化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物運び屋、チョコを運ぶ。【後編】

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 とある街に立つホテルの前に、1台のバイクが止まった。

「ここのホテルで間違いないよな?」

 ホテルの標識を確認すると、ケイトはヘルメットをとる。そして、リアバッグの中から本を取り出すと、ホテルの中へと入っていった。



「……その方でしたら、昨日、このホテルを出ましたが」
 ロビーに立つホテルマンのひとりから話を聞いたケイトは、自分の顔を両手でふさいだ。
「あの、どうかなさいましたか?」
「あ……ああ。ちょっとそいつにようがあったんだけどよお……とりあえず、教えてくれてありがとよ」
 気を遣ってくれたホテルマンに片手を上げると、ケイトは近くの待合用のソファーに向かった。

「くそっ……一足遅かったか」

 ソファーに腰掛け頭を抱えるケイトに、ポケットの中からテルテルぼうずのようにティッシュを身にまとった明里が出てくる。
「コレカラドウスルノ?」
「とりあえず、いったん依頼人のところに戻るしかねえな」
 柱を背にして、ケイトは手にしていた本を開いた。











「……つまり、僕は本の形をした変異体で、ここは僕の体の中なの」

 図書館の中で、鏡の中にいる陸はチョコの化け物に説明をしていた。
「……アマリヨクワカラナイ」
「マア、我々モ深ク考エナイヨウニシテ、慣レテイルワケデスカラネ」
 首をかしげるチョコの化け物に、鬼塚はフォローを入れた。

 そこに突然、ゴーグルを付けたケイトの姿が現れた。

「わりい……1歩遅かった……」
 ケイトが事情を説明すると、チョコの化け物は怒らずにただうなずいただけだ。
「気ニシナイデクダサイ……ココマデ運ンデクダサッテ、アリガトウゴザイマシタ」
 チョコの化け物はほほ笑んで、丁寧にお辞儀をした。 
「いや! 大丈夫大丈夫! まだロケットの発射台付近で渡せるチャンスがあるから!」
 慌てて慰めるケイトに、鬼塚は口に拳を当てた。
「ソウハイッテモ、ロケットノ近クニナレバ人モ多クナリマスヨ」
「それはなんとかなる! たとえば、その近くの施設の中で渡すとかよ」
「ア……アノ……アノ人ハ確カ、ロケットノ発車前ニ近クノ民家ニ泊ルッテ言ッテイマシタ。友達ノ家ミタイデスガ……ココカラデハ、モウ……」
 チョコの化け物の顔がうつむく。しかし、ケイトは暗い顔ひとつせずに、手を叩いた。
「うっし! そこにいけば合えるんだな!! その場所、教えてくれよ!!」



 チョコの化け物は戸惑いながらも、その場所を伝えた。

「ソノ場所ハ……寝ズニ走リ続ケテナントカナルッテ場所デスネ」
「それぐらいなら問題ねえな!」「イヤ、問題アルデショ!?」
 冷静に分析する鬼塚に、納得するようにうなずくケイト、彼の言葉にツッコミを入れる明里。

 3人を見て、本当に頼んでいいのか首をかしげるチョコの化け物。

 その後ろから眺める陸は、「だいじょうぶだよ」と声をかけた。

「こういうときって、だいたいケイトのお兄ちゃんの意見に結局戻っちゃうから」











 夜空に、満月が浮かび上がった。

 その下の高速道路の料金上の手前で、バイクは一時停止する。

 ケイトはフルフェイスのヘルメットの下の隙間に、手を入れた。

 クシャクシャという音がヘルメットの中から聞こえてくる。

 ヘルメットから出したその手には、チョコの包み紙が握られていた。

「早く届けてあげねえとな、バレンタインの贈り物をよお」

 バイクのアクセルがひねられた。



 高速道路を、バイクは疾走する。

 他の車の数々を横切り、

 目的地へと、まっすぐ突っ走っていく。





「っっっっしゃあああ!! ついたっ!!」

 朝日が昇り始めたころ、住宅街の真ん中でガッツポーズを決めるケイトの姿があった。

「チョット、朝ッパラカラ騒ガナイデヨ……」
 ポケットの中から、眠い目をこすりながら明里が出てくる。
「あ、わりぃわりぃ。そういえば、もう朝なんだな……」
 ケイトは大きく伸びをすると、後頭座席のリアバッグを開けた。

 リアバッグの中で、新聞紙に包まれた本は静かに寝息を立てていた。

 ケイトがそっと突っつくと、本はくすぐられたようにもじもじと動いた。

「起こしてわりいな。もう目的地についたんだぜ」

 本を座席に置き、ケイトは本をめくる。



 一瞬でケイトの姿が消えたと思うと、すぐに再び表れた。

「なあ、あんたが言っているあの人が泊まっている民家って、わかるか?」
 ケイトの手には、明里と同じようにティッシュでくるんだ小さな者がいた。四角の形をしているから、チョコの化け物だろう。
 チョコの化け物は一度は首を振りかけたが、すぐにある1点を指差した。

 その方向は、ある一軒の家の2階のベランダ。

 そこに、ひとりの男性が立っていた。

「お、あいつか?」
 ケイトがたずねると、チョコの化け物はうなずいた。
「デモ、ドウヤッテ渡スノ?」
 ポケットからの明里の声に、ケイトは「ちゃんと考えるって」と、両手の一差し指で頭をつつき始めた。
「おしっ、これならいいだろ」
 ケイトはレッグバッグからティッシュを数枚取り出した。

 それをチョコの化け物をつつみ始めた。

 すべてのティッシュを包み終えると、それを優しく握り、

 ベランダに立つ男に向けて、ピッチャーの構えを取り……



「ちょっとキミ、何しているの?」



 後ろから警官に話しかけられて、硬直した。

「あ……えっと……ちょっと……あ、野球の練習なんだよ。えっと……あれ、あれ、そうあれ、ピッチャーピッチャー!」
 右手に握っていたものを後ろに隠し、へらへらとした顔でごまかそうとするケイト。彼を見ている警官は、どこか無表情だった。
「こんなところで投球の練習? 普通は庭とかでするんじゃないの?」
「い、いや、庭だったらさ、ほら、狭いじゃん? ここなら開放的だし……あ、別に本当にボールを投げるわけじゃねえよ? 迷惑になるし、ほらあれ、イメージトレーニングってやつ!」
 言い訳を並べるケイトの話を聞いていた警官は、大きくため息をついた。

「……さっき通報が入ったんだけどね、朝から大声で叫ぶ声が聞こえたって」
「……」

 黙り込んでしまったケイトに、警官はさらに言葉を付け足す。
「それに昨晩、この辺りで暴行事件があったんだよね。ちょっと聞きたいことがあるから、いいかな?」
「……あ、えっと」

 ケイトは警官の後ろを指差して、「あ! ロケットが発射したっ!!」と叫ぶ。



 ……



 ……



「……えっ?」



 警官は見事に引っかかってしまった。引っかかってくれてありがたかった。



「そんじゃっ!!」

 ギャグ漫画のようにケイトは脇を走りぬけ、ギャグ漫画のように警官はうそであることに気づき、ギャグ漫画のように追いかけ始めた。





「……アノ警官、本当ニナンダッタノカシラ」

 住宅地から離れた川沿いに停車しているバイクのリアバッグの上で腰掛ける明里は、あきれたようにため息をついた。

 座席には、先ほどと同じように本が置かれている。そして、いきなりケイトが表れるのも先ほどと同じだ。

「ケント、ドウダッタ?」
 表れたケイトに、明里が話しかける。見たところ、チョコの化け物の姿はなかった。
「ああ、うまく届ける方法、思いついたぜ!」
 頬を緩ませながら、ケイトは本を手に取って後ろを振り向いた。

 川沿いの向こう側に、指を差す。

「アノ方向ニ依頼ノ男ガイルノヨネ? デモココカラジャア届カナイワ」
「まあ見てろって、いくぞ、鬼塚のオッサン、陸」

 本に合図をすると、ケイトは両手で本をつかんだまま、頭の上に持って行く。



「いっっけえええええええええええ!!!!」



 大声とともにケイトは本を振り下ろした。



 その時、本のページがめくれ、



 白紙のページから巨大な手が表われた。



 濃い紫色の、鬼塚の手だ。



 その手から、小さな何かが投げられる。



 小さな何かは、空を舞い、



 民家のひとつに、落ちていった。






「アレッテ、何ナノ?」

「依頼人のチョコみたいな変異体だぜ。つぶれないように、クッション代わりのティッシュをたくさん丸めたんだ」

「……コレ、ウマク落チルノ?」

「まあ、なんとかなるんじゃね?」





 その昼、民家から離れた宇宙研究所で、ロケットが打ち上がった。




 そして、その夜。


 川沿いでまだ止めていたバイクの側で、ケイトは背伸びをしていた。

 目元から涙が出ることから、先ほどまで寝ていたようだ。



 彼の足元に、小さな気配が近づいてきた。

 その気配に下を向いたケイトが見たものは、テルテルぼうずの格好をしたチョコの化け物だった。

 ケイトがしゃがんで手を近づけると、チョコの化け物はその手のひらにのった。



「今朝ハ、アリガトウゴザイマシタ」

「えっと……もしかして、狙い外れちまった?」

「イエ、チャント落チマシタ。彼ノ足元ニ」

 チョコの化け物は、「タダ……」と足元の手のひらに目を向けた。

「コノ姿ヲ彼ニ見セルノニ、心ノ準備ガデキナクテ……」

「ああ……確かに、その姿を見て平気かどうかはわからねえよなあ……」

「ハイ。ナノデ、待ツコトニシマシタ。彼ガ帰ッテクルノヲ」

「そうか。それじゃあ、俺たちが頑張った意味はあるんだな」

「エエ……化ケ物運ビ屋ノ皆サンノ恩……無駄ニハシタクナイノデ」



 ケイトに地面に戻されて、チョコの変異体は彼に向かってお辞儀をした後、どこかへ立ち去ってしまった。



 ケイトはバイクにまたがる前に、ポケットからチョコを取り出した。



「……ホワイトデーのお返し、ないんだよなあ。自分で買ったやつだし」
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