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ペンギンの回り道

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神と少女と魔術師と

通り入るep3

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 森の中をさまよい続け、辺りは暗くなっていた。
 木々の間から差し込む月の光だけを頼りに僕らは互いの存在を確認し合う。この暗さでは数メートルも離れてしまえば相手のことが見えなくなってしまうだろう。

 『手を繋ごうか』と打診したがさすがに断られてしまった。背に腹は代えられないと思うが仕方ない。

 暗闇の中当てもなく彷徨っていた僕らだが、夜に歩き回るのは危険と判断し一時的に留まることにした。

「おじいちゃん、心配してるよね」

「どうだろう?」

 「は?なに?」

 声色が怖い。表情が視認できなくて助かった。恐らく僕の方を睨みつけているのだろう。別に、散さんが華さんを心配していないとは一言も言っていない。

「スマホでもなんでもいいから時計見てみてよ」

 僕がそう言うと舞さんはスマホを付ける。
 今まで暗闇に居たため急な光は眩しく感じた。

「まぶしっ。ってか、電話で連絡取ればよかったじゃん!……圏外じゃん」

 それは僕がもう試している。超常的な現象に遭遇した時に、まずは外界と繋がっているか確認をする。今の時代、基本的には電波の届かない場所はない。しかし、霊障があるところや神聖な場所、そして異空間では電波を届ける先との境界線に阻まれ連絡を取ることができない。

「時間は……。2時!?そんなに経ってたの」
「経ってないよ。たぶん時計の表示がおかしくなってる」

 実際には時計は正しいかもしれない。この空間だけ二時になっていると考えることも出来る。

 深夜二時、丑三つ時。丑三つ時は、大体深夜二時から三十分程度のことを指す。この時間は陰の気が強くなり裏世界との繋がりが強くなってしまう時間なのだ。風水における鬼門の方角でもあるため、僕らにとっていい時間とは言えない。

「多分森に惑わされてる。深夜2時まで、つまり12時間近くとか彷徨っていたら疲れとかで流石に分かるよ」

「ってことは魔のものに……。つまり、迷って出られないこの森は時間の流れがズレてるってこと?」

 裏世界に関わる家系のものとして勉強していることもあり理解が早い。信じる、信じないは置いておいて状況を整理して理解するというのは大切である。信じられないようなことが裏世界ではよく起こる。目に見える物だけを信じるのは危険だが、まずは目に見えるものを整理する。それが一番大事。

「流石。勉強してるだけあって理解が早い」

「ってあれ?あれ何?」

 舞さんはスマホの光を使って辺りを照らす。

 舞さんが照らした先には一本の道があった。先程まで散策をした時にはあのような道はなかった。道と言うには確りとしていないが、獣道ほど荒れてもいない。一目見て道、とわかるようなものではあった。

「あれを通れば出られるってことない?道ってだけあって外に続いてるかも」

「うーん。確証はないけどここでじっとしてるわけにもいないし、とりあえず行ってみようか」

 留まっていたところから移動し、現れた道へ進むことにした。この森は裏の世界に関わる何らかの異空間になっている。
 道と言うのは人や動物の通り道として出来上がってきた歴史がある。この森の中では動物も見かけていないし痕跡も無かった。そのような中で何故道があるのか。何が通るための道なのか。慎重に今まで以上に進まなければならない。




 道の上を歩く僕達。先程まで暗かった森の中とは違い道は少し明るかった。道の周りに光があるのではなく、道自体が明るい。暗い道を歩くよりは歩きやすいが、道が光っているというのも不思議な現象である。

「なんかうっすら明るくて不気味ね」

「真っ暗な森の中よりはいいよ」

「それはそうだけど。道だけが光ってるなんてなんか怖いわ」

 不安なのか、先ほどよりも細かく僕に話しかけてくる舞さん。手を繋ぐのは嫌がっていたが、僕の服の裾を掴んでいる。逸れない様にする手段としては正しい。

『……は……が…………る』

「今、なんか聞こえなかった?」

「聞こえたね」

「もしかして出口に近づいてるのかも」

 道の先で人の声が聞こえた気がする。僕たちは立ち止まり、声を殺してもう一度耳を澄ませる。木々が風で揺れる音が聞こえてくるがその中に確かに人の声が聞こえてきた。

『……は……が…………る』

「やっぱり聞こえた。行くわよ」

 舞さんは今まで僕の後ろに居たのに、急に僕の前にを歩き始める。

『う…は……が………いる』

 聞こえる声がどんどんと近くになっていく。何を言っているのかはまだ分からない。1人ではない、複数人の声と何かが移動している足音が聞こえる。
 ふと、後ろを振り向くと道が暗くなっていた。僕たちの歩いている後方3メートルくらいから道は明るくなくなっていた。

 直感でわかる、『戻ってはいけない』道。此処が隔離された異世界ではなく、生と死の狭間の世界であったなら。戻ったあとに待っているのは死の世界かもしれない。とにかく先に進むしか道はない。

『今日は……が……通……いる』

 声が段々と鮮明になっていく。あと数メートルも進んだらはっきりと何を言っているのかが分かるだろう。

 目の前で舞さんが立ち止まった。軽快に僕の前を歩いて居たのにも関わらず急に。

「どうしたの、舞さん」

「あれ、なに」

 舞さんは前方の上の方を指さす。その指を目でなぞり僕は上を見上げた。目の前にあったのは大きな鳥居。神社の入り口にあるようなものではなくとても大きなもの。

『今日は誰が通り入る。今日は誰が通り入る』

 辺りには人の気配はない。悪い気配もない。ただ声と足音が聞こえた。急に現れる鳥居に気を取られたが何かの声は鮮明に僕の鼓膜を揺らした。
 都市伝説を調べていた時に見つけたものがある。新潟県のT市には夜になると不思議な赤鳥居が現れ周囲では不気味な声や足音が鳴るという物。

 今の状況がまさにそれだった。

 謎の声の言う『通り入る』という言葉。通り入るは鳥居の語源ともなった言葉であり神様のいる神域に入っていくという意味がある。

 今日、離君神社の鳥居を潜ったのは僕と、恐らく舞さんだけ。昼間に鳥居を潜ったあと僕たちは外には出ていない。つまり、僕たちはまだ神様の領域にいるかも知れない。

 しかし、舞さんは自分で神様からのお告げを貰ったと言っていた。このような事態に陥ったことも今までは無さそうだ。この現象のイレギュラーは僕だ。

『通り入ったのは異物。異物は消えろ。異物は消えろ』

 今までの声とは違う、よく通る声がした。声には威圧感があり、見えない存在なのに存在感があった。 気配は後ろにある。もしそこに神様がいるのならば後ろは死の世界でもなんでも無く、ただ目に見えない神の領域。

 ここの神様は縁切りの神様と舞さんは言っていた。
 この神は"僕と舞さんの縁"を切ろうとしている。このままでは不味い。舞さんは大丈夫かもしれないが、僕が相当に不味い。神に異物と認定されている。

「舞さん、走って!」

「えっ何急に!」

「とにかくあの鳥居を潜って外に出るんだ」

『よく解んないけど分かった』という声とともに舞さんは駆け出す。コミュニケーションが円滑に進んだのも持っていたルーンのおかげかも知れない。僕もゆっくりしてはいられない。たぶん狙われているのは僕だ。足に力を入れ、運動不足な自分を呪いながら鳥居まで走った。

 鳥居の近くまで来ていて良かった。もし、少しでも遠ければどうなっていたか分からない。謎の声はすごく遠くから聞こえていたが、追われていたわけでも無いのに走って帰ってきた。そうしなければならないと本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

『許さぬ……我の……』

 最後に微かに聞こえた音は何を言っているのか、よく聞こえなかった。





「「はぁ……はぁ……」」

 鳥居を潜った先は神社の入り口、鳥居の外側だった。太陽はまだ昇っている。やはり、あの空間では時間がおかしくなっていたみたいだ。なんとか、無事2人ともあの空間を抜けることができた。
 僕も舞さんも全速力で走ったため息が切れている。呼吸を落ち着かせるために地面にへたり込んだ。

「なんだったのよ……あれ……」

「僕に聞かないでよ」

 本当にただ巻き込まれただけなのだ。何と聞かれても分からない。舞さんを神社に呼びに行って、舞さんが浮遊霊を助けに突っ走り、変な空間で舞さんが歩き回り、舞さんが道をどんどん進んだ。……僕には悪いところなにもない。

「あんた、専門家でしょ。魔術師って言ってたしああいうの詳しいんじゃないの?」

「寧ろ、そっちのほうが詳しいと思う。舞さんや散さんが分からなきゃ僕はお手上げ」

 魔術師は専門家。確かにそうだがそれは自分の分野に関してである。神様に関わることは、昔から携わってきた華上家の方がよっぽど専門家と言えるだろう。
 
 それこそ畑違いだ。妖怪の専門家と未確認生物の専門家くらい違う。知らない人から見ればオカルト研究科に纏められてしまうが厳密には違うのだ。いくら魔術師が超常的な術を使えるからといって、超常的な存在に対して相手が出来るわけがない。況してや相手は神の可能性がある。ただの人がどうこうできる存在ではないのだ。

「僕がこの神社に入ったからだとは思う。僕がこの土地にとってイレギュラーな存在。一応戻ってから散さんに相談しよう」

「すごい疲れた。早く家に帰りたい」

 全くの同感である。ただでさえ運動不足の身体を酷使したのだ。明日は筋肉痛になりそうだ。子供のお守りという年齢ではないが守らないといけない責任もあった。
 
 舞さんが居なければ依頼を達成することができず、報酬も貰えない。報酬のためにも、舞さんと無事にあの空間を脱出する必要があったため精神的にも疲れた。いくら慣れているとはいえ、ストレスはストレスになる。

 僕たちは華上家へと満身創痍で帰るのであった。





 二人で帰った時、出迎えてくれたのは散さんだった。疲労困憊、満身創痍な僕らを見て『とりあえず、上がれ』と先ほどと同じ部屋へ通した。
 部屋の中で座っていると、散さんがお茶をもって部屋に入ってきた。

「それで二人して疲れて帰ってきて何があったんだ」

「たぶん、神に襲われました。あの神社で」

 僕は正直に話す。掻い摘むこともせずに起こったことを、主観だが全部伝えた。
 考え込む散さん。思い当たる節があるのか言葉も発さず、ただ悩むように、腕を組み目を瞑っている。

「あの神様はそんなことしない」

 静かになった空間に女性特有の声が響く。舞さんは机を叩き、僕の方を睨みつけてくる。確かに舞さんの中ではそういうことをする神様には思えないのだろう。それは毎日のようにあの神社に対して尽くしているから。神に認められているから。

 あの時、神様は確かに言ったのだ。『我の神子』と。神子とは神に仕える女性のことで神託などを受け取ったりする。まさに、あの神社にいる神にとって、舞さんは神子なのだ。本人が気付いているかどうかはさておき。

「君にはね。でも僕には危害を加えようとした。僕はあの神社には入れない。今回のことで分かった。分かった上で行くなんていう危ない橋は渡れないよ」

「そうか。何が起こったか私にも分からん。ただ、坊主が来ているのは丁度いい」

 丁度いいとはどういうことだろうか、異変が起こることが知れたことなのか。
 全部話したが、散さんでも何が起こったのか分からないらしい。散さんも長年あの神社に勤めているはずだが今回のようなことが起こったことはないのだろう。
 
「勉強も兼ねて二人で何が起こったのか調べてくれ。他の参拝者が来た時にも同じようなことが起こったら敵わん。これは舞を育てるためだ。依頼には違わないだろう」

 確かに丁度いいといえばいいだろう。僕の受けた依頼は、舞さんの成長を手助けすること。それに関して特に詰めることもしなかった。それが仇となり新たな厄介事を増やされる。年の功と言えば聞こえは言いがただの厄介爺であった。

「なんでこいつと」

「僕はいいですよ。流石にさっきのことも気になりますし」

 反発する舞さんを尻目に僕は散さんの言葉に同意する。依頼の契約は散さんと僕とで交わされている。その内容が舞さんに関することであっても依頼内容に口を出す権利はない。

 舞さんがここで何を言っても、散さんが折れない限りはどうにもならないのだ。そして僕も依頼主からの要求を断れない。先生の昔馴染みと言うこともあるが、依頼を白紙にされると報酬がもらえない。今後生きていくという未来のためを考えたら、先ほどの出来事よりもよっぽど生死に関わるのだ。

「そうか。舞、坊主と一緒に調べるのだ。これはお前が私の後を継ぐことに大いに役立つ。真面目に言っているんだ。坊主のそばで勉強してこい」

 祖父と孫が目を合わせ会話をしている。散さんの真面目な言葉が分かったのか、一言『分かった』と言って部屋を出ていってしまった。今度は外ではなく、自分の部屋に帰っていったみたいだ。

「とりあえず舞さんが落ち着いたら、慣れるためにもこの辺にある怪異や妖怪などを調べに行こうかと思っています。まずは裏世界の、いえ魔の世界ものについて知ることが大切ですし」

 舞さんはいい霊にしか出会ったことがないと言った。それは"良くも悪くもないそこに存在するもの"にも出会ったことがないということだ。それでは悪しきものから神を守る事はできない。

「すべてお前に任せる。舞のこと、任せたぞ」

 舞さんは神を守るために、僕は舞さんを守るために裏世界の存在と関わる依頼が始まった。
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