化け物バックパッカー

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化け物ぬいぐるみ店の店主、お内裏様の人形を作る。【前編】

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「あ、懐かしい」

 デパートの中、ひとりの女性がある商品の前で思わず声に出した。

 その商品は、赤いひな壇に並べられたひな人形。

 ひな壇はそこまで大きくなく、ひな人形も1番上のお内裏様だけだ。

 それでも、女性が懐かしさを覚えるには十分だった。



「最後に飾ったのは……小学6年のころだったかしら? それまで毎年ひな祭りの時は、お兄ちゃんと一緒にひな人形を飾っていたんだっけ……」
 懐かしそうにひな人形を眺めるこの女性、黄色のブラウスにチノパンという服装に、三つ編が1本だけというおさげのヘアスタイル。悪く言えば地味だが、どこか家庭的な雰囲気がある。
「去年は特に思わなかったのに、改めて見ると懐かしいって思えちゃう……やっぱり、お兄ちゃんが外に出るようになったからかな」
 まるでひとりの世界に入っているかのように、女性はひな人形に輝かせた目を向けていた。



 その女性のチノパンが、後ろから誰かに引っ張られた。

「……?」

 女性が振り返ると、そこにいたのはふたりの女の子。

 ふたりとも顔はうり二つで同じ背丈、年齢はそれぞれ小学低学年と思われる。双子だろうか。



「なんなの」
 冷たそうに答えたのは、女性だ。先ほどの目の輝きは失われており、まるでふたりの子供たちをうっとうしく思っているようだった。
 そんな彼女の目線に臆することもなく、双子は笑みを浮かべたままだった。
「お姉ちゃん、化け物ぬいぐるみ店のおじさんの娘でしょ?」「そうでしょ?」
「……それがどうしたの」
 女性は戸惑い、目線を逸らす。
「ねえ、ひな人形、作ってよ」「おじさんと約束したもん」
「そんな約束、私は聞いてないわよ」
 せがむ双子を突き放すように、女性はその場から立ち去ろうとした。

「お姉ちゃんのお兄ちゃん、“変異体”でしょ?」「背中から、腕、生えているよね」

 周りの人には聞こえないほどのひそひそ声で、双子はつぶやいた。

 その声に、女性の耳が動く。

「……」

「どうしようか……」「お姉ちゃんがダメっていったら、仕方ないかな……」

 双子は互いに顔を見合わせ、決心したようにうなずく。

 そして天井を見上げ、大きく口を開け……



「ちょっと待ちなさい!!」



 女性が大声を上げた。

 口を開けたままキョトンと目を丸くしている双子に対して、女性は慌てた口調で口を動かし始めた。
「べ、別にその約束、請け負わないって言ってないから! お、お兄ちゃんの許可なしで勝手に引き受けることが出来ないだけだから!」
 双子はその表情のままで互いに顔を見合わせ、笑みに顔を切り替え、うなずいた。

「それじゃあ、お兄ちゃんに合わせて」「私たちが、直接お願いしたいの」





 デパートから徒歩10分ほどの距離にある、一軒の人形店。

 店の前に飾られているガラスケースに置かれているのは、奇妙な人形たち。

 猫とウサギが混じったような生物、豆腐のような体にクモのような足が生えた生物、布でできたデスマスク、十個の口を持つ丸い体の生物……

 その店の名は、“化け物人形店”。

 店の前に立った女性と双子が、玄関の扉を開いて入店した。





「……それは僕も聞いていないな」

 店の2階にある畳の部屋。
 そこで青年は、6本の腕を組んで正座をしていた。

「でも、ちゃんと言ってたよ」「ここのおじさんが、息子なら作ってくれるって」
 青年と向かい合って、双子は足を伸ばしている。
「まあ、僕のお父さんは注文先でぬいぐるみを作ることもあるとは聞いたけど……お父さんが生きていたころの僕はぬいぐるみ作りの才能は皆無だったし……」

 この青年、ズボンはジーズンに、ポニーテールの髪形。タンクトップの上にカーディガンを羽織っており、その背中には穴が空いている。
 そこから生えているのは、4本の青い腕だった。
 青い腕をのぞけば極普通の成人男性。だが、彼はこの世界では“変異体”と呼ばれる化け物である。

「というかあんたたち、私たちのお父さんから話を聞いたふうに言っているけど、どうしてお兄ちゃんが変異体になっていることを知ってんのよ?」
 その青年の横で正座していた女性が、双子にたずねる。
「だって、有名だもん」「変異体の注文をうけて、ぬいぐるみを作るでしょ」
 双子の答えに、青年と女性は互いに顔を見合わせた。
「……確かに注文は受けたことはあるけど」
「まだ1回じゃなかったっけ?」
「ねえ、どうするの?」「引き受けてくれるの?」
 困惑するふたりに、双子は早く結論を聞きたそうに詰め寄ってくる。

「……まあ、いっか。約束していなくても、依頼には変わりないし」



 青年が答えると、双子の嬉しい悲鳴が近所まで響いた。



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