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ペンギンの回り道

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その呪いは誰が為に

贈り物ep1

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 呪いとは相手の不幸を願うこと。
 魔術師の中で呪いはそう定義される。相手に対しての悪感情を呪いというものに込めて相手に送りつける。それは物のこともあれば目に見えないものの場合もある。
 有名な呪いは丑の刻参り。これは藁人形という道具を使い、その藁人形に呪う相手の一部を埋め込むことで相手と繋がりを作り出し呪いを相手に掛けるもの。

 呪いとは相手に直接的な不幸が起こることだけではない。忘れられない言葉や忘れることの出来ない風景や映像なども一種の呪である。嫌なことを言われてそれがずっと心に残るのは意図せず掛けられた呪いだ。

 酸塊八重は呪術師だ。呪いをかけることが専門ではなく呪いを解くことを専門としている。呪いを解くということは自分が呪われるということ。呪いは生命のエネルギーだ。呪いを止めるのではなく解くということはそのエネルギーを現世界に放出するということ。その呪いは解いた酸塊八重に降りかかる。

 酸塊八重は呪いを解く専門の呪術師だ。それでも自分に降りかかる呪いは解くことが出来ない。




 ここ数日は依頼がない。正確には依頼はあるのだがこなせるものがないというのが正しい。素材採集などただの便利屋程度の依頼が多く、しかも依頼先が海外という嫌がらせみたいなものしか無い。依頼を選ぶような立場ではないが、それでも海外まで届けに行くと旅費が報酬費で賄えない事が起こる。魔術師の報酬は物で払われることもあり、お金にならないのだ。

「うーん。暇だなぁ……」

「そうですわね。でも社長と2人きりですし、私は楽しいですよ?」

「物好きだね」

「それはそれは、大好きですわ」

 酸塊さんは相変わらず、感情表現がストレートだ。最初の頃は僕も反応してしまっていたが言われる頻度が高いため慣れてしまった。酸塊さんの言う好きが男性としての好きなのか人間としての好きかは分からないが、言われて悪い気はしない。
 
 特にこの会社にいる社員は僕の言うことを素直に聞いてくれる人は少ない。最近では空穂ちゃんと来栖さんもゲティの言う事のほうが聞く始末だ。いつも叱られている僕よりもゲティのほうがしっかりしてそうに見えるのは仕方がない。

「酸塊さんは何時もそう言ってくれてうれしいよ」

「私が触れられるのは社長さんだけですから。特別ですわ」

「やっぱりそれ、不便じゃない?」

「最近は一瞬触る程度では何も起こらなくなりましたが、やっぱり私の気が引けますの。その点社長さんは何も起こらないのが私にとっては救いですもの。好きになってしまいますわ」

「そっか」

 酸塊さんは人に触れることが出来ない。それは酸塊さんの使う魔術のルールのためだ。酸塊さんは呪いを浄化することが出来ると周りには言っているが、実際には酸塊さんは呪いを自分の体に移して元の呪いを無くしている。
 
 そのため酸塊さんの身体には無数の呪いの力が籠もっており、歩く呪いと言っても過言ではない。ある程度は自分でも制御できるらしいが、長時間誰かに触れてしまうと、その人に呪いから出る負のエネルギーが流れてしまい不幸が起こってしまうらしい。
 
 何も知らなかった調さんが少しだけ握手をしたら、その後部屋で身体を色々な所にぶつけてしまったらしい。不注意で済ませることも出来るのだが頻度が急に高くなったことで調さんは呪いを実感したようだ。

「僕の魔術と相性がいいってだけなんだけどね」

「それこそ偶然ですわ。魔術師が出会う事はこの業界では少なくありませんが社長さんのような魔術師は少ないですから」

「僕の魔術は自分を守ることにしか使えないルールがあるからね」
 
 僕のルーン魔術は基本的には自分を守ることにしか使えない。自分の運命を手繰り寄せる魔術であり、他人の運命までは動かせない。拡大解釈でイメージを持っことによって空間に魔術を仕掛けることも出来るが予めイメージトレーニングと準備が必要になる。

 魔術師は呪いと相性が悪い。呪いは目に見えないものから繰り出させる負のエネルギーは自分自身に干渉するため、他者に対して履行するタイプが多い魔術師からは嫌われている。
 分かりやすく言うと魔術師は物理的魔法には強いが精神的魔法には弱いのだ。イメージや詠唱が崩れれば魔術は発動しない。

 それに対して、僕の使うルーン魔術は自分自身を守ることに特化しており、精神的な魔術でもある。呪いなどに対して防御ができるのだ。常日頃から『ᛉ(アルギス)』の文字が書かれたルーンを持ち歩いている。これは守護の意味を持つので外敵からの攻撃に対して自動で防御してくれるのだ。
 それによって、酸塊さんが僕に触れても僕は呪いの影響を受けない。酸塊さんが触れられる数少ない魔術師が僕だ。

「守ると言えば私が送ったものは使っていただいてますか?」

「送ったもの?」

「段ボールに詰めて送ったと思うのですが」

 事務所の隅には酸塊さんが送ってきた段ボールが山積みになっている。一つ一つは小さな段ボールなのだが数が多い。

「いや、酸塊さん名義だったから開けてないよ」

「事務所宛に送ったので見ていただけると思っていましたが、先に一報入れたほうがよかったですわね」

 てっきり酸塊さんの荷物だと思って放置していた。酸塊さんの部屋もこの階に僕が借りているので、そこまで運んでも良かったのだが不在の女性の部屋に入るのは憚られるし、廊下に置きっぱなしにするのもアレなので事務所に置いていたのだ。

「これ、なに?」

「私から社長さんへのプレゼントですわ」

「開けていいのかな?」

「どうぞどうぞ」

 僕は社長机から立ち、一番近くにある段ボールの箱を持って酸塊さんの座るソファの向かいに座った。先程は気付かなかったが、酸塊さんは僕と買いに行ったスマホを大切そうに握りしめていた。機種を買って契約しただけで喜んでくれるなら渡した僕も嬉しくなる。

「もう。下の方にあるものなんて半年以上前に送ったものじゃないですわ。社長さんの力になる道具だと思って送りましたのに」

「因みに何送ったの?」

「覚えていませんわ。社長さんも開けてなかったのですからお相子です」

 このままでは堂々巡りになってしまうため、話を変える。この事務所にあるということは僕以外の目にも触れているということだ。

「そういえば、これを他の人が開けちゃったらどうしてたの?」

「その心配はありませんわ。社長さん以外開けられませんもの」

「どういうこと?」

「中をみればわかりますわ」

 勿体ぶる口振りの酸塊さんはなんだか楽しそうだ。僕以外開けられない物とはなんだろうか。魔力を使うものならゲティにも開けられるし、男性が開けられるものなら調さんでも開けられる。皆目見当がつかない。

 言われた通りに段ボールを開けると、中には一つの箱が入っていた。箱の大きさは30cmほど。その箱はかなり古びており、箱の表面には何やら文字が書かれていたらしいが薄れて消えかけている。どう考えてもプレゼントとして渡す様相はしていないが貰ったものは確認しなければならない。
 段ボールから箱を取り出し、その箱を開ける。すると中には棒状に巻かれた布が合った。何かを包むように巻かれた布。

「これってもしかして」

「はい。呪物ですわ。私は呪術師。それも呪物の専門ですもの」

 酸塊さんは呪術師だ。呪術師といえばシャーマンが有名だろう。日本ではイタコと呼ばれ日本の東北地方の方に居るとされる。死者などを自分の体に降ろし、その声を聞き皆に伝えるという降霊術の一種を使う。正確にはシャーマンは呪術師ではなく、霊媒師という。
 呪術師といえば悪いイメージがあるが、悪い呪術を行うのは邪術師と呼ばれ、また別物である。

 酸塊さんは呪術師の中でも相手に何かをかける術師ではなく、呪物そのものに術を掛けて封印したり消滅させたりする。全国から曰く付きの物の調査をしながら依頼を受けてもらっているのだ。

「先日とある地方の山奥の小屋で見つけましたの。近くの人は、夜になると男の苦しむ声が聞こえるがその小屋は無人だからという理由で調査しました。その部屋には布にくるまれているものの中身だけがポツンとありました」

「この中身?見ても大丈夫なやつ?」

 厳重に巻かれており、外すのにも一苦労しそうだ。ハサミで切ることも考えたが、見つけたときは中身だけでこの布は酸塊さんが付けたもの。下手に切り裂くことによって面倒な事が起こらないとも限らない。地道に布を解いていくことにした。

「社長さんなら大丈夫ですわ」

「あ、そっか。これ呪物だから僕以外開けられないって言ったのか。他の人なら嫌な気配を感じて触らずに放置するもんね」

 呪いに耐性があるのは僕だけだ。ゲティは触らないし、来栖さんの導きの目が呪いを拒み、空穂ちゃんの守護する力が来栖さんを守る。調さんは魔力がないため、基本的に事務所にある得体の知れないものには触らないようにしている。

「そういうことですわ」

 布を取り外すと頑丈な木の棒が出てきた。大体15cmくらいだろうか。手で握りやすい程度に縦に細長く横は平らで片方だけに何かがはめ込まれていたように穴があいている。

「それでこれは?」

「その小屋の中で私が見つけたものはその棒の他に遺書を見つけましたの。詳しい事は風化して読めなかったのですが、殺してやると呪詛を唱えながら自殺した人の物でした。恐らくその棒には元々刃が付いており、それで自殺をしたのでしょう」

 横に空いていた穴は刃が埋め込まれていたのだ。恐らく、長い年月で刃の部分だけ盗まれて持ちての部分は放置されたのだろう。

「つまりは呪いを吐きながら死んだものの呪詛が染み付いた呪物ですわ。そんなに力が強いものでもありませんので封印するまでもなく、社長の武器にでもと思いまして」

「僕の武器?なんで?」

「だって社長さん。守りの術ばかりで攻めることになるとてんで駄目でしょう?他の人がいる時ならまだいいですが1人での依頼の時は大変じゃないですか?身を守る術として何かを持っていたほうがいいと思いますが」

 言われた言葉で色々なことを思い出した。猫又のときはルーンで足止めして事なきを得た。てけてけのときはゲティがどうにかして心霊写真のときもゲティに任せた。言霊遣いの少年はそもそも人間相手だった。
 出張に行った時は……。何も戦闘をせず逃げ回るのみだった。

「思い返すと相手を攻撃する術を持っていないこと前提で逃げに徹してる事が多かったかも。僕の魔術的に相手を攻撃するっていう事自体が相性悪いだろうけど自分を守るってことなら呪物も悪くないかもね」

 自分の運命を手繰り寄せるルーン魔術と呪物の相性は悪くない。呪いはまじない。ルーンも元々は占いに使われていたもの。占いも一種のまじないだ。他者の不幸を手繰り寄せようとする呪術と自分の幸運を手繰り寄せようとするルーン魔術。組み合わせてみるのも面白いかも知れない。

「そう言って貰えると、頑張って集めた甲斐がありましたわ」

 酸塊さんは両手を広げて大げさに喜ぶ。僕は事務所の隅にある段ボールを見る。見えるだけでも10個以上はあるだろう。

「もしかして、あの段ボールって全部呪物だったりする?」

「勿論です!私が、社長さんの事を考えながら集めた物たちです。攻撃にと思いましたが護身のためにも役立つものがあると思います。是非、見てください。解説も致しますよ?」

 
 酸塊さんは何故だか呪物系のものが好きになってしまっていた。
 多分僕のせいだと思う。   
 
 あの段ボールがすべて呪術と聞くと途端に開けたくなくなる。知らず知らずの間に、僕の事務所は呪物の倉庫になっていた。

「そういえば社長さん」

「なに?」

「愛美さんと空穂さんに強請られてテレビ買ったみたいですが使ってますか?」

「あー。あの2人がよく見てるね。僕も情報収集に使えるかと思ったんだけど、どうも性に合わない。ネットですら難しいのに関係ない情報ばかり流れてくるテレビ番組はちょっとね」

 ほんの数日前、空穂ちゃんには「私死んでからテレビとか見れてないの。愛美の家で一人で見るわけにもいかないし……」と言われ、来栖さんには「空穂ちゃんには楽しんでもらいたいんです」と強請られ、根負けするようにテレビを買って回線契約もしてしまった。
 2人は事務所に来るや否やテレビを付け何かしらの番組を観ているみたいだが僕は興味がないのでわからない。

「それに関しては私も同感ですわ。ただ空穂さんも愛美さんもオカルト系の物を見るのにハマっているようでして、何か仕出かさなければいいのですが……」

「あの2人そういう印象なの?」

「ええ。何かに導かれるように行動していて、私には呪いよりも不気味に見えますわ」
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