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成年王族
③
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王子の暴走という大打撃を顕著に受けたのは、城内で働く使用人たちだった。
侍従の足が慌ただしく行き交う床は揺れ、諸外国から訪れた来賓は、そんな彼らを呼び止めては詰め寄っていた。わざわざここまで来て私たちは何を聞かされているんだ、我々への挨拶もなく王子は何を好き勝手に言っているんだ――と。
混乱を直に浴びるのは、侍女や下僕だけではなかった。いつもは一定の速度で歩くアンドレまでもが忙しなく動いていた。
アンドレは城に戻ってきたエアルを見るや否や何か言いたさげに目を向けてきたが、王と議員、上級使用人を交えての臨時会議の準備でそれどころではない様子だった。
寡黙な男にも、エアルに対して言いたいことは山ほどあるのだろう。小言を吐きたそうな唇をキュッと結び、ずれた片眼鏡を直す。わざとらしい咳を一つして、アンドレはエアルに背を向けた。
この調子だと、ローシュの冷静さを欠いた行動はとっくに王の耳にも入っているに違いない。これから行われる臨時会議では、国民へどう説明するかの他に、ローシュの処遇が決まるはずだ。
レイモンド王は相手が誰であろうと関係ない。罪を犯した者だけでなく、王に反抗する者、良くも悪くも国の混乱を招いた者に対して冷酷だ。たとえ相手が実の息子だとしても、容赦なく冷遇を受けさせる男なのだ。このまま時が経つのを待つだけでいたら、ローシュの立場が危うくなる一方である。
エアルは急いで民衆が集まる広場に面した三階のバルコニーへと急ぐ。
階段を目指して歩みを速めている、そのときだ。一階の柱廊の先で数名の侍者を引き連れたローシュが前から歩いてくるのが見えた。深紅のマントをなびかせてこちらへと向かってくる男は堂々としていた。廊下の真ん中を闊歩する姿に、迷いや揺らぎは一切窺えない。
「ローシュ様!」
久しぶりの対面に浸る間もなく、エアルは男に動揺をぶつけた。凛とした切れ長に縁取られた深い赤が、真正面にいるエアルをじろりと捉える。
エアルは走って駆け寄るや否や、男の胸倉をガッと掴み上げた。
「今すぐ撤回しなさい」
これは懇願ではない。教育係として、ローシュよりも長い年月を生きた大人としての命令だ。
ローシュは冷静な笑みを浮かべると、「何の話だ?」と吞気に首を傾げた。
「お目見えの場でおっしゃったことです。今すぐ国民の前に戻り、撤回するのです!」
相手が高貴な者であることも忘れ、エアルは男の首を揺さぶる。
「俺は撤回などする気はない」
「どうして!」とたまらず声を荒げれば、ローシュはさもありなんというように「どうしてかって?」とエアルの肩に両手を乗せた。ローシュの重みが指先から肩へと乗せられる。エアルは相手との身長差を埋めていたつま先立ちから、ゆっくりと踵を落とした。
「まだ……私のことを諦めておられなかったんですか」
「誰が諦めるなどと言った? 言っただろう。俺はエアルに出会うために生まれてきた男だと」
「……っ」
ぐっと奥歯を噛む。忘れかけていた二年前の夜を思い出し、頭のてっぺんが熱くなる。
あの夜を境に、自分のことなどとっくに諦めたものだと思っていた。まさか二年越しにローシュがあんなことを言い出すなんて、予想外も甚だしい。
心が乱されるなんて、思っていなかった。激しい動揺に一人森の奥に隠れたかった。こんな風に慌てる自分を、他人に見せるような自分じゃなかったのに。
ローシュのせいだ。ローシュのせいで、自分の中の何かが確実に変わっている。癪だった。人間なんかに弱みを握られるのは、もう懲り懲りなのだ。
とはいえ今の時点では、これ以上考えてもしょうがない。自分の気持ちと向き合うのは二の次だ。このままではローシュの立場は悪くなる。ローシュと自分の気持ちについて考えるのは、あとにしよう。今はとにかく、この男の考えを改めさせなければと思った。
エアルは肺の中をすべて吐き出してから、自分の立場をわかっていない男の目をギロッと見た。
「いいえ、あなたは王になるために生まれてきたお方です。まだ想像するのが難しいかもしれませんが、あなたの手にはこの国の民の命運が握られていることを自覚してください」
「自覚しているさ」
「どの口が仰ってるんですか? 私にはそうは思えません。自覚していたら、国民の前であのような戯言は口にできないはずです」
次の瞬間、飄々と笑みすら浮かべていたローシュの顔から表情が消えた。
「戯言じゃない」
雰囲気の変わり様にゾクッとする。気圧されそうになりながらも、エアルは続けた。
「国王となる者の伴侶はしかるべき身分かつ、子が産める女でなければならない決まりなんですよ。あなたもわかるでしょう。私は元々奴隷のような存在です。人間でなければ女でもない。身分不相応――あなたの伴侶として力不足なんです」
「俺はそうは思わないな。このザウシュビーク国に貢献し、国の歴史をこんなにもその目で見てきた者がエアルの他にいるか? いたら教えてくれ」
「そういうことではなくて!」
「世継ぎが必要なら、土下座してカリオにその役を担ってもらおう。それに元々俺は王の座に就くことに対して抵抗はないが、王になれなかった未来にも抵抗がない」
エアルは「は?」と呆れかえった。
「国王以外に俺はどんな職が向いているだろうな。なあ、エアル、俺が王にならない未来も見てみたいとは思わないか?」
なんて能天気なのだろうか。こんなにも国民からの期待を背負っておきながら、何と無責任な。エアルはイライラしながら、「思いません」と強く返した。
自由と権力を持っていながら、なぜ間違った方向に使おうとするのだろう。若さゆえの感情と勢いだけで、突っ走ろうとするのだろう。目の前の男が憎たらしかった。
こちらは先ほど民衆の中で聞いた国民の絶望する声が、まだ耳の奥にこびりついているというのに。
怒りが脳天を突き抜けた瞬間、
「いいから妃を娶ってください!」
エアルは声を張り上げた。柱廊に声が響く。
エアルにとって、この国がどうなろうと知ったことではない。そう思っていた。王族が滅びたところでどうでもいいと。
だが、王族はこの土地に生きる者たちの拠り所なのだと先ほど思い知った。
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