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化け物バックパッカー、本の世界に引き込まれる。【3】
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ふたりは、窓ガラスの前に立った。
その窓ガラスは、景色を写す現実の窓とは違い、鏡のように坂春たちを映す。
鏡は突然ゆがみ、黒く染まる。
そこに、小さな男の子の姿が現れた。
鏡の中にいる男の子は、坂春の顔を見て、不安そうな表情をしていた。
「ダイジョウブダヨ。坂春サンハ、怖イノハ顔ダケダカラ」
さらっと余計なことを言うタビアゲハに対して、
「この怖さがニビルなかっこよさを引き立てるのだが」
坂春は怒る様子を見せなかった。
「……おじいちゃん、ボクのこと、こわくない?」
鏡の中の男の子は、恐る恐る確認するようにたずねる。
「ああ、昔から変異体は見慣れているからな。勘違いが起きないようにたずねるが、俺が見ているおまえは昔の姿のイメージで、実際のおまえは新聞紙に包まれた本の姿をしているんだな?」
坂春の言葉に、男の子は安心したように頬を緩めてうなずいた。
「……あの、おじいちゃん、お願いがあるんだけど……」
そこまで言ったものの、男の子は次の言葉を出さなかった。
「私ガ説明シヨッカ?」
声をかけたタビアゲハに対して男の子がうなずくと、タビアゲハは坂春に「チョットマッテネ」と言い残して立ち去った。
しばらくして、タビアゲハは一冊の絵本を持って戻ってきた。
「……その本」
坂春は、本を指さす。
その絵本の表紙には、ピンクのリボンをつけた熊のキャラクターが描かれていた。
坂春の反応を感じて、鏡の中の男の子はそっぽを向いた。
「コノ子、好キナ女ノ子ガイルンダッテ。女ノ子トオ話ガシタクテ、図書館が夜中ニ女ノ子ガ好キナ本……エット……コノ絵本ヲ体ノ中ニ入レチャッタンダッテ」
「……」
男の子の目から、涙があふれ出る。
「ダケド……後カラ考エテ、女ノ子ガ悲シムカモッテ考エテ……返ソウト考エタ時ニ、図書館ニ大人タチガ入ッテキチャッテ……」
「要するに、人前で動いては騒ぎになってしまうから、返したくても返せない……ということだな?」
男の子は、静かにうなずき、涙声を出す。
「……あの子と一緒に話したかった……それだけなのに……でも、もしも出会えても……怖がって逃げちゃうよね……そうだとわかってて……いじわる……しちゃった……」
「……そうとは限らないだろう」
坂春はガラス越しに、手のひらを男の子の額に当てた。
「いじわるは、嫌な気持ちにさせようとしてするものだ。おまえはただ、あの子とお話をしたかった。だからいじわるとはいわん」
「……」
瞬きをする男の子に対して、坂春はある方向を見た。
5つの本だけが置かれている、本棚だ。
「あの本棚の本……あれはどんな内容なんだ?」
「……ボクの……思い出……」
「やはりな」
目線を男の子に戻す坂春。
「おまえはまだ若い。だから、今回の出来事はしっかりページに書き込んでおくんだぞ。同じことを繰り返していたら、それこそいじわるになっていくからな」
なでるようにガラスに付けている手を回す坂春。
鏡の中の男の子は、涙を拭いた。
話が一段落ついたところで、タビアゲハはふたりにもう一度絵本を見せてほほ笑んだ。
「ソレジャア、返シニイコッカ」
「そうだな……しかし、どうやってここから出るんだ?」
周りを見渡しながら坂春がたずねると、鏡の中の少年は顔をあげた。
「ボクが出したいって思ったら、出せるよ」
「……下手したら、永遠に閉じ込められそうだな」
図書館の外と内を仕切る自動ドア。
そこから、家族連れと思われる男女と、女の子が出てきた。
図書館で泣いていた、女の子だ。
女の子の手には、本を入れるバッグ。
ピンクのリボンを付けたクマの表紙がはみ出ていた。
笑顔で帰る親子を見つめながら、坂春とタビアゲハも自動ドアから出てきた。
「アノ子、スゴク喜ンデイタネ」
「そうだな……それはいいとして、本当に来るんだろうか?」
最後まで親子を見つづけるタビアゲハに対して、坂春はスマホの画面を見ていた。
「来ルッテ……今日中ナノ?」
「ああ、それもあと数分らしい。たまたま近くにいたということだが……」
その時、広場の前でオートバイが止まった。
乗っていた運転手はヘルメットを脱ぎ、坂春たちの元に走ってきた。
「えっと……顔面の怖いじいさんに、黒いローブを着たヤツ……ふたりともバックパックを背負っている……間違いねえな」
金髪に学ランという目立つ格好をした運転手は、ふたりの特徴を口に出していた。
「おまえが運び屋か?」
「ああ、“化け物宅配サービス”の運び屋だ……ん? なんかどっかで見たことがあるような……」
運び屋である、高校生と思われる年齢の少年は、坂春の顔を見て眉をひそめた。
タビアゲハも少年の姿を見て首をかしげていたが、坂春は特に反応しなかった。
「まあいいや。確か配達物……じゃなかった、俺のバイクに乗せる客は変異体だったよな?」
「ああ、体を新聞紙で隠しているから、問題は起きにくいだろう」
坂春はバックパックから、新聞紙に包まれた本を取り出した。
「よし、これを近くの“変異体の巣”に届ければいいんだな?」
紙とペンを挟んだクリップボードを坂春に渡し、本を受け取る運転手。
坂春はクリップボードに挟まった紙にペンで記入しながら答える。
「ああ、本来は図書館の中で隠れていたが、この子が見つけてしまってな。この調子では一般人に見つけられるかもしれんから、ひとまず安全な変異体たちの集落……変異体の巣に届けてくれ」
「まかせろ、俺がすぐに届けてやるぜ」
本にも語りかけるように誓った運転手は、坂春からクリップボードを返してもらうと、バイクを置いてある方向に走って行った。
「…….結局、本ハ借リナカッタネ」
去って行くバイクを見送りながら、タビアゲハがつぶやいた。
「ああ、運び屋のいる位置によって配達時間が変わるんじゃあ、返却期限に間に合わなくなる恐れがあるからな」
「デモ、後悔ハシテナイデショ?」
「まあな」
タビアゲハは後ろを振り向いて、図書館を見上げた。
窓に映る、本棚を見るように。
「直前ニ気ヅイテモ、気ヅケズニ失敗シタッテ、記録ノ本ニハシッカリ残ッテル。ソレヲ忘レナイヨウニスレバイインダヨネ」
その窓ガラスは、景色を写す現実の窓とは違い、鏡のように坂春たちを映す。
鏡は突然ゆがみ、黒く染まる。
そこに、小さな男の子の姿が現れた。
鏡の中にいる男の子は、坂春の顔を見て、不安そうな表情をしていた。
「ダイジョウブダヨ。坂春サンハ、怖イノハ顔ダケダカラ」
さらっと余計なことを言うタビアゲハに対して、
「この怖さがニビルなかっこよさを引き立てるのだが」
坂春は怒る様子を見せなかった。
「……おじいちゃん、ボクのこと、こわくない?」
鏡の中の男の子は、恐る恐る確認するようにたずねる。
「ああ、昔から変異体は見慣れているからな。勘違いが起きないようにたずねるが、俺が見ているおまえは昔の姿のイメージで、実際のおまえは新聞紙に包まれた本の姿をしているんだな?」
坂春の言葉に、男の子は安心したように頬を緩めてうなずいた。
「……あの、おじいちゃん、お願いがあるんだけど……」
そこまで言ったものの、男の子は次の言葉を出さなかった。
「私ガ説明シヨッカ?」
声をかけたタビアゲハに対して男の子がうなずくと、タビアゲハは坂春に「チョットマッテネ」と言い残して立ち去った。
しばらくして、タビアゲハは一冊の絵本を持って戻ってきた。
「……その本」
坂春は、本を指さす。
その絵本の表紙には、ピンクのリボンをつけた熊のキャラクターが描かれていた。
坂春の反応を感じて、鏡の中の男の子はそっぽを向いた。
「コノ子、好キナ女ノ子ガイルンダッテ。女ノ子トオ話ガシタクテ、図書館が夜中ニ女ノ子ガ好キナ本……エット……コノ絵本ヲ体ノ中ニ入レチャッタンダッテ」
「……」
男の子の目から、涙があふれ出る。
「ダケド……後カラ考エテ、女ノ子ガ悲シムカモッテ考エテ……返ソウト考エタ時ニ、図書館ニ大人タチガ入ッテキチャッテ……」
「要するに、人前で動いては騒ぎになってしまうから、返したくても返せない……ということだな?」
男の子は、静かにうなずき、涙声を出す。
「……あの子と一緒に話したかった……それだけなのに……でも、もしも出会えても……怖がって逃げちゃうよね……そうだとわかってて……いじわる……しちゃった……」
「……そうとは限らないだろう」
坂春はガラス越しに、手のひらを男の子の額に当てた。
「いじわるは、嫌な気持ちにさせようとしてするものだ。おまえはただ、あの子とお話をしたかった。だからいじわるとはいわん」
「……」
瞬きをする男の子に対して、坂春はある方向を見た。
5つの本だけが置かれている、本棚だ。
「あの本棚の本……あれはどんな内容なんだ?」
「……ボクの……思い出……」
「やはりな」
目線を男の子に戻す坂春。
「おまえはまだ若い。だから、今回の出来事はしっかりページに書き込んでおくんだぞ。同じことを繰り返していたら、それこそいじわるになっていくからな」
なでるようにガラスに付けている手を回す坂春。
鏡の中の男の子は、涙を拭いた。
話が一段落ついたところで、タビアゲハはふたりにもう一度絵本を見せてほほ笑んだ。
「ソレジャア、返シニイコッカ」
「そうだな……しかし、どうやってここから出るんだ?」
周りを見渡しながら坂春がたずねると、鏡の中の少年は顔をあげた。
「ボクが出したいって思ったら、出せるよ」
「……下手したら、永遠に閉じ込められそうだな」
図書館の外と内を仕切る自動ドア。
そこから、家族連れと思われる男女と、女の子が出てきた。
図書館で泣いていた、女の子だ。
女の子の手には、本を入れるバッグ。
ピンクのリボンを付けたクマの表紙がはみ出ていた。
笑顔で帰る親子を見つめながら、坂春とタビアゲハも自動ドアから出てきた。
「アノ子、スゴク喜ンデイタネ」
「そうだな……それはいいとして、本当に来るんだろうか?」
最後まで親子を見つづけるタビアゲハに対して、坂春はスマホの画面を見ていた。
「来ルッテ……今日中ナノ?」
「ああ、それもあと数分らしい。たまたま近くにいたということだが……」
その時、広場の前でオートバイが止まった。
乗っていた運転手はヘルメットを脱ぎ、坂春たちの元に走ってきた。
「えっと……顔面の怖いじいさんに、黒いローブを着たヤツ……ふたりともバックパックを背負っている……間違いねえな」
金髪に学ランという目立つ格好をした運転手は、ふたりの特徴を口に出していた。
「おまえが運び屋か?」
「ああ、“化け物宅配サービス”の運び屋だ……ん? なんかどっかで見たことがあるような……」
運び屋である、高校生と思われる年齢の少年は、坂春の顔を見て眉をひそめた。
タビアゲハも少年の姿を見て首をかしげていたが、坂春は特に反応しなかった。
「まあいいや。確か配達物……じゃなかった、俺のバイクに乗せる客は変異体だったよな?」
「ああ、体を新聞紙で隠しているから、問題は起きにくいだろう」
坂春はバックパックから、新聞紙に包まれた本を取り出した。
「よし、これを近くの“変異体の巣”に届ければいいんだな?」
紙とペンを挟んだクリップボードを坂春に渡し、本を受け取る運転手。
坂春はクリップボードに挟まった紙にペンで記入しながら答える。
「ああ、本来は図書館の中で隠れていたが、この子が見つけてしまってな。この調子では一般人に見つけられるかもしれんから、ひとまず安全な変異体たちの集落……変異体の巣に届けてくれ」
「まかせろ、俺がすぐに届けてやるぜ」
本にも語りかけるように誓った運転手は、坂春からクリップボードを返してもらうと、バイクを置いてある方向に走って行った。
「…….結局、本ハ借リナカッタネ」
去って行くバイクを見送りながら、タビアゲハがつぶやいた。
「ああ、運び屋のいる位置によって配達時間が変わるんじゃあ、返却期限に間に合わなくなる恐れがあるからな」
「デモ、後悔ハシテナイデショ?」
「まあな」
タビアゲハは後ろを振り向いて、図書館を見上げた。
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