追放された不出来な聖女は、呪われた隣国騎士の愛で花開く

水月音子

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プロローグ

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 夕闇迫る森の中をアニエスは走っている。
 森の切れ間が見えたとき、木の根に足を引っ掛け生い茂る草の上に倒れ込んでしまった。
 青臭いにおいが広がり、どこか切れたのか口の中で血の味がする。
 痛みに緩慢な動作で身を起こしていると、自分を追う者たちの足音がすぐにも間近に迫り、アニエスはそれを覚悟した。
 振り返れば、国境線近くまでアニエスを連行して来た兵士たちが、下卑た笑みを浮かべて周りを囲い見下ろしてきていた。
 どんなに怖ろしくても毅然としていようと、アニエスはその場に立ち上がろうとしたが、兵士は容赦なくアニエスの髪を掴み引っ張り上げた。
 背中まで伸びたプラチナブロンドが、途中から、あるいは根本から幾本か引き千切られる。
 その痛みに声にならない悲鳴を上げるアニエスを、兵士たちは強引に仰向かせて押し倒し、その肩を力任せに地面に抑えつけた。
 そして、さらに別の兵士がアニエスの粗末な服を、胸元から大きく引き裂いていく。

「っ――」

 アニエスは唇を噛んで悲鳴を押し殺した。
 悲鳴を上げたところで誰の耳にも届かないどころか、男たちを喜ばせるだけだと分かっていたからだ。
 思ったとおり、声を抑えるアニエスを見て男たちは「可愛げのない女だ」などと口々に嘲る。
 嘲りながら男たちは、そうやって馬鹿にする女のはだけた胸を鷲掴み、強引に左右から足を掴んで開かせようとする。
 アニエスは嫌悪感とともにせり上がる吐き気と涙を押し留めて、両手が拘束されないうちにと素早く視線を巡らせた。
 たとえどれほど抵抗したところで、女性のなかでさえも背の低い自分が、複数の男に敵うわけがない。
 そんな男たちの鼻を明かしてやれる方法は、ただひとつだけ。

(こんな男たちに辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシだわ……!)

 肩を押さえつけ、あらわになった胸に顔を寄せようとしている男の腰元に、目的のもの――短剣を見つけてアニエスはそれに手を伸ばそうとした。
 その時、ふいに草木が揺れ擦り合う音がこちらへ近づいて来るのが聞こえた。
 何らかの足音のようでもあるが、人間のように一歩一歩踏みしめるような感じでもない。かといって、森でよく人を襲う獣のような軽い足音でもない。
 不審に思ったのは男たちも同じだったのだろう。

「なんだ……?」

 アニエスに覆いかぶさろうとしていた男が、足音のする方――自分の背後を振り返った。
 その視線の方向から、何者かの気配が間近に迫ったかと思うと、森の一部に大きな黒い影が現れた。
 命を絶とうと覚悟していたアニエスも、思わず伸ばしかけた手を止めて“それ”を見上げる。
 二メートルはありそうな巨大な生き物は、その姿形から到底人間には見えなかった。
 夜の闇が迫る森のなかだったため、はじめそれは大きな毛むくじゃらの何かに見えた。
 だが、巨大で毛むくじゃらな生き物など、アニエスは見たこともないし聞いたこともない。
 自分が知らないだけだろうかと思いかけたアニエスだったが、周りの男達の困惑する様子から、彼らも知らない生き物なのだということが分かる。
 さらに――

「ひぃっ!!?」

 巨大な生き物を覆う毛だと思っていたそれが素早く伸び、男の胴体に巻き付くのを見て、覆っているのは毛ではないのだと気づく。
 そして、男の胴体に巻き付いた“それ”は、いとも簡単に男を後方へと投げ飛ばしてしまった。
 巨体に見合う怪力を持ち合わせているようだ。
 呆然としている間にも“それ”は次々と男たちを投げ飛ばしていった。
 投げ飛ばされた男たちは、周囲の木々や地面に体を打ち付けられ、しばしその痛みにうずくまって呻いている。
 怪我はしているだろうが、死ぬほどの致命傷は負っていないようだ。
 困惑し、狼狽する男たちに反応する隙も与えず、その生き物はアニエスの周囲から男たちを一掃してしまった。
 それだけでなく、投げ飛ばした男たちにさらに向かって行くような動作を見せた。
 それに気づいた男たちが怖れ慄き、口々に悲鳴を上げながら走り去ってしまう。
 一人残されたアニエスは、辛うじて残っていた衣服をかき寄せて、その巨大な生き物を改めて見上げた。
 冷静になり、よくよく観察してみれば、その生き物が形容のしがたい姿をしていることが分かる。
 初めは毛のように見えた巨体を覆う“それ”は、手首ほどの太さのある細長い縄のような形をしていた。
 ただ、色は赤黒く、“それ”自体が意思を持っているように常にうねっている。
 しかも、それが無数に巨体を覆っているのだ。
 異様な姿としか言いようがなく、考えれば考えるほど目の前の生き物が、ただの獣の類とは思えなかった。
 遅ればせながらアニエスは恐怖を覚え、震え始める。
 さらに、巨体を覆う“それ”が一本、自分に伸びてくるのを見て精神が限界に達した。
 様々なことに耐えて来たアニエスだったが、未知の生物への恐怖に精神が許容範囲を超え、意識を失ってしまったのだった。
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