化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
30 / 162

★化け物バックパッカー、天の川を渡る。【後編】

しおりを挟む
 
 坂春は手元の懐中電灯を手に、テントから飛び出し、その何かに懐中電灯の光を照らした。

「……七夕の……笹の葉か?」

 坂春はその笹の葉を手に取り、全体をじっくりと眺めた。
 その笹の葉はおよそ150センチと、普通の笹の葉よりも小さいサイズだった。

 にょき

「キャッ!?」「ぬおっ!?」

 笹の葉の先から、何かが生えてきた。
 タビアゲハは垂直に飛び上がり、坂春はのけぞるのけぞるように驚いた。
 しかし、それでも笹の葉を手から放そうとはせずに、しばらくするとふたりは生えてきたものに目と触覚を向けた。
「コレッテ、オ願イ事ヲ書ク紙……」
 生えてきたものには、文字が書かれていた。

【みんなのところに連れて行ってください】

「短冊だな……まさかだとは思うが……おまえは変異体か?」
 坂春は笹の葉に向かって語り掛けると、うなずくように笹の葉が縦に揺れ、今度は別の先から短冊が生えた。

【一応、変異体です】

「みんなとは、誰のことだ?」
 次に生えた短冊には文字が生えておらず、代わりに地図のような図が書かれていた。
「矢印ノ方向ニ歩ケバイイノ? デモ、コノ波線ッテ……」
「川という意味だったら、橋を通らないとだめじゃないか? それに、明日の朝にはできないのか?」
 心配はないと首を振るように笹の葉は横に揺れ、答えの短冊がふたつ生える。

【川は浅いから大丈夫】

【今すぐでも、みんなに会いたい】

 その言葉を見たタビアゲハは、笹の葉の変異体の気持ちに気が付いたように口を開け、坂春の顔を見る。
「坂春サン、連レテ行ッテアゲテモイイ?」
「そうだな……本当は夜中に歩くのは危険だが……ここにいても眠れないだけだからな……」





 暗闇の中を、一本の懐中電灯が輝く。
 横を見れば、竹と暗闇のしまもようが点滅を繰り返す。

 坂春は懐中電灯を、タビアゲハは笹の葉の変異体を抱えて歩いていた。

 さらさらと、川の流れる音が聞こえてきたころ、懐中電灯は小さな川を照らした。



「ンッ……」

 タビアゲハははだしを小川の水につけると、少しだけ体を震わせた。
「こけてローブをぬらさないようにな」
 坂春は右手にシューズとブーツを持ち、左手で懐中電灯を前に向けたまま後ろを確認する。
「ウン、ワカッテル」
 そう答えるタビアゲハの手には、ちゃんと笹の葉の変異体がある。

【ここのあたり、お気に入りの場所】

「また何かを言っているのか?」
 短冊が生える音を聞いて、坂春はタビアゲハに確認を促す。
「コノ当タリッテ、コノ人ノオ気ニ入リノ場所ダッテ」
「ということは……このあたりに住んでいたのか?」

【お母さんとお父さんと、お兄ちゃんと弟と、いっしょに】

「……ダッテ」
 これ以降、タビアゲハの通訳は省略する。
「それなら、おまえが行きたいっていう場所は……」
「……!! オジイサン、川ヲ見テ!!」

 タビアゲハの声に、坂春は小川に懐中電灯を向ける。



 懐中電灯の光は、小川に浮く赤色を照らしていた。



 それは、短冊だった。



 子供の書いたものなのか、大人が書いたものなのか、



 水ににじんでわからないまま、坂春の両足の間をすり抜けていく。



 なぜ短冊が川を流れていくのか、理由を考察する間もなく、



 青、紫、緑、黄緑、黄色、オレンジ、白、黒、金、銀、赤……



 さまざまな色の短冊が、願い事を載せて、流れていく……



【お母さんの、短冊かも】

 笹の葉の変異体が、短冊を生やして説明する。
「コレ全部……オ母サンガ書イタノ?」
 タビアゲハの質問に、笹の葉の変異体は横に揺れて答えた。

【お母さんは笹の葉を作る仕事をしている】

【幼稚園に飾った短冊を、子供たちが大きくなるまで家に置いている】

「デモ、ドウシテ流レテイルンダロウ……」

【大きくなったら、お母さんの家に集まって、みんなで流すの】

「なんだか校庭に植えるタイムカフセルみたいな習慣だな」

 坂春の年代ではないふたりには理解できないのか、笹の葉の変異体とタビアゲハは、枝と首をかしげた。





 やがて、懐中電灯の光は小川を移さなくなった。

 少し進んだところで光は立ち止まり、坂春とタビアゲハの足元を照らす。

 ふたりが靴を履くと、再び光が動き出した。





「ふう……ちょうどいい運動にはなったな」
 ひたいの汗を温いながら、坂春は光が照らす建物を見つめている。
 その建物は、小さなログハウスだった。玄関の側には笹の葉が立てかけられており、窓は暗闇しか移していない。
「ココマデ来タケド……ドコニ置イタライイノ?」
 タビアゲハがたずねると、笹の葉の変異体は指をさすように、枝の先を曲げる。
「……玄関の笹の葉の近くがいいんだな?」
 縦に揺れたことを確認したタビアゲハは、他の笹の葉が立てかけられている場所の隣に、そっと変異体を立てかける。

 立てかけられた笹の葉の変異体は、ただ一言、

【ありがとう】

 短冊を生やした。





 暗闇が消えていこうとしていた時、まるでもう十分だろうと言わんばかりに、雲が離れていく。

 竹林を流れる小川に朝日が差し込んだころ、人影が小川に近づいてくる。
 黒いローブを身にまとった少女……タビアゲハだ。

 タビアゲハは小川の元にたどり着くとしゃがみ込み、小川に手をつける。まぶたを閉じ、まるでその温度を味わうかのように。

「タビアゲハ、なにしているんだ?」
「キャッ!?」
 後ろから聞こえてきた声に、タビアゲハは素早く立ち上がった。
 恐る恐る振り返ると、後ろに坂春が立っていた。タビアゲハは緊張のガス抜きと安心の一息をはく。
「ビックリシタ……坂華サン、起キルノ早イネ……」
「ああ、あの夜はすぐに寝られたんだが、なぜだかすぐに目が覚めてな……タビアゲハの姿がなかったからちょっと慌てたぞ」
「ゴメンナサイ……ドウシテモ、考エタイコトガアッテ……」
 タビアゲハは後ろに手を組むと、小川をチラリと見てから坂春に笑顔を向けた。

「私タチ、天ノ川ヲ渡ッタンダヨネ」

「……? なに言っているんだ?」
 坂春の目の瞳は、ゴマ粒になっていた。
「7月7日ハ、互イニ天ノ川ノ向コウ側ニイル、オリ姫トヒコ星ガ出会エル日……昨日ノ夜ト重ナッチャッテ」
 しばらく首をかしげたのち、坂春はようやく納得したように、そして申し訳ないように「ああ……」とつぶやいた。
「言い忘れていたんだが……ふたりが会うのは天の川の橋の上なんだ。片方がもう片方に会いに行くわけではないんだぞ」
 タビアゲハは関心したように口を開き、数回うなずく。
「ソレデモ、私タチハ渡ッタヨ。アノ時天ノ川ッテ頭ノ中デ考エタ瞬間ダケ」

 そう言いながら、坂春から小川へと体を向ける。





 そして、タビアゲハの笑顔は消えた。



 小川の上流から流れてきたのは、黒い液体……



 ふたりの前に通った時に見えたもの……



 それは……いくつかの笹の葉の枝と、短冊だった。



 坂春は思わず、枝の一本をつかみ、引き上げる。



 枝の切れ目からは、血液のように黒い液体があふれ出る。



 その先には、短冊が……生えている。





【みんなは……どこ……?】





 竹林の中にあるログハウス。
 その前に、一台の車が止まる。

 音に気がついたのか、ログハウスの玄関の扉が開き、質素な服装の女性が現れた。

 車から降りてきたのは……モデルプロデューサーである、細目の青年だ。




「母さん、変異体にあったの?」
 ログハウスの中のテーブルで、紅茶を口にしていた青年が聞き返す。
「ええ……笹の葉のような、化け物だったわ」
 女性はテーブルに肘をのせ、ため息を交えながらうなずいた。
「他になにか特徴は?」
「特にないわ。少し小さいだけのなんの変哲もない笹の葉。でもひと目見ただけで悲鳴が上がりそうで、心臓が破裂しそうだった……それに、切ったら黒い液体がでたのよ」
「……切ったってどういうこと?」
 クエスチョンマークを出しそうな表情でたずねる青年に対し、女性はキッチンの方向を見た。
「本当なら警察に捕獲してもらうべきだったろうけど、あの時は頭がおかしくなりそうで……訳もわからずに千切りしていた……そして、川に流した」
「……」
「あたしって、やっぱり狂っているよね。昨日来ていた大学生の子を見ていたら……あの子を思い出しちゃって、ただでさえ疲れていたのに……」
 女性の話を聞いた男は、「そうか……」とつぶやきながら、後ろを振り向いた。

「あれからもう半年だったね……あの子が行方不明になって、母さんが父さんと別れたのは……」



 男の目線の先に、1枚の写真立てがある。



 幸せそうにほほえむ父親と母親。



 少し照れているように頭をかく青年。



 その下で、元気よくピースサインをする少年。



 その隣にいる……笑顔の少女。



 小学生ぐらいの体形に不釣り合いな長い髪は、まるで笹の葉のようだった。





「タビアゲハ、気が済んだか?」

 ログハウスの窓の外からのぞいていたタビアゲハに、坂春は声をかける。

 タビアゲハは坂春を向いてうなずくと、ふたりは何も言わずに歩き始めた。





 竹のならぶ道を進む途中で、タビアゲハは空を見上げた。





 今日の空は、願い事が届きそうなほど、晴れていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...