【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子

文字の大きさ
4 / 30
一章

03

しおりを挟む
 馬車はゆっくりと動き出し、城門を潜って堂々と城下町の真ん中を通り過ぎていく。
 王都ほとではないが、辺境領でかなめのティフマ城を中心とした街は、それなりの人口を抱え栄えていた。

 ティフマ城の近くには貴族が住まう邸宅が幾つか並び、続いて平民の富裕層から外へ行くにつれて貧困層へと広がっていく。

 てっきりどこも混乱をきたしているだろうと思っていたが、意外にも外が静かなことが気になり、マリアーナは車窓を覆うカーテンの隙間からそっと外を窺った。

 周りを騎兵で囲まれているためはっきりとは見えなかったが、建物が破壊されたような様子もなく、どこかに火を点けられて煙が上がっている、という様子もない。

 一方で敵軍の隊列が見えたからか、みな建物の中に身を隠しているようで人の姿が見当たらない。もちろん、誰かが斬り捨てられて倒れている、という光景も見える範囲では無いようだ。

 ティフマ城で降伏する兵士をむやみに傷つけなかったように、フィーアンダ国の騎士たちは町や人々を無意味に攻撃することは無かったらしい。
 それもすべては騎士たちを率いる上官が、きちんと言い含めていたからだろう。統率のとれた彼らの動きを見れば、上官というのがどういった人物なのかが分かる。

(……お継母かあさまとティーナは大丈夫だったのかしら)

 マリアーナは自分の思考をはぐらかすように、とっくに通り過ぎたルオッツァライネン家の邸宅がある方へ視線を向けた。

 父親の後妻と異母妹のティーナは、ティフマ城で過ごすことはほとんどなく、城外にある邸宅で暮らしていた。タルヴォもまた寝食はほぼ邸で済ませ、仕事がないときも邸で過ごすことがほとんどだった。

 マリアーナだけが、タルヴォの言いつけに従いティフマ城で暮らしていた。
 理由は将来エーリス王子と結婚し、ともにこの辺境領を治めることになった際、不備なく手助けができるように城での暮らしに慣れておく必要があるから、と言われている。

 恐らく理由がそれだけでないことは、とっくにマリアーナも理解していた。
 もっと言えば、体よく追い払われているのだということも。

「夫人とティーナ様が気になりますか?」

 そっと尋ねられて我に返る。向かいに座るソリヤに向き直ると、心配そうにこちらを窺う視線と目が合った。
 マリアーナは小さく苦笑を返した。

「……そうね。城のことはアールノが何とかするでしょうけど、辺境伯であるお父様が死に、もしわたしも戻って来られなかったら――」

 混乱は必須だろう。
 マリアーナの婚約者であるエーリス王子も、敵国に攫われてしまっている今、辺境伯の地位は継母か異母妹が握っていることになる。

 恐らく現状が親族へと広まれば、幾人かの親族がティフマ城を目指してやってくるかも知れない。
 タルヴォが生きていたときも、広大な領地を治める城主に対して、実のところ妬み嫉みが無いわけではなかった。そんな地位を欲する親族たちを、継母や異母妹がうまくいなすことができるとは思えない。

 だが、口では心配するようなことを言いつつも、マリアーナはあまり彼女たちの今後について興味はなかった。
 それよりも、もし自分が生きて戻ってくることができたら、その時、あの城に自分の居場所はあるのだろうか、とそれが心配だった。

(わたしって実は冷たい人間だったのかしら……)

 そんなマリアーナの心境を読み取ったわけではないだろうが、ソリヤが淡々と続ける。

「旦那様のご遺体は、あのお邸に運ばれたとか――」
「……そう。きっと大変だったでしょうね」

 遺体に驚き卒倒したか、それともタルヴォの死を目の当たりにして嘆き悲しんだか――。

 あまり継母や異母妹と、親しい関係を築くことができなかったマリアーナには分からなかったが、『大変だっただろう』といたわる気持ちは本心だった。

 だが、なぜタルヴォの遺体がティフマ城ではなく邸宅に運ばれたのか、運ばせたのはもちろん敵将のアルベルトだろうが、その意図は何だったのか、その疑問にマリアーナが辿り着くことはなかった。





 馬車は城下町を抜けると、国境線を沿うように一旦南へ向かう。
 南へ向かわず、そのまま東へ進めば戦場になった平原に出るが、そこに貴人が乗る馬車が通るための平坦な道はない。
 それだけでなく、短期間で終わったとはいえ戦場になった場所を通るのは、様々な意味で危険には違いない。

 国境線沿いを南へ行けば、また小さな町に出る。右手に町があり、左手は国境を越えた先に深い森が広がっている。どうやらその森の際をなぞるように続いている、整備された道を行くようだ。

 町と森の景観を車窓から眺め、マリアーナは懐かしく思う。決して良い思い出ばかりではなく、どちらかというと嫌な思い出の方が多いのだが。

(あの昔の夢を見たばかりだから、なんだか不思議な気分ね)

 偶然とも思えないような状況に、マリアーナは思わず神妙な気分になる。
 マリアーナが真剣にカーテンの隙間から外を眺めていると、再び遠慮がちにソリヤが声を掛けてきた。

「マリアーナ様は幼少期、この町で暮らしていたとか……」

 ソリヤが働きに来たのはティフマ城だったから、幼いころのマリアーナのことは知らないはずだ。きっと城の使用人から世間話として聞いたんだろう。
 どんな風に聞かされたのかは分からないが、隠すようなことでもないと思いマリアーナは頷いてみせた。

「わたしのお母様は体が弱かったの。静養のために与えられたのが、この町の別邸だった――」

 国境に近い町ではあったが、フィーアンダにとって大事な森が近いため、こちらが攻め入ることはあっても、あちらがこの町を戦場とする可能性は低い。
 万が一にも侵入を許し森が傷つくようなことがないよう、もしフィーアンダがこちらに攻め入るならば、やはり平原から侵入してティフマ城を目指しただろう。

 ただ、必ずしも絶対に安全だという保証はない。広い領地内を探せば、もっと落ち着いて過ごせる土地はあったはずだ。
 おまけに別邸とはいっても小さな国境の町だから、町長の家よりは大きいというだけで、ティフマ城の傍に建つ本邸と比べれば天と地ほどの差がある。

 マリアーナを産んですぐに別邸にやってきた母子を、周囲の人間はすぐに穿った目で見やり噂しあうようになった。たとえば夫である領主タルヴォに捨てられたのではないか、とか、夫に少しも似ていない赤子を見て不貞を疑われたのではないか、とか。

 噂は小さな町にあっという間に広がり、母親の耳にもすぐに届いたことだろう。精神的にも辛かったに違いない。療養に来たというのに病が癒えることはなく、それどころか重くなる一方だった。

 三年経つころにはもうベッドの上で起き上がることもできず、そうなると手の打ちようもなかった。

「母が亡くなったのはわたしが三歳のときで、母はまだ二十七だったわ」

 葬儀のときだけ父親は現れ、それが終わればまた一人戻っていく。マリアーナは一緒に連れて行ってもらえなかった。

 母親が亡くなれば、噂の的はマリアーナに集中する。母親には一定の敬意を持って接していた数少ない使用人も、明らかにマリアーナに対しては蔑む感情を隠さなかった。

「この髪とがいけないみたい。ティペリッシュ国では珍しいとか、フィーアンダの悪女だとか言われてしまったわ」
「悪女……」

 ソリヤも初めて聞くのか、思わずといった様子で呟いている。
 マリアーナは頷きを返し、続けた。

「ずっと昔、友好の証としてフィーアンダの姫を王子の妻にしたところ、豪遊したりドレスや宝石に散財したりと我儘し放題だったそうよ。それどころかフィーアンダから親しい人を呼んで仲間を増やし、内側から手引きしてフィーアンダの軍を、王都のすぐ近くまで侵入させたのだとか。彼らが通った跡は破壊と略奪でそれはひどいものだったそうよ。だけど、当時のティペリッシュの勇将がぎりぎりのところで追い払ったって聞いたわ」

 話が進むにつれてソリヤの表情が硬くなっていくが、カーテンの隙間から外を眺めていたマリアーナは気づかない。

「その悪女と言われた姫の、髪と瞳がわたしと同じだったみたい。母もシルバーブロンドは同じだったけど瞳の色は違うの。だけど、髪色自体もこの辺では珍しいから、フィーアンダの悪女と同じだって言われてたわ」

 そこでマリアーナは視線をソリヤに戻し、ようやく彼女の異変に気付いた。どことも知れぬ場所を見やって、硬い表情をするソリヤに首を傾げる。

「ソリヤ?」

 マリアーナの問いかけに我に返ったのか、弾かれたように顔を上げて珍しく慌てた様子を見せた。

「失礼しました。その、ひどい話だと思いまして……。悪女と呼ばれた姫とマリアーナ様とは、同一人物ではないのに……と」

 自分のことを想っての言葉だと思い、マリアーナは微笑を浮かべる。

「そうね……だけど、何の関係もないわけではないの。母方の系譜をたどるとフィーアンダの方がいるそうよ。詳しくは教えてもらえなかったのだけど、もしかしたらその悪女と呼ばれた姫なのかも――」

 唐突に、馬車が弾むように傾いだ。
 何事かと焦ったが、馬車が国境を越えて森の端をなぞる道に入ったらしい。整備されているとはいえ、滅多に行き来のない道だからか、それまでのものよりも荒れているようだ。

 いつの間にか国境を越えていたことを知り、マリアーナは再び緊張に身を強張らせた。カーテンの隙間から森を眺めつつ沈黙する。

 なぜか脳裏に思い起こされるのは、夢で見た過去の不思議な光景と、湖に落ちた自分を助けてくれただろう少年のおぼろげな姿だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、彼女は少しずつ変わっていく。 ■《夢見る乙女のメモリアルシリーズ》2作目  ■拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり) ■第17回恋愛小説大賞にエントリーしています ■画像は生成AI(ChatGPT)

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした

er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。

冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

処理中です...