微弱な癒しの力しかない異世界人が、呪われ辺境伯に溺愛されるまでの物語

水月音子

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23.ボフスラフ視点-捕虜の女

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 ボフスラフは不思議な面持ちで、目の前にいるデルベイルから来た捕虜の女を眺める。
 名前は確かユイナと言ったか。彼女がデルベイルの魔道士から言われた言葉を口にしたとき、その言葉の真意に気づいてユリウスが抑えきれない怒りをあらわにしてしまう。
 怒りは魔力の制御を越えて発散されてしまい、目の前のユイナを圧してしまっていた。
 鍛えている者なら耐えられる程度のものだが、ぬくぬくと育てられた貴族の令嬢なら意識を失っていたかも知れない。そうでなくても、このユリウスの容姿を見ただけで泣き叫ぶのだから。
 なのに、異世界から来たというユイナは魔力によって圧をかけられても、泣き叫ぶことも気を失うこともしなかった。そもそも、最初からユリウスを怖がる様子を見せなかったと聞いている。
 自分たちと同じく鍛えられているのかと疑いかけたが、見たところそんな雰囲気もない。ソファに浅く腰掛けて姿勢よく座る姿は、どこか緊張している様子ではあったがボフスラフから見れば隙だらけに見えた。
 魔力制御を含めて、戦闘訓練などを受けていたようには思えない。
 そんな彼女がユリウスの魔力の圧に耐えられていることが不思議でならなかった。
 ボフスラフのそんな思いをよそにレオシュの呼びかけで平静を取り戻したユリウスが、ユイナに詫びて話の先を促す。
 ユイナの置かれた状況は異世界から突然連れて来られたことを考えれば、とても理不尽なものだったのではと推測できるが、それでも彼女は淡々と話していく。

「魔道士の人はわたしの力を見たとき、微弱な癒しの力があると言いました。わたしにはその自覚はなかったんですが、救護院ではその力の使い方を教わり怪我人や病人を癒していました。ただわたしの力は微弱なので、あまり評判は良くなかったです。でも神官の人にやってもらうと高いお金を払わないといけないそうで、だからわたしのところに――救護院に来るって人も居ました」

 癒しの力は貴重だ。
 だが際限なく癒しを求められれば、すぐに魔力が枯渇してしまう。貴重であることと魔力の枯渇を防ぐために、高い献金を求めることはブローケシュでも普通に行っていることではある。
 他の神官に癒してもらうと高い金を払わなければいけないから、そのためユイナのところへ来るのだということは、ユイナには申し訳程度しか支払われていないのだろう。

「不躾な質問だが、そのお金は今どこに?」

 微量でもお金がもらえたなら身なりを整えるなり、逃げる資金にするなりできたのではと思ったのだろう、レオシュが問いかける。
 ところがユイナは目を丸くして「お金とは?」と首を傾げてしまった。つまり、申し訳程度のその料金もユイナは渡されていないのだろう。
 そればかりか貴重な力だから、たとえ弱い癒しの力だったとしても金は払われるべきものだということを彼女は知らないのだ。
 そんなユイナの表情から背景を読み取って、またもやユリウスが怒りを抑えようと自制のため目を閉じている。
 それをボフスラフは面白そうに眺めやってから、再び唯奈に視線を戻した。

「では、働いた給金も?」

 初めてボフスラフが問いかけるも、ユイナは臆することなくこちらへ真っ直ぐ視線を向けて頷いた。

「はい、わたしが連れて行かれたのは罪を犯した女性が労役を課されるための場所だったようで、わたしもそのうちの一人だったんです」
「さっきも聞いたが、まったく意味がわからない。なぜ労役を課される――」

 額に手を当てユリウスが呟く。ボフスラフもまったくの同感だったが、デルベイルなりに理由はあったようだ。

「同室になった少女には、わたしが癒しの力を持つ女性だからだと言われました」
「……?」

 話の繋がりが分からず内心で首を傾げる。ユリウスらも同じだったのだろう、一瞬間が空く。それを察したのかユイナが言葉を付け加えた。

「あ、正しくは『癒しの力を持つ女性は呪われてる』でした」
「は?」

 やや間の抜けた声を出したのはユリウスだが、ボフスラフも同じ気持ちだった。
 聞いたこともない話に相槌も打てずにいる間にも、ユイナの話は続く。

「わたしも結局、なんでそうなるのか理由はわからずじまいです。でも、デルベイルではそういうことになってるんです。あちらではみんな、わたしのことを――癒しの力を持つ女性を嫌悪しているようでした」

 到底信じられない話だが、ボフスラフは想像してみる。
 いきなり異世界に召喚されたばかりか理不尽に最下層へ落とされ、何の罪も犯していないのに労役を課され働かされる。しかも『癒しの力を持つ女は呪われている』と言われて周りから嫌悪されるのだ。

(理不尽ってものじゃないな……。暴力行為があったと聞けばこの者は答えるだろうが、もし『あった』と答えが返ってきたらユリウス様の怒りが爆発するやも知れん)

 それも面白そうだが、いやしかし、ここで問うのはやめておこう――そうボフスラフは話の方向を変えようとしたが。

「癒しの力があると自覚していなかったという話だが、その体質も生まれつきではなく?」

 レオシュの質問を聞いてボフスラフも気になり、ユイナの返事に耳を傾ける。

「生まれつきではないはずです。あちらの世界では普通に怪我もしていたので……」
「ではその体質もリニ・ホーレンという魔道士が言い当てたのか?」
「えっ、いえ……魔道士の人は何も……。わたしに癒しの力の使い方を教えてくれた神官の人も『聞いていない』と言っていたので……」

 つまりその神官が気づいたということになるのか。何がきっかけになったのかはやはりここで聞くべきでは――

「その神官はなぜそれに気づいたんだ」
「えっと……それは……」

 何でもはっきりさせたがるレオシュの問いに、途端、ユイナの歯切れが悪くなり目を泳がせ始める。それを見て察したユリウスの目尻が吊り上がった。

「暴力を振るわれたのか」
「そ、そう、ですね……デルベイルの人は本当に癒しの力を持つ女性が嫌いみたいで……」

 ユリウスが普通の人間であれば額に青筋た立っているのが見えただろう。膝に置いた手に視線をやれば、握り締めた拳が震えている。爪が食い込んでいるように見えるが、呪われた体でなければ爪が皮膚を突き破っていそうだ。
 予想通りのユリウスの反応につい面白く観察してしまったが、ユイナの話はまだ続いていた。

「神官の人にはカルマだと言われました」
カルマ?」
「召喚された異世界の人は、カルマによって与えられる力が決まるんだそうです」

 ボフスラフは無意識に視線だけでユリウスを見て、レオシュを見た。二人とも同じようにこちらと視線を合わせるが、ボフスラフの視線の意図を察して小さく首を横に振る。

(そんな話は聞いたことがない――が、我々が知らないだけかも知れぬ)

 そもそも召喚魔術などという古代魔術の研究をしたこともなければ、詳しく知りたいと思ったこともない。召喚魔術を成功させたデルベイルなら研究もかなり進んでいたのだろう。こちらが知らないことをあちらが知っていたとておかしくはない。

「デルベイルでは癒しの力を持つ女性は呪われてると信じられていて、しかも怪我がたちどころに治る体質も呪いみたいだって……『余程の悪行を犯したのか』って言われてしまいました」

 ボフスラフは思わず目をみはった。辛い話だろうにユイナが笑みを浮かべたからだ。

(辛抱強い性格なんだろう。普通なら笑いながら話せるような内容じゃない……が、ちと危ういな)

 ユリウスは怒りを自制するため固まってしまっているし、レオシュもレオシュで何やら考え込んでしまっている。
 沈黙が続けばユイナも居た堪れないだろう。今度こそボフスラフは話の方向を変えるため口を開いた。

「話は変わるのだが、ユイナ殿は元の世界では何をされていたのですかな?」
「え、二ホンでですか?」

 『二ホン』それが母国の名のようだ。

「えっと小さい会社で“ジム”をしてました」
「“ジム”とは?」

 ボフスラフにはその単語の意味がわからなかった。こちらの世界にはない概念か、もしくは翻訳の限界のために通じなかったのかも知れない。

「あ、ジムは、えっと――書類を作成したり、その書類を分類ごとに整理したり、“データニュウリョク”――集めた情報をわかりやすく書き起こしたり、会社に来たお客様の対応をしたり、です」
「ふむ」

 小さい会社と言っていたが、家令や管理の一部の仕事に似ているようだ。
 農業やそのほかの物づくりという仕事、あるいは下級の使用人といった仕事ではないということを考えると、やはり彼女は富裕層か、それなりに身分のある者だったのだろうか。

「その仕事はどれくらい続けておられたのですかな?」
「まだ一年ほどです」
「それまでは何を?」
「学校に通ってました」

 聞けば彼女の国では、ほとんどの子供が十八歳まで学校へ通うのが普通なのだという。だとすれば彼女の国はかなり生活水準が高く、長く平和の続いた国なのだということが窺える。
 また十八歳まで学校へ通っていたのなら、相応に知識はあるだろうし計算も普通にできるのだろう。
 召喚された者は会話には苦労しないようだが文字は読めないという。それなら彼女にこちらの文字を覚えてもらえば――

(家令の補佐を――いや、“うち”でもいいな。書類仕事を任せられるやも)

「ボフスラフ」

 あるじに名を呼ばれてボフスラフは意識を目の前に戻した。ユリウスに視線をやれば、なぜか胡乱うろんな目つきで睨みつけられている。
 ボフスラフとユイナの会話を聞くうちに怒りを鎮めることができたようだ。
 そして、なぜか考えていることがバレてしまったらしい。

(我が弟子が聡くなったことは喜ばしいが、何とも可愛げのない――)

 ボフスラフはそんなぼやきを胸にしまって、小さく頭を下げると詫びた。

「いや、話がだいぶ逸れてしまいましたな。申し訳ない」

 そう言ってやや身を乗り出していた体を戻し、ソファにゆったりと座り直す。
 ボフスラフが身を引いたのを見て、ユリウスがひとつ咳払いをすると再び話を進めた。

「話を戻すが、デルベイルでのきみの扱いは不可解すぎる。そのリニ・ホーレンという魔道士の独断と考えられなくもない。こちらでもう少し詳細を確認したいから、今しばらく塔で過ごしてもらう」
「わかりました」

 ユリウスの誠実な言葉にユイナはやはり淡々と頷く。それを見たユリウスの方が逆に複雑な表情をするのだから、やはり面白いとボフスラフは思う。
 もちろん面白がっているなどと顔には出さないが。

「きみの言葉を疑うわけではないが、きみが本当に異世界人であるのかということも、こちらで何らかの確証を得たい。確証を得たのち、このことは国王陛下に伝えなければならない。よって前ネトヴォア辺境伯であり、現公爵であるわたしの父上にきみのことは伝えさせてもらう」
「――わかりました」

 ユイナは少しの間、ユリウスの言葉を受け止めるために時間を置いてから頷いた。
 自分の存在がこの辺境領を越えて、外へ漏れ出ることの意味を考えある程度は把握したのだろう。それでもやはり淡々としている。
 ユリウスもまた、通常捕虜には伝えないような内容のことまでユイナに話して聞かせるのは、すでに彼女が異世界人であることを疑っておらず、捕虜だとは考えていないのだとボフスラフは理解する。
 長年、バケモノと言われる容姿で過ごしてきたユリウスは、近しい者と部下以外にはあまり長く目を見交わそうとしない。
 それは相手が怖がるだろうと慮ってのことでもあるし、相手が怖がる様を見たくないからでもあるだろう。
 だが、いまユリウスは目の前の異世界人であるユイナを見つめ、ユイナもまたバケモノと言われるユリウスを怖がる様子もなく見つめ返している。
 そんな二人を傍で眺めながらボフスラフは、これからどんな面白いことが起こるのか、どうすればもっと楽しくなるだろうかと、表情を取り繕いながらも頭の中でさまざまに思いめぐらすのだった。
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