虚しさと嘲笑、そして乾いたため息だけだというのに。
祭壇上にたどり着くと、ローシュはあらわになった額を大主教に差し出した。聖油に湿った聖筆を額に塗られ、その後現国王であるレイモンドの手によって頭へと冠が授けられる。聖杯に注がれた酒を飲み干せば、厳かな式典も終わりを迎える。
祭壇から大扉へ向かって身廊を歩くローシュは、晴れて成年王族となった男の姿そのものだった。背筋を伸ばして姿勢よく歩く男の姿からは、幼さは微塵も感じられない。
二十年に渡る学びの期間を経て、これからは国のために生きていく。強い覚悟を背負った表情は、この場にいる誰よりも逞しく、そして洗礼されて見えた。
未来の国王と目が合ったのは、ローシュが大扉を通り抜ける直前のこと。それまで真っ直ぐ見据えて歩き続けていた男の目が、エアルが立っている方面に一瞬だけ逸れたのだ。
きっとエアル以外の人間は気づいていない。それだけ刹那の出来事だった。
だが、ローシュの視線はしっかりとこちらに向けられていた。目が合ってから、口の端がわずかに笑みを作っているように見えた。
ローシュが寺院を後にしたあとも、エアルは一瞬の出来事に戸惑いを隠せなかった。変な汗が全身の毛穴から噴き出した。
顔が熱い。ローシュと目が合っただけでこんな風になってしまう自分に驚いた。
礼冠の儀への参列を終えたあと、エアルは覚束ない足取りで城の外に出た。自室である小屋のある森へ帰ってもよかったが、見てみたいと思ったのだ。
ローデンブルク城の門前には、バルコニーを取り囲むように多くの民衆がすでに集まっていた。老若男女問わず集まった人々の目が、新しい成年王族の登場を待ちわびている。
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