化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
125 / 162

★化け物運び屋、地上のカイセツ葬を見る。【後編】

しおりを挟む



 真夜中のアスファルトの上を、ケイトを乗せたバイクが走る。

 周辺は緑と民家が立ち並んでいる。しかし、光はケイトのバイクに付いているライトだけだ。

 空には星が一切見当たらないところから、天気は変わらずのようだ。



 バイクは、川をまたぐ大橋の手前で止まった。

「ふう……やっと到着したぜ」
 バイクから降りたケイトはフルフェイスのヘルメットを外し、代わりにゴーグルのようなものを目に付けている。
「届ケル場所ッテ、本当ニココナノ?」
 そのズボンのポケットから奇妙な声が聞こえてきた。キツネの変異体だろうか。
「この橋の下に届けろって言ったんだから、ここで間違いねえだろ?」
「ソウヨネ……デモ、橋ノ下ジャアスグニ人間ニ見ツカリソウダケド……」
 荷台のリアバッグから懐中電灯と新聞紙に包まれた本を取り出しながら、ケイトは真剣な表情で深呼吸した。
「とりあえず、下りてみようぜ。聞きたいことはついでに聞けばいいからよ」





 橋の近くにあった階段から、ケイトは橋の下へと下りた。

 そこに広がっていたのは、腰まで伸びている雑草。

 その中を、ケイトは懐中電灯の光を頼りにかき分けていく。

 泥の上を、ゆっくりと歩みながら。


「ナンダカ、懐カシイヨウナ場所ネ」

 キツネの変異体の声に、ケイトは手を止めないままたずねる。
「懐かしいって、“明里アカリ”、ここに来たことがあるのかよ?」
「イヤ、ココニ来タコトハナイワ。デモ、似タヨウナ場所ナラアル。オ父サンニ連レラレテ、蛍ヲ見ニ来タコトガアルノ」
「ああ、蛍か! 確かにここって蛍が出そうな雰囲気が出ているよなあ!」

 ケイトは大声を出しながら、歩む足を速める。

「急ギスギ! 慎重ニ行動シナイト!! 転ケタラ泥ダラケヨ!!」
「だいじょうぶだって! それよりもよお、陸に蛍、見せてやりて――」



 ふと、ケイトの足が深く沈んだ。

「フグィッ」

 まるで寝ていたところに腹を踏まれたような音が響いて、ケイトは反射的に後ろに飛んだ。

 やがて、踏まれた主がムックリと起き上がった。

 現れたのは、6mほどはある巨大な大蛇。

 その色合いはウツボに似ており、頭に生えた1本の触覚はチョウチンアンコウのようだ。

「……イキナリ踏マレテ驚イタ。オマエ、何者ダ?」
 地面に隠れていたことに驚いたものの、その大きさにはケイトは眉ひとつ動かさなかった。
「化け物運び屋だぜ。隣町の教会から、あんたに届け物だ」

 ケイトは手に持っている本を揺らすと、「泥だらけになるけど、我慢してくれ」とつぶやきながら本を地面に置き、開いた。

 白紙のページから、巨大な腕が生えてきた。濃い紫色の肌から、鬼塚と呼ばれていた鬼の変異体だろう。
 その手には、1基の棺桶が握られていた。ケイトがもうひとりの人間と協力してようやく運べた棺桶が、巨体の鬼塚にとっては1Lのペットボトルを片手で持つ程度だ。
「教会ノ時デモコウスレバ早カッタヨネ……」
 次々と棺桶を取り出しては大蛇の変異体の前に置いていく鬼塚の手を見ながら、先ほどケイトから“明里”と呼ばれていたキツネの変異体はため息をついた。



「……ウン。チャント5基アルナ」
 大蛇の変異体は頭の触覚で棺桶の数を数えると、ケイトに向かって頭を下げる。
「アリガトウ、アイツニハ報酬ヲ支払ウヨウニ連絡シテオクカラ、モウ帰ッテイイゾ」
 しかし、ケイトは腰に手を当てただけで、その場から1歩も動かなかった。
「おいおい、せっかくだから教えてくれよ。この棺桶を何に使うんだ?」
「チョッ、チョット! 見ラレタクナイカモシレナイノニ……」
 慌てて止めようとする明里の言葉に、大蛇の変異体は「イヤ、俺ハ別ニイイゾ」首を振った。
「今カラ行ウノハ、“カイセツソウ”ダ」
「かいせつそう? なんかの植物か?」
 首をかしげるケイトに対し、明里はなにかに気がついたように顔をあげる。
「カイセツソウノ“ソウ”ッテ、火葬トカノ“葬”?」
「ソノトオリダ。ココニ並ベラレタ死体ハ皆、“カイセツ葬”ヲ望ンデイタ」

 大蛇の変異体は棺桶を左から順番に、口で丁寧に開けていった。

「本当ニ見ルンダナ?」

 全ての棺桶を開け終えると、大蛇の変異体はケイトに確認を取る。

「ああ、せっかく来たんだ。そのかいせつそうってやつ、見せてくれよ!」

 地面に置いていた本を拾い上げ、付着した泥を軽めにはたき落としながらケイトが答えると、大蛇の変異体はうなずいた。



 そして、棺桶のひとつに顔を突っ込んだ。

 何かをかみ砕く音が聞こえ、棺桶からは赤い血液が噴き出している。

 顔を上げ、血だらけとなった口元を一度ケイトに見せ、次の棺桶に顔を突っ込む。

 その様子を、ケイトたちは一瞬でも目を背けようとはしなかった。



「ホハ、ホレヘハハイヘフホウヲハヒヘル」

 口に何かを含んだまま、大蛇の変異体は夜空を見上げる。



 そして、口を開けて、中にあったものを空に吐き出した。






 とある民家の窓のカーテンが開かれた。

 照明は付いていないが、その窓にはうっすらと人影が見える。

 人影は川にかかっている橋を見つめていた。なにか気配を感じたのだろうか。

 川の方向は、暗闇だけ。

 気のせいかと言わんばかりに、人影はカーテンを閉めた。



 確かに、遠くからではなにも見えない。

 そう、遠くからでは。





 大蛇の変異体の側という深海では、星空をバックに白く光るものがあった。

 蛍とは色の違う、死体から生まれた白い光。

 それはまるで、深海の海雪かいせつ……

 民家という浅瀬には決してみることのできない、マリンスノーだ。




 ケイトたち、化け物運び屋はただ、何も言わずに眺めている。

 地上の海雪葬カイセツソウを。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...