化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、地上絵が消える瞬間を見る。【前編】

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 まぶたを開くと、青い触覚が出てきた。

 眼球の代わりに生えているソレは、まぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。眠そうなまばたぎによって、フードの中で触覚を出し入れしているのだ。

 その触覚の持ち主は、木の幹に体育座りをしていた。
 体はローブに覆われており、顔もフードによって見えない。しかし、裾からはみ出している鋭くとがった爪、そしてフードの中の触覚から、よく見てみると人間ではないなにかと思わせる雰囲気を持っている。

 触覚の持ち主は、頭を膝につけた。その場で眠るように。
 しかし、時々顔を少し上げたり、体を揺らしたりすることから、眠れないのだろうか。背は高いが、どこか幼い少女のようなしぐさにも見える。

 やがて、触覚をフードで隠すローブの少女はその場で立ち上がり、足元に置いてあったものを拾い上げた。
 それは、影のように黒いバックパックだ。それを少女はローブの上から背負い、森の中の出口に向かって歩き始めた。



 森から出ると、開けた崖に出てくる。

 ここの山の崖は階段状になっており、そこから見える谷を中心に円となって囲んでいた。

 中心の谷には、チョークで書かれた奇妙な模様が描かれていた。

 星とミカンと渦巻きが足して3でわったような模様。

 その奇妙な模様を目に……いや、触角で感じ取っても、ローブの少女は動じることはなかった。見るのは初めてではないだろうか。

 フードからはみ出ている口元が緩んだことから、この模様は嫌いではないようだ。



 その時、緩んでいた口が開いた。

 チョークで書かれた奇妙な模様が、瞬きの瞬間に消えてしまったからだ。










 夜が空け、太陽の日差しが窓から差し込んできた。

「んん……まぶしい……」

 小さな小屋の小部屋の中、ベッドからゆっくりと起き上がる人影があった。

「……カーテンは閉めるべきだったな」

 眠そうに目をこするのは、老人だ。それも、顔が怖い。
 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという謎のファッションセンスをしている。

 老人はとろんとしたまぶたで窓を見ていたが、あるものを見て目を見開いた。
 すぐにベッドの側に置いてあったバックパックに手が伸びる。そのバックパックも、影のように黒かった。

 取り出したスマホの画面には、夕日に照らされるチョークで書かれた模様が周りの谷とともに写っていた。

 窓を見てみると、同じ位置にあるはずの模様がない。もうすでに消えていたというべきか。

「昨日、確かにプログ用にこの写真を撮った。その時にはあったはずだが……」

 老人は窓の外とスマホの画面を交互に見て、首をかしげた。





 数時間後、老人はバックパックを背負った姿で玄関の扉を開いた。

 そこに広がるのは、森。
 そして右を見てみると、谷が見えた。もちろん、模様は見当たらない。

 さらに右に振り向き、玄関の扉を振り向く。
 昔話に出てきそうな小さな小屋の玄関の前に、真面目そうな若い男性が立っている。
「ごゆっくりできましたか?」
 たずねる男性に、老人は「ああ」とうなずく。
「ここの民宿はサービスがよかったからな。特に、夕食は宿泊代に似合わないうまさだった」
「ありがとうございます。この民宿は趣味でやっているので、訪れた方に喜ばれることを意識しているんですよ」

 老人は満足そうにうなずきながら、もう一度谷の方向に目を向ける。

「……あの場所にあった模様、なぜ消えたんだろうか?」
 老人が指を指した方向を見て、男性はゆっくりとうなずいた。
「さあ……今朝、見てみると消えていたんですよ。書かれた意味はわからなかったけど、どこか引かれるものがあったのに……」

 感情深く谷を見つめる男性の隣で、老人はふと後ろを振り返る。

 森の草むらが、何者かが姿を隠したように揺れた。

「……どうかしましたか?」
「いや、ちょっとな」
 老人は目をごまにしている男性に目線を戻す。
「それよりも、そろそろ行かなくては。待っているやつがいるからな」
「そういえば、別行動をしている同行者がいるんでしたね。機会さえあれば、一緒に泊まっていただけたのに……」
「あいつにも事情があるからな。まあ、ここでの出来事を時間があるときに聞かせるさ」

 森の中へ歩いていく老人の後ろ姿を見送り、民宿を営む男性はまるでホテルのスタッフのようにお辞儀をした。





「……本当に消える瞬間を見たのか? “タビアゲハ”」

 森の中、老人は眉を上げて目の前に立つ人物にたずねた。

「ウン、瞬キヲシタ瞬間、光ガ消エルヨウニ消エタ」

 タビアゲハと呼ばれたこの奇妙な声を出す人物は、眼球代わりの触覚をフードで隠す、ローブの少女だ。
「坂春サンハ、朝、気ガツイタノ?」
「ああ……昨日、あの民宿の主人が話してくれたんだが……彼がここに引っ越してくる前からあったそうだ。あの模様を見るために訪れる客も少なくないという話とともにな」
 模様の謎について親しそうに話すふたり。その様子から、初対面にはとうてい見えない。
 ふたりがそれぞれ背負っているバックパックは、タビアゲハの方がやや古めであることを除くとうり二つだ。このふたりは、普段からともに行動をしている可能性が高いことが見て取れる。

「ネエ、“坂春サカハル”サン……模様ガアッタトコロ、見ニ行ッテミナイ?」

 タビアゲハの提案に、“坂春”と呼ばれた老人は複雑そうな顔で腕を組んだ。
「確かにあの模様が消えた理由は気になるが……膝が持つかどうかだな」
「休ミナガラナラ下リテイケバ大丈夫ダト思ウ」
「最悪、またあの民宿にお世話になりそうだが……まあ、いいか」

 坂春は小屋のあった方向をチラリと見てから、タビアゲハとともに歩き始めた。
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