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ペンギンの回り道

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神と少女と魔術師と

不思議は7つで収まらずep5

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 社長は愛美の目を『ウアジャトの目』と言っていた。再生を司る目。その目がなんのか私には分からない。私が見たのは愛美と出会った日だけだ。その後は常に眼帯を付けているし、夜寝る時も夜用の外れない眼帯をつけている。愛美は眼帯を取り換える時も目を瞑っているため、私だけではなく愛美も最初の時以降、眼の確認はしていない。

 社長に経過観察で目の調子聞かれることはあるが、痛みや違和感などはないらしく現状維持で過ごしている。

「なんか、鏡の中の愛美が動いてるんだけどー!それに明日空先生も居ないしー!」

「え?居ないのあの人。何やってるのよ一番大事な時に。ってあれ?」

 鏡の中の愛美は腕を少しずつ上げていく。それに呼応したように愛美の腕も上がっていく。

「待って、なんか勝手に腕が動くんだけど」

「とりあえずここから離れよう。なんかまずそうな気がするー」

「分かった」

 鏡の中の愛美の動きがこちらの愛美にも伝染する。本来はこちらの動きが鏡に映るはずだが、反転したかのように鏡の中の愛美に現実の愛美がつられている。

 異変が起こっている時は冷静になって対処する事が大事だ。まずはこの場から一旦離れるのが先決だろう。ついでに居なくなった明日空先生も見つけ出せないといけない。

 アレだけ私たちの調査を促しておいて、異変が起こった時だけ居なくなるのは流石におかしいでは済まない。確実に何かを狙っているとしか考えられないのだ。それが何かは分からずとも愛美の目が普通じゃないことは分かっているだろう。
 私が幽霊ということも既に知っているわけで、今回の七不思議を利用して何を企んでいるのだろうか。

 それも踏まえて、愛美と一度話し合う必要がある。

「愛美、早く鏡の前からどかないとー」

 愛美は鏡の中に映る自分を見つめたまま一歩も動かない。鏡の中の愛美は徐々に愛美が付けている眼帯に手を伸ばした。

「動けない……」

「え?」

「動けないの!多分鏡の中の私が足を動かしてないから、この場から動けない」

 鏡の中で動いているのは腕のみ。その腕も眼帯を掴んでおり、現実の愛美も眼帯に手をかけている。
 未来へ導く鏡。その正体は分からないが、今は愛美をどうにかしないといけないという危機感知センサーが反応している。いつもなら、こんな事態が起こる前に分かるのに今回に限って危機管理が出来なかった。

「待って待って」

 愛美は力を入れて身体の制御をしようとするが、身体の支配権は鏡の中の愛美にあるようで身体を強張らせる程度にしかなっていない。

 そして遂には眼帯を取り外した。

 鏡に映っていなかった部分である眼帯に隠された眼はしっかりと閉じられていたが、今は鏡に映っている。鏡の中の愛美はゆっくりと左目を開けた。それと同じように現実の愛美も目を開いた。

 見つめ合う愛美と愛美。繋がり合う人間の目ではない鳥の目。魔眼や神眼とも言われる魔力を持った目が愛美の目だ。社長の眼帯によって動きなどが停止させられているとは言え少しずつ漏れ出す魔力によって、魔術師などにはその存在が分かってしまう。ただでさえ抑えきれないものを開放してしまったら、大きな力が愛美に降りかかる。

「あ、愛美?大丈夫ー?」

 自分の左目を、自分の左目で見てしまった愛美は何も言わず無言で佇んでいた。今の私は鏡の中が直接見えず、愛美の横顔しか見えていない。愛美がどのような表情をしているかも微かにしか分からないが1つだけはっきりと分かるものがあった。

 床に滴るは鮮血。頬を伝い、床へと流れ落ちる少なくない量の血。出どころは愛美の左目であった。

「愛美!愛美!大丈夫!?」

 声をかけても反応がない。口が微かに動いて何かを呟いている。死んでいるわけではなさそうだが一刻も早くどうにかしないといけない。愛美に触り、どうにか動かそうとするが全く動かない。その間も愛美はうわ言のように何かを呟いている。

「導き……未来……目的は……照らす……太陽の……」

「なに?何言ってるの?愛美?大丈夫?」

 うわ言のように呟く言葉は単語しかなく何を伝えたいのか分からない。ただ尋常じゃない様子なのは確かである。この場には私一人しか居ない。私がどうにかしなければ愛美がどうなるか分からない。

「どうかしましたかぁ?」

 聞こえた声の方を振り向く。階段の下から明日空先生が此方を見ていた。先程と同じようなニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべて。
 その顔をみた瞬間、今までに感じたことのない怒りを覚えた。友達と喧嘩をしても、親に怒られても感じなかった怒り。生きている時には感じることのなかった感情を今、感じている。

 この状況になって出てきたこの男。すべて分かってやっている。愛美がおかしくなる状況も踏まえて目的は分からないが、利用されていたのだ。

「どうしたって……どこ行ってたんですか!」

 怒りに身を任せ、大きな声で怒鳴る。私自身もこんな大きな声が出せたのかと驚いている。

「いやぁ、鏡の件は役に立たなそうなので少々お手洗いにぃ」

 白々しい。とても白々しい。七不思議を調べると言っておいて、調べている最中に居なくなるなどありえない。どうしてゲティさんはこんな男に連絡をしたのか分からない。もしかしたらこの男が怪しい人物だということに気づいていないのだろうか。

「それよりどうしたんですかぁ?そんなに焦ってぇ」

 今はこの男のことよりも愛美をどうにかしなければならない。左目からは止め処なく血が流れ落ちている。このままでは出血多量になってしまい、目の事関係なく死んでしまう。
 何がなんだか分からないが背に腹は代えられない。

「愛美が鏡を左目で見ちゃってうわ言を呟きながら左から血を流してる!」

 私の言葉を聞くやいなや、明日空先生は今まで見たことのないような俊敏さで階段を登って愛美の前に立った。

「ほう……。これはなかなか……、まずい状況かも知れませんねぇ」

 一瞬、愛美の目を確認した明日空先生は、白衣を脱ぎ、愛美の顔を隠すように被せた。その瞬間、愛美の身体は崩れ落ちる。動くようになった愛美の身体は力なく、その場に倒れるしか無かった。

 「愛美!」

 私は愛美に声を掛けるもその返答が返ってくることはない。呼吸はしているが、意識がなくなっている。先生が愛美に触ろうとする。ここから何かをしようとするのだろうか。

「愛美に触らないで!」

 愛美が動けるようになったのは感謝することかも知れない。ただ今の状況は間違いなくこの男が引き起こしたこと。どう見ても怪しい男にこれ以上好き勝手させるわけにはいかない。
 愛美を守る、そんな使命感だけで私は動いている。

「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!私は医者です!今、来栖さんは血を流しているでしょう。大事なことを見失ってはいけませんよ」

 本日初めて聞く先生の怒号。今大切なことはこの先生から愛美を守ることではなく、愛美を助けること。どうして先生が愛美を助けるのか、正直分からないが今は縋るしかない。
 先生は鏡に背を向け自分が映ることを防いで愛美を移動させる。

「怒鳴ってしまってすみませんねぇ。とりあえず、保健室に運びましょう。幸いにもここからは近いですぅ」

 明日空先生は愛美を背負い保健室へ向かった。「セクハラとか言わないでくださいねぇ」なんて冗談をいいながら。
 私は終始戸惑っていた。愛美が不思議な現象に巻きこまれた事もそうだが、言ってしまえば敵だと思っている明日空先生の迅速な行動にも。この状況を意図して引き起こしたのならばここで私たちを助けるのも計算の内なのだろうか。
 
 疑うばかりが良いことではないのは分かっているが最初から思い返すと先生の行動には不自然な点が多かった。答えを知っているのに調べ始めた七不思議。知識を元にした仮説。鏡の件では居なくなったと同時に愛美に起こる異変。
 怪しい点を上げればきりが無い。

 しかし、今の状況どうにかできるのは目の前で愛美を背負いながら歩いて保健室へ向かっている明日空先生だけだ。余計なことを言わずに見守るしかない私は歯がゆさを覚えていた。




「ベッドには寝かせましたが、目の出血がひどいですねぇ」

 養護教諭として保健室の鍵は常に持っているらしく、愛美をベッドに寝かせるのはとてもスムーズだった。ベッドに寝かせたあと、左目を指で開閉し確認していた。

「あの、愛美の目を見ても大丈夫なんですかー?」

 愛美は自分の目を見て倒れた。初めて私が見た時は一瞬だったし、まだ発症して間もない頃だったから大丈夫だったのだろう。目から血を流すのは尋常じゃない出来事であり、それを引き起こした目を見ていいのかは単純な疑問だった。

「本人に意識が無いようなので大丈夫みたいですぅ。今のうちに治療をするので何が起こったか教えてください。それを聞きながら治療しますので相槌などなくても話し続けていてください」

 先生が居なくなった後のことを話す。先生が居なくなったことに気付いた私が愛美に声をかけるも、その時には愛美はお呪いを唱えていた。その後、鏡の中の愛美に連動するように現実の愛美が動き出して眼帯を取り、目を見つめて譫言をいいながら血を流した。先生が居なくなって起こったことだと強めにいいながら説明をした。

「役に立たないと思ってトイレに行ったのがこんな結果を招くとは……。すみませんねぇ。それで譫言とはなんと言っていたか分かりますかぁ?」

「確か『導き、未来、目的は、照らす、太陽の』って言ってましたー。単語だけだったので全部覚えているか怪しいですけどー」

「ふむ、社長はこの目について何かご存じでぇ?」

「社長はウアジャトの目って言ってました」

 言っていたのは一ヶ月前だし、その時も確実ではないと言っていた。その後何もなかったため改めて聞くことはなかったのだ。

「ウアジャトの目?あのホルスのやつですか?それまた何でですかぁ?」

「月をみて毎日祈っていたらお母さんが回復したとか何とかって言ってましたー。一ヶ月くらい経ったら目が変わってたって」

「多分偶然でしょう。私もそんなに詳しくはありませんがぁ、先ほど言っていた譫言からするとウアジャトの目ではないと思いますよぉ」

「じゃあなんなんですか?」

「導きとか太陽に関係する鳥といえば八咫烏でしょう」

「八咫烏?」

「八咫烏は日本神話に登場する三本足の鳥ですねぇ。人を導く太陽の化身と言われていますぅ。今の来栖さんにぴったりでしょう?鏑木さんも来栖さんに導かれるようにして行動することがあったのでは?」

 ウアジャトの目とか八咫烏の目とか言われても私には正直よく分からない。愛美の左目が普通の目じゃないと言うことくらいしか理解していない。その種類などはどうでもいいのだ。愛美が愛美であることには変わりないのだから。

 導かれるというのが何かは分からないが、今回の依頼も愛美が「私たちでやればいい」という一声から決まっていった。それ以外にも、今日も率先して行動をしていたし、導いていると言われればそのような気もする。

 愛美が見ているものに触れられるのも、私が触れられるように導いて居たからと考えることもできる。

「それじゃー何で愛美は目から血を流したんですかー?」

「導くというのは他者を目的地に誘うという意味でもありますぅ。太陽の化身として目的地を照らし、そこへ誘う。あくまで他者であり、自分自身を導くことはできません。その矛盾から、太陽を肉眼で見てしまったように目が焼かれてしまったのではないでしょうかぁ?あくまで仮説ですがぁ」

 先生は大まかな処置を行い、愛美の目には何時もつけているものではない医療用の眼帯を付けた。

「そういえば私は魔術師なんですが」

「はい」

 私の方を向いて話しかける明日空先生。実際、この人が魔術師なのは自称であって本当かどうかわからない。魔力のある人間には私の姿が見えるらしいのでただ魔力を持っているだけの人間の可能性もあるのだ。

「何となく雰囲気でわかりますよぉ。お二人とも、私のこと疑っているでしょう?」

 否定できる要素が1つもない。現に2人で明日空先生を疑っていたし、なんなら今でもしっかりと疑っている。処置をしてくれた事は有り難いが今すぐ愛美を連れて逃げ出したい。

「この風貌でこの喋り方ですし仕方ないですが少し傷付きますねぇ。汚名返上、というわけではないですがぁ私の魔術を見せてあげますよ。安心してください、私は医者なので危害を加える事はありません」

 明日空先生はポケットから一本の長い鍵を取り出した。その鍵は闇夜の蛍の光のごとく、淡い光を纏っていた。その鍵には蛇のようなものが巻き付いている彫刻がされており、鍵としての利用価値はなさそうだが芸術的価値は高そうに見えた。

「この鍵は私の使う魔術に必要な杖のようなものですぅ。これでも本物の一部なんですがそれでも絶大な力がありますぅ。どんな傷も癒やす魔法の杖。アスクレピオスの杖ってご存知ですかぁ?」

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