化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物ぬいぐるみ店の店主、モニター動物園に行く。【後編】

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「楽しんでいるか?」
 階段から下りてきた男性の口元は、なぜか緩むのを必死に抑えているようだった。
「おかげさまで、虚無の時間を過ごしているわ」

 真理が皮肉を言うと、ついに我慢できずに男性は大きく笑った。

「いや、すまんすまん。これからのあんたたちの表情を考えていると、笑いをこらえなくて……ふはふは……ばはははは!!」
 ひとりで爆笑し始める男性に、祐介は何が起きているかわからずに、真理は怒りを大きく飛び越しあきれとなり、それぞれ高速でまばたきをしていた。

「……あの、それで……これからとはいったい?」
 祐介が戸惑いながらたずねると、男性は壁に手をつき「ぜえ……ははは……ぜえ……」と笑い疲れで乱れた息を整えていた。
「ああ、そいつに触れるとわかるさ」

 男性が指さしたのは、モニターのひとつ。雪原を駆け抜けるウサギが映し出されているモニターだ。

 祐介は半信半疑でモニターに触れる。

 すると、その手がモニターを突き抜けた。

「!?」

 慌てて手を引っ込める祐介。
 それを後ろから見ていた真理は、祐介の隣まで移動し、モニターに恐る恐る人差し指を入れ、感覚を確かめるように出し入れした。

「手だけじゃなくて、体全身を入れてみろ」

 男性に言われた祐介と真理は、互いの顔を見て、ゆっくりと右足を入れ、そこから全身をモニターに投げ出した。





 ふたりが出てきたのは、雪原。

 白い雪の上を、ウサギが走っている。

 ウサギと祐介たちの間、そしてウサギの奥には、透明な傘のような半球状のドームの壁がある。

 真理が後ろを振り返ると、そこには小屋の中と同じモニター。

 そして、それを固定する柱が、地面と傘をつないでいた。

「ほら、驚いているだろ?」
 そのモニターから男性の顔がのぞいた時、ふたりは驚いて尻餅をついた。
「その登場の仕方が一番びっくりするわよ!!」
 真理が叫ぶものの、ドームの中のウサギは耳を立てずに走り続けている。
「あ、あの……これって……」
 祐介が戸惑いながら辺りを見渡すと、男性はモニターから出てきて説明を始めた。
「ここは私の兄弟たちの協力があって実現した、世界をつなぐ動物園。そして、このドームはこの動物園を支える重要なもののひとつだ」
「それなら、世界各地にこのドームを置いているわけ? 本当に入場料100円で元が取れるの?」
 疑わしくたずねる真理の言葉に男性はその場で鼻で笑った。
「別に入場料で飯を食っているわけじゃない。単に兄弟たちの自己満足でやっているようなもんだ。世界各地に設置できたのは、この動物園の話を聞いて興味を持ってくれた友人のおかげだがな」

 男性は再びモニターに手を入れ、振り返った。

「私は先に戻っているが、ゆっくりしていってくれ。動物園はウサギだけじゃないが、急いで全部巡るものではないからな」





 小屋の中で、祐介と真理はモニターから現れ、別のモニターの中へ移動する。

 平原の羊、山の鹿、荒れ地のゾウ、砂場のラクダ、氷の上のペンギン……

 モニターから出てきて、さらに別のモニターへと向かうふたりの姿は、動物園を楽しむ兄弟そのものだった。





 すべてのモニターを巡り終えたころ、ふたりは階段を上がった。

 小屋のベッドに腰掛けていた男性に近づき、祐介がおじぎをする。
「興味深い体験をさせていただきました」
「結構丁寧なんだな、兄の方は」
 うなずきながら男性は祐介から真理に目線を映す。
「妹ちゃんの方はどうだ?」
 男性の言い方に真理はしかめっ面になった。
「……確かにあの発想は面白かったわ。でも、エサ代はどうしているのかしら?」
「エサ代はタダだ。なんせ、1時間ごとに動物を放して別の野生動物を入れているからな」
 その説明に、真理はすぐさま疑問が深まったような表情に変えた。

「それでは、僕たちはこれで……」

「ああ、見たくなったらまたこいよ。動物も変わっていることがあるからな」

 祐介と真理は男性に別れを告げ、玄関の扉に向かった。



 その玄関の扉に手をかけたところで、祐介はふと後ろを振り返った。

「最後に気になることがあるんですけど……聞いていいですか?」

 男性は何も言わず、うなずいた。

「あなたのご兄弟……見当たらないのですが、どこにいるんですか?」

 小さく鼻で笑い、祐介の背中のバックパックに目を向ける。

「チラシを送った唯一の客であるあんたなら、その質問はわかって聞いているんだろ?」

 祐介はしばらく固まったが、やがて納得したようにうなずき、掘っ立て小屋から出て行った。

 これに関して真理は、特に興味を持たないように、淡々と外へ足を進めていった。





 男性がベッドの上にある照明のスイッチに手を伸ばしたころ、

 ベッドの上に置かれていたスマートフォンが着信音を流して振動した。

 それを手に取り、男性はベッドに腰掛ける。



「もしもし……ああ、あんたか」

「……目的地についた? よし、それじゃあ親父を海に投げ入れてくれ」

「……だいじょうぶだって。親父は溺れ死ぬことはないんだ」

「……私の兄弟たちが世界各地に行ったのを聞いて、親父もどこかに行きたいとウズウズしていたからな」

「……そうそう、親父を投げ入れたらお袋を山に置いてくるのを忘れずに」

「……ああ、それじゃあな」



 スマートフォンを床に投げると、男性は照明のスイッチを切った。
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