122 / 162
化け物バックパッカーは川を下らない。【前編】
しおりを挟むその場所は、昼間だというのに光で輝いていた。
輝いている場所は空ではなく、森の中を流れる川。
太陽の光を反射して、夜空の星のように輝いていた。
周りの緑が、星空の暗闇のように、川の輝きを引き立てていた。
その川の畔で、ひとりの女性が頭を抱えていた。
「はあ……これじゃあ足りない……」
若者らしいその女性は見た目の年齢で言えば20代。私服の上に黄色いライフジャケットを着ているが、どこか学生のような雰囲気を持っている。
女性の目の前には、5人の若者が体育座りをして待機している。全体的な雰囲気で言えば、不安といらだちが少し見られていた。
彼らの側には、8人乗りのボートが砂利の上に置かれていた。
「せめて、ふたりいてくれたらなあ……どこか近くにいれば……」
そんな都合なことはめったには起こらない。
裏を返せば、強運さえあれば起こるのだ。
川の上りの方向から、ふたりの人影が歩いてきたのだ。
「!!」
女性の顔はパッと明るくなり、すぐに5人に顔を見せた。
「すみません、すぐに戻りますので、先に体操していてください!」
5人は戸惑うようにざわめいだ。
「えっと……ラジオ体操とか、そういうのでいいんで、とにかく体操していてください!」
女性はすぐに5人の横を通り、ふたりの人影に向かって走り始めた。
「あのー、すみませーん」
周りの景色を味わいながら下りてきたふたりの人影は、女性の声にふと立ち止まる。
ひとりは老人だった。
この老人、顔が怖い。派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという変わった服装をしている。
その背中には、黒いバックパックが背負われていた。俗に言うバックパッカーである。
もうひとりは、黒いローブを着込んだ人物だ。
顔はフードで隠れていて分からないが、その体形は女性に近く、やや戸惑っているその姿は幼い少女のようにも感じられた。
背中には老人と同じバックパックが背負われていた。
「あの、今ヒマですか?」
恐れなくたずねてきた女性に対してふたりは戸惑い、互いの顔を見た。やがて、老人の口が開く。
「……もしも俺たちがヒマだったとしたら、どうするんだ?」
「ええ、ちょっと頼み事があるんですよ。といってもそこまで難しいことじゃないです。むしろ楽しいと思いますよ」
「具体的には、どういうことだ?」
女性は歯を出してニヤリと笑うと、5人がいる方向を指さした。
5人はちょうど、ラジオ体操をしていた。
「あたし、バイトですけどラフティングのガイドをしているんですよ」
女子大学生の言った“ラフティング”という言葉に、ローブの少女はゆっくりと首をかしげた。その様子を見た老人が補足を入れる。
「ラフティングは、ボートに乗って川を下ることだ」
「……」
ローブの少女は先ほどから無口を貫いていた。それでも、興味がわいたようにボートに目線を移している。
「君もラフティング、気になる? よかったらやってみない?」
女子大学生に話しかけられると、ローブの少女は戸惑ったように足元と女性を交互に見る。
「要するに、ラフティングの人数に足りない分、俺たちで埋めようというわけか」
「ええ、本当は7人来る予定だったのが2人ドタキャンしちゃいまして……一応出来ない人数じゃないですが、人数が欠けているとどうしても気になっちゃうお客さんもいて……どうです? やってみませんか?」
老人は確認を取るようにローブの少女を再び見た。
ローブの少女は口に手を当てつつも、興味のあるように女子大学生を見つめ、やがて老人に向かってうなずいた。
「わかった。俺たちも参加させてくれ」
「わかりました! それではさっそく……」
女子大学生は静かに両手の小指をくっつけ、ふたりの目の前に差し出した。
「……金、とるのか?」
「ええ! ぶっちゃけ、人数が少ないとあたしのバイト代が……あ」
急いで口をふさぐ女子大学生に対して、老人は「そっちが目的か……」とため息を吐きつつ、財布を取り出した。
老人とローブの少女は女性についていき、他の5人の若者たちと合流した。
先ほど、女性に対しては良い反応を示さなかった5人の若者たちは、ふたりに対しては会釈やおじぎなどをして良好に接していたた。
ただ、やはり初対面というべきか、若者たちは言葉を発しても「よろしく」などといった簡単な言葉をボソボソとつぶやく程度。中にはまったく口を開かなかった者もいた。
7人は準備体操を終え、女性からひととおりの説明と練習を受けた。
「それじゃあ、今から川を下っていきますが……何か質問とかはありますか?」
あまり会話の弾まない7人の中で、女性のたずねる声は目立っていた。しかし、川の音はその声を邪魔することなく、自然と合わせていた。
「あ、それじゃあひとつ聞いていいか?」
手を挙げたのは老人だ。
「俺たちは飛び入りで参加したから聞きそびれてしまったが……今回のコースは初心者向けだよな?」
「はい。今回は川の中盤からですけど、揺れも少ないんでだいじょうぶですよ」
その言葉に付け加え、女性は心配していると思われる老人に対して安心させるように笑顔を作った。
「心配しなくてもいいんですよ。ここにいるみんな、初心者ですし」
「そ……そうか、すまなかったな。なにぶん、この年だから体力が持つか心配でな……いや、だいじょうぶだ。もう弱音は吐かんよ」
老人は申し訳ないように頭をかいた。
「……おい、ちょっと待て」
ボートの1番後ろに乗り込んだ老人が、眉間にしわをよせた。
8人を乗せたボートは今、浅瀬の上に浮かんでいる。岸辺につないでおいたロープのおかげで、勝手に流れていくことはない。
8人はみな、上流の方向を向いている。これ自体は今の時点ではおかしいことではない。
「今、なんて言った?」
老人が聞き返すと、女性は何を今更と言わんばかりに目を丸くした。
「なにって……上がっていくんですよ、川を」
老人が言い返す暇もなく、女性はボートをつなぎとめていたロープを外した。
「それでは、いきますよ!」
女性のかけ声に合わせ、8人は手にしていたオールで一斉にこぎ始めた。
最初は老人とローブの少女がやや遅れめでこいでいた。
ボートは一瞬だけ下りの方向に動いたが、
すぐに、上りの方向に向かって進み始めた。
まるで滝を登るコイのように、
ボートは川の流れに逆らい、川を上がっていく。
それでも、8人のオールを握る手には、力はあまり込められていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる