31 / 162
化け物バックパッカー、空を飛ぶ。【前編】
しおりを挟む森の中にある展望台。
そこから伸びているレール。
その先には、ゴンドラ乗り場が設置されていた。
無人の受付に、あるひとりの少年がたずねてきた。
「無人って珍しいものだな……」
中学生ぐらいの年齢だと思われる少年の服装は、はっきり言って奇抜だった。
そのズボンが異常に大きく、それを無理やりベルトで止めているようだったからだ。
「ちょっとすまない」
後ろから声をかけられて、少年は背筋を伸ばした。
恐る恐る振り返ると、そこにはふたりの人物が立っていた。
ひとりは老人だった。
若者の好みそうな服装はいわゆる親近感を与えるのかもしれないが、この老人、顔が怖い。別に威圧感を与えているわけでもないのに、それが余計恐怖を与えてくる。その背中には黒いバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーである。
もうひとりは、黒いローブを身に包んだ少女。
顔はフードで隠しており、女性らしい体つきもよく見ないと確認することができない。その背中には、老人のものよりも少しだけ古い、黒いバックパックが背負われていた。
「ここのリフトは乗る人数ではなく、1台で300円かかると書いてあるが……具体的にはどういうことだ?」
老人は立て札に指を指しながらたずねる。少年は立て札を見ると、老人の言っていることを理解したようにうなずいた。
「そ……そうですね。ひとりで1台に乗ると300円、3人で1台に乗っても全員で300円、3人でそれぞれ3台に乗ると全員で900円かかります」
「なるほど、とにかく1台で複数人で乗るとお得というわけか。まるでタクシーだな」
老人の隣の少女も、理解したように黙ってうなずく。
「は……はい。でも、僕はひとりで乗りたいので……それじゃあ……」
そう言って、少年はゲートの挿入口に100円玉を挿入し始めた。
「ちょっと少年、最後まで聞かないか」
再び背筋を伸ばす少年。
「俺は別にどっちでもいいが、この子が3人で乗ったほうが費用が浮くと騒いでいてな」
その言葉に、ローブの少女は初耳だと言うように老人に顔を向ける。
「……彼女、驚いていますけど」
「まあ、俺がカミングアウトするとは思っていなかったからな。そうだろ?」
ローブの少女は必死に首を横に振った。
「……がっつり否定しているんですが」
「まあどちらでもいいだろう。ちょっと乗せてくれんか」
「い……いやですよ。僕はひとりで……」
「おまえさんが“変異体”だからだろう?」
図星だ。老人の言葉は少年の思考を数秒ほど止めることができた。
「大丈夫。俺は変異体を見ても平気だ。もっとも、わざわざ見せる必要はないがな」
「あ…….あ……あの……」
「ん? どうしたんだ?」
「……ど……どうか……」
少年は体を震わせながら膝をつき、土下座を行った。
「通報だけは……しないでください……」
「通報したら俺らが困るだけだし、土下座までしなくてもいいんだが……」
老人は対処に困るといった表情で頭をかいていた。
「……」
その少年に、ローブの少女は近づいた。
彼の前でしゃがみこみ、そっとフードを下ろした。
「……!?」
「心配シナイデ、私タチハ通報スルツモリハナイカラ」
奇妙な声で、少年に語りかける。
その少女は影のように黒い肌を持ち、眼球が入っているべき部位から、触覚が生えていた。それは閉じると引っ込み、開くと出てくる。彼女も変異体だった。
やがて、ゴンドラは動き出した。
そのゴンドラに乗っていたのは、少年、老人、そして変異体の少女だ。
「……あ……あの……」
少年はやや緊張しながらも、親近感があるように変異体の少女に向かって話しかけた。
「ナニ?」
「変異体なんですよね? それで……見つかってしまうとか……考えたことは……」
フードを被っている変異体の少女は思い出すようにうつむき、頬と顔を上げた。
「見ラレチャッタコトハアル」
「実際に!?」
「ウン……ダイタイハ同ジ変異体ダッタリ、変異体ヲ見テモ平気ナ人ダッタリダケド……1回ダケ、警察ニ見ツカッタコトモ……」
「……」
余計なことを聞いたと言わんばかりに頭を下げた。それを見た変異体の少女は心配させないために首を振った。
「アノ時ハビックリシチャッタケド、ソノオカゲデ出会エタ人モイタ」
「そ……そうですか……」
少年は目線を、変異体の少女から老人に移した。
「おじいさんは、どうして彼女と行動しているんですか? もしも変異体だってわかったら、あなたも捕まってしまいますよ?」
老人は少年の言葉をうなずきながら聞き、時々笑った。
「捕まるか……確かにそれも考えられるな」
「確かにって……考えてなかったんですか!?」
「ここ最近は……だな。ちょっとプライベートな事情で彼女と旅をしているんだが……それをある男に話したら笑われたから控えさせてもらう」
「別ニ……オカシイコトジャナイト思ウケド……」
変異体の少女と老人の頭には、その男に笑われたことを思い出しているのだろう。無論、少年がそれを想像することはできなかった。
「おおっと、例を言うのを忘れていたな。この子のワガママに付き合ってくれてありがとう、少年」
その老人の言葉に、変異体の少女は不機嫌そうに唇をとがらせた。
「ワガママ言ッテナインダケド……“坂春”サンニ急ニソンナコト言ワレテ困ッタノニ……」
「まあまあ、“タビアゲハ”もそろそろ節約することを学んでいかないとな」
ふたりの掛け合いに、少年は少しだけほほえましく口を緩めたが、何か聞きたいことを思い出して、手をたたいた。
「そういえば、どうして僕が変異体とわかったんですか!?」
「どうしてって……それを見れば一目瞭然だろう」
坂春と呼ばれた老人は、少年のだぶだぶのズボンを指で指した。
「あ……これは……」
「この町ではもうウワサが広まっているからな」
「……」
「まあ、心配しなさんな。俺たちはたまたま居合わせただけだ。通報なんかしたらおまえにこの子とそれに付き添っている俺の特長を話されてしまうというデメリットしかないんだからな」
それを聞いた少年は、何かを決心しようとしてうなずき、それを躊躇するように微かな声でうなる。
「……ドウシタノ?」
心配するタビアゲハを見て、少年は急に頭をかき始めた。
「……いえ……あの……おじいさん……坂春さんでしたっけ? 坂春さんが僕のことを通報することにデメリットがないって言ってましたよね。だったら、僕がここに来た理由を話すのも、デメリットはありませんか?」
坂春は首をかしげる。
「……デメリットがないことはないだろう……メリットがないこともないが」
「サッキカラ、デメリットトカ言ッテイルケド……デメリットッテナニ?」
少年は再び黙り、しばらく目を閉じたのち、決心したようにうなずいた。
「デメリットとは短所のことで……」
「話します! 僕がここに来た理由!!」
「うおっ!!?」「キャッ!!?」
突然の少年の大声に、ふたりは席から飛び上がった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる