化け物バックパッカー

オロボ46

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★化け物運び屋、地上のカイセツ葬を見る。【後編】

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 真夜中のアスファルトの上を、ケイトを乗せたバイクが走る。

 周辺は緑と民家が立ち並んでいる。しかし、光はケイトのバイクに付いているライトだけだ。

 空には星が一切見当たらないところから、天気は変わらずのようだ。



 バイクは、川をまたぐ大橋の手前で止まった。

「ふう……やっと到着したぜ」
 バイクから降りたケイトはフルフェイスのヘルメットを外し、代わりにゴーグルのようなものを目に付けている。
「届ケル場所ッテ、本当ニココナノ?」
 そのズボンのポケットから奇妙な声が聞こえてきた。キツネの変異体だろうか。
「この橋の下に届けろって言ったんだから、ここで間違いねえだろ?」
「ソウヨネ……デモ、橋ノ下ジャアスグニ人間ニ見ツカリソウダケド……」
 荷台のリアバッグから懐中電灯と新聞紙に包まれた本を取り出しながら、ケイトは真剣な表情で深呼吸した。
「とりあえず、下りてみようぜ。聞きたいことはついでに聞けばいいからよ」





 橋の近くにあった階段から、ケイトは橋の下へと下りた。

 そこに広がっていたのは、腰まで伸びている雑草。

 その中を、ケイトは懐中電灯の光を頼りにかき分けていく。

 泥の上を、ゆっくりと歩みながら。


「ナンダカ、懐カシイヨウナ場所ネ」

 キツネの変異体の声に、ケイトは手を止めないままたずねる。
「懐かしいって、“明里アカリ”、ここに来たことがあるのかよ?」
「イヤ、ココニ来タコトハナイワ。デモ、似タヨウナ場所ナラアル。オ父サンニ連レラレテ、蛍ヲ見ニ来タコトガアルノ」
「ああ、蛍か! 確かにここって蛍が出そうな雰囲気が出ているよなあ!」

 ケイトは大声を出しながら、歩む足を速める。

「急ギスギ! 慎重ニ行動シナイト!! 転ケタラ泥ダラケヨ!!」
「だいじょうぶだって! それよりもよお、陸に蛍、見せてやりて――」



 ふと、ケイトの足が深く沈んだ。

「フグィッ」

 まるで寝ていたところに腹を踏まれたような音が響いて、ケイトは反射的に後ろに飛んだ。

 やがて、踏まれた主がムックリと起き上がった。

 現れたのは、6mほどはある巨大な大蛇。

 その色合いはウツボに似ており、頭に生えた1本の触覚はチョウチンアンコウのようだ。

「……イキナリ踏マレテ驚イタ。オマエ、何者ダ?」
 地面に隠れていたことに驚いたものの、その大きさにはケイトは眉ひとつ動かさなかった。
「化け物運び屋だぜ。隣町の教会から、あんたに届け物だ」

 ケイトは手に持っている本を揺らすと、「泥だらけになるけど、我慢してくれ」とつぶやきながら本を地面に置き、開いた。

 白紙のページから、巨大な腕が生えてきた。濃い紫色の肌から、鬼塚と呼ばれていた鬼の変異体だろう。
 その手には、1基の棺桶が握られていた。ケイトがもうひとりの人間と協力してようやく運べた棺桶が、巨体の鬼塚にとっては1Lのペットボトルを片手で持つ程度だ。
「教会ノ時デモコウスレバ早カッタヨネ……」
 次々と棺桶を取り出しては大蛇の変異体の前に置いていく鬼塚の手を見ながら、先ほどケイトから“明里”と呼ばれていたキツネの変異体はため息をついた。



「……ウン。チャント5基アルナ」
 大蛇の変異体は頭の触覚で棺桶の数を数えると、ケイトに向かって頭を下げる。
「アリガトウ、アイツニハ報酬ヲ支払ウヨウニ連絡シテオクカラ、モウ帰ッテイイゾ」
 しかし、ケイトは腰に手を当てただけで、その場から1歩も動かなかった。
「おいおい、せっかくだから教えてくれよ。この棺桶を何に使うんだ?」
「チョッ、チョット! 見ラレタクナイカモシレナイノニ……」
 慌てて止めようとする明里の言葉に、大蛇の変異体は「イヤ、俺ハ別ニイイゾ」首を振った。
「今カラ行ウノハ、“カイセツソウ”ダ」
「かいせつそう? なんかの植物か?」
 首をかしげるケイトに対し、明里はなにかに気がついたように顔をあげる。
「カイセツソウノ“ソウ”ッテ、火葬トカノ“葬”?」
「ソノトオリダ。ココニ並ベラレタ死体ハ皆、“カイセツ葬”ヲ望ンデイタ」

 大蛇の変異体は棺桶を左から順番に、口で丁寧に開けていった。

「本当ニ見ルンダナ?」

 全ての棺桶を開け終えると、大蛇の変異体はケイトに確認を取る。

「ああ、せっかく来たんだ。そのかいせつそうってやつ、見せてくれよ!」

 地面に置いていた本を拾い上げ、付着した泥を軽めにはたき落としながらケイトが答えると、大蛇の変異体はうなずいた。



 そして、棺桶のひとつに顔を突っ込んだ。

 何かをかみ砕く音が聞こえ、棺桶からは赤い血液が噴き出している。

 顔を上げ、血だらけとなった口元を一度ケイトに見せ、次の棺桶に顔を突っ込む。

 その様子を、ケイトたちは一瞬でも目を背けようとはしなかった。



「ホハ、ホレヘハハイヘフホウヲハヒヘル」

 口に何かを含んだまま、大蛇の変異体は夜空を見上げる。



 そして、口を開けて、中にあったものを空に吐き出した。






 とある民家の窓のカーテンが開かれた。

 照明は付いていないが、その窓にはうっすらと人影が見える。

 人影は川にかかっている橋を見つめていた。なにか気配を感じたのだろうか。

 川の方向は、暗闇だけ。

 気のせいかと言わんばかりに、人影はカーテンを閉めた。



 確かに、遠くからではなにも見えない。

 そう、遠くからでは。





 大蛇の変異体の側という深海では、星空をバックに白く光るものがあった。

 蛍とは色の違う、死体から生まれた白い光。

 それはまるで、深海の海雪かいせつ……

 民家という浅瀬には決してみることのできない、マリンスノーだ。




 ケイトたち、化け物運び屋はただ、何も言わずに眺めている。

 地上の海雪葬カイセツソウを。
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