化け物バックパッカー

オロボ46

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★化け物バックパッカー、変異体の巣を歩く。【1】

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 真夜中の街に、パトカーのサイレンが鳴り響く。

 そのサイレンは、振り替えらずに走る者を追いかける。

 走る者は、大きな布で体を包んでいるが、

 走るのに夢中で、体の一部が露出している。



 突然、走る者は宙を舞った。

 走るために必要な足の片方が、走る者から引き離されていく。

 黒い液体をはき出す右足には、弾丸が埋まっていた。





 場所は変わり、ここは路地裏。

 そこに、ひとりの少女が立っていた。

 その少女は黒いローブを着ており、顔はフードに隠れて見えない。
 背中には、黒いバックパックが背負われている。

 少女は塀に手を当て、何か……恐らく、冷たさを感じている。

 そこに、もうひとりの人物がやって来る。

 足音に気づいた少女は、それが聞こえてくる方向を見て、口を開けた。

「“坂春サカハル”……サン?」

 立っていたのは、老人だった。
 服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンド。
 そして、顔が怖い。
 背中には少女のものと同じバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーである。

「ドウシテココニ来テイルノ?」
 少女は老人に尋ねる。その声は震えており、人間の声とは思えないような声質に聞こえる。
 “坂春”と呼ばれた老人は手に持つコンビニの袋を上げながら、
「さあな」
 と答え、少女とは反対側の塀にもたれかかった。
「タビアゲハ、今から寝るところだったか?」
 タビアゲハと呼ばれたローブの少女は首を振り、ほほ笑んだ。どうやら坂春とは知り合いで、なおかつ彼の突然の訪問が迷惑とは思っていないようだ。
「チョット寝ルノニハ早イカナッテ思ッテ……モウチョット街ノ中ヲ見テ回ロウカナッテ考エテイタトコ」
「そうか。それじゃあ、ちょっと休ませてもいいか?」
 タビアゲハがうなずくと、坂春はその場にあぐらをかいて座り込んだ。タビアゲハも体育座りでその場に座った。

「さっき、買い出しにコンビニに行っていたら懐かしい場所を見かけたんだ」

 コンビニ袋から取り出した缶コーヒーのふたを開けながら、坂春はつぶやいた。
「ナツカシイ場所?」
 興味をもったタビアゲハに見つめられた坂春は、右を向き、懐かしむように口元を緩めながらコーヒーを喉に通す。
「……ふう、特に大したことはないんだがな……単なる廃虚だ」
「ソレデモ、坂春サンニトッテハ懐カシイ場所ナンデショ? 中ニ入ッタリシタ?」
 缶コーヒーを飲み干した坂春は笑みを浮かべながら、地面に置いたコンビニ袋を持ち上げた。

「そうしようか迷いながら歩いていたら、ホテルを過ぎてここまで来てしまったんだ」



 その時、ふたりは同時に立ち上がった。

 パトカーのサイレンが聞こえてきたからだ。



「……コノ音、パトカーダヨネ?」
「ここにいては怪しまれるな。落ち着いて、ここから離れるぞ」

 ふたりが立ち去ろうと歩き始めた時……

 ドサッ

 後ろで何か物音がした。

 暗闇だというのに、タビアゲハは「アッ」と声を上げて、物音がした方向に駆けだした。

 坂春が懐中電灯を取り出し、照らした先にいたのは……



 オレンジ色の肌をした、男だ。

 背丈は低く、まるで子どものような体形。

 それに不釣り合いな、アゴから生えているひげ、そして、筋肉質ながらも細い手足に、悪魔を思わせる先のとがった尻尾。

 この世界では“変異体”と呼ばれている、化け物だ。



「タ……タスケテ……」

 タビアゲハよりも低い、震えた声で助けを求める変異体の右足は、なかった。

「ダイジョウブ!?」
 右足から黒い液体を流している尻尾の変異体に近づくタビアゲハに対して、坂春は後ろを振り返り、すぐにふたりに声をかける。

「ふたりとも、奥に行け……!!」





 しばらくして、ふたりの警官が路地裏に入った。

 やがて、暗闇の中から坂春の罵声が聞こえてきて、警官たちは路地裏から退散して行った。





「もうだいじょうぶだぞ」

 路地裏の奥に坂春が懐中電灯を向けると、そこには壁に全身を付けているタビアゲハの姿があった。どうやら暗闇と同化しようと試みたらしい。

「警察……イッタ?」
 顔を上げたタビアゲハに、坂春は上を見上げながら上機嫌に答えた。
「ああ、俺の頑固家主の名演技がうまくいったな」
「私……隠レルノニ必死ダッタカラアマリ聞コエテナカッタケド……“ヤヌシ”ッテコノ近クノ家ノ持チ主ノコトダヨネ?」
 壁に手を付けたまま、タビアゲハは首をかしげる。
「上を見ろ」

 坂春に言われるままに、タビアゲハは上を見上げた。

 そこには民家の2階の窓が見えていたが、電気は消えていた。

「電気が消えているということは、その家主が近くに出かけているか、旅行に行っているわけだ。だから、俺が家主のフリをすれば……」

「……1階ニイルンジャナイ?」

 タビアゲハの指摘に、坂春は言葉を失った。

「ア、アノー、家主トカドウデモイインデ、ソロソロノイテクレマセンカ?」

 ローブの中から聞こえてきた声に、タビアゲハは慌てて塀から離れた。

 そこにいたのは尻尾の変異体。タビアゲハのローブの中に隠れていたのだ。
 先ほどはなかった右足が、いつの間にか生えている。

「足ハ……モウダイジョウブ?」

 タビアゲハの気遣いに、尻尾の変異体は「大丈夫デス」と答え、坂春とタビアゲハのふたりが目線に入る位置に立った。
「アリガトウゴザイマシタ。アナタタチガイナカッタラ、今頃僕ハ……」
「ありがちでも礼を言うことはいいことだが、早いとこ隠れた方がいいぞ」
 坂春の言葉を聞いた変異体は一礼して、何かを思いだしたように「ア」とひと声上げた。
「シマッタ……布ヲドコカニ落トシタミタイダ」
「布ッテ、体ヲ隠スタメノ?」
「エエ……早クシナイト、門限ガ……」
 変異体の言葉に、坂春は眉をひそめた。
「門限?」
「ハイ、僕ハコノ近くノ“変異体ノ巣”カラ来タンデス」
 坂春は「この近くとなると、あそこ以外ないか……」とつぶやいた。
 それを見たタビアゲハは首をかしげながらたずねる。
「変異体ノ巣ッテ……ナニ?」



「変異体の巣……一言で言えば、変異体たちが集まった集落のようなものだ」





 路地裏から離れた場所にそびえ立つ、ひとつのビル。

 塀に囲まれたそのビルは薄汚れており、窓には青いビニールシートで中が見られないように設置されている。

 明らかに廃虚と分かるビルの入り口の前には、閉じられた網目状のフェンスが立っており、そこには【立ち入り禁止】という立て札がかけられていた。

 そのフェンスから反対側の堀にある、大人がギリギリくぐれそうな小さな穴。

 穴をふさいでいた木箱がどけられ、穴からふたりの人影が塀の中に侵入した。



「ココガ……変異体ノ巣?」

 廃虚を見上げながら、タビアゲハは坂春に確認する。

「ああ。変異体の巣は人目につかないところにある。他には下水道とか街外れの洞窟とかな」

 坂春が説明していると、彼のバックパックがもぞもぞと動き出した。

「アノー、ソロソロ出テモ大丈夫デショウカ」
「ああ、すまん。もう大丈夫だぞ」

 バックパックを下ろし、チャックをあけると、そこからオレンジ色の尻尾が現れ、もぞもぞと尻尾の変異体がはい出てきた。

「本当ニアリガトウゴザイマシタ。モウ“彼女”ト会エナイカト……」
 尻尾の変異体はふたりに向かって再びお辞儀をした。先ほどと違うのは、言葉の最後で目元を指でこすったことだ。
「カノジョ?」
 タビアゲハがたずねると、尻尾の変異体は瞬きをしながら「ハイ」と答える。
「彼女ハ僕ノ恋人デス。彼女ニアゲルプレゼントヲ取リニ出テイタンデス」
「それで、肝心のプレゼントはあったのか?」
「コノ通リ、シッカリ持ッテイマシタ」
 そう言って、変異体は手のひらを広げた。

 乗っていたのは、【ひまわり】と書かれた袋だ。

「ひまわりのタネか」
「実家ニ残ッテイタモノヲ持チ出シタンデス。彼女、ヒマワリヲ見タコトガナイト言ッテイマシタカラ」

 タビアゲハの目線は、ひまわりの種ではなく、変異体の尻尾に向けられていた。
「ドウカシマシタカ?」
「……ア、ウウン。ナンカ知リ合イニモコンナ尻尾ガ生エテイタナッテ思ッテ……」

 変異体は最後に「ソレデハ」と言ってまたお辞儀をして、暗闇に立ち去った。




「ネエ、坂春サンモ入ラナイノ?」

 きびすを返し立ち去ろうとした坂春に、タビアゲハが後ろから話しかけた。
「な……なにを言い出すんだ!?」
 驚き振り向いた坂春に対して、タビアゲハは再び廃虚を見上げる。
「ダッテ、中ニ入ロウカ迷ッテイタッテ言ッテタカラ。ダッタラ入ッタ方ガ、モヤモヤシナクテイイデショ?」
「それもそうだが、中はさまざまな変異体が集まってきているんだ。人間に恨みを持っている者もいるぞ」
 真剣に事情を話す坂春に対して、タビアゲハは恐れる様子もなく振り向いた。
「ソレナラ、私ノロープヲ貸シテアゲル」
「そんなことをしたら、タビアゲハが……」
 困惑するように頭をかく坂春だったが、ふと何かを理解したように動きを止める。
「……おまえが中に入りたいだけだろ」
 的を射られたタビアゲハは照れるように地面を見て、体を揺らした。
「坂春サンガ変異体ノ巣ノ話ヲシテカラ、気ニナッチャッテ」
「あのなあ……好奇心があるのはいいが、そう観光気分で……」

「観光気分で来られると迷惑するんだがな」

 突然、第三者が話に割り込んできた。

 坂春が前方に懐中電灯を向ける。




 ターバンのように布をまいた青年が、坂春の顔を見てため息をついていた。
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