化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物ぬいぐるみ店の店主、ワンマン飛行機で帰る。

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「ちょっと待ってよ! お兄ちゃん!」


 両端を木に囲まれた道。

 声に立ち止まった青年。

 紙袋を両手の肘に掛け、その青年に追いつこうと走る女性。



 その上空の青空を、飛行機は飛び立っていった。

 青年の先に見える、建物から。



「“真理まり”、無理しなくても大丈夫だよ?」

 振り返った青年の前で、女性は止まった。
 息を切らして腰を曲げると、危うく肘に掛けていた4つの紙袋を落としかけて、しゃがみ込む。

 真理と呼ばれたこの女性、黄色のブラウスにチノパンという服装に、三つ編が1本だけというおさげのヘアスタイル。悪く言えば地味だが、どこか家庭的な雰囲気がある。

「でも……ふうふう……お兄ちゃん……ふうふう……そんなに荷物持っているのに……ふうふう……どんどん先に行っちゃうんだもん……」

 一方、真理の兄と思われる青年は、右の肩にふたつ、右肘にふたつ、手には4つの紙袋を持っている。左手も同じ数だけ持っており、合わせて16袋といったところか。

「別に僕は平気だけど……やっぱり歩くの速いかい?」
「うん。もうちょっとゆっくり歩いてよ……」

 涼しい顔をしている真理の兄は、タンクトップの上にカーディガンを羽織っており、その背中には青く大きいバックパックが背負われていた。ズボンはジーズンに、ポニーテールの髪形だ。



 そのふたりの上空を、また飛行機が飛んでいった。



 先に見える建物に向かって、兄弟は歩く。

「それにしても、今回のデパートの似顔絵展、面白かったね。あの技術、ぬいぐるみ作りのアイデアに応用できないかなあ……」
「デパートで行われていたセールもお得だったわ。普段行っている近くのデパートでは安売りしない商品まで安くなっているんだから」
「結果、真理は大量の荷物で息を切らしたわけだけど」



 頬を膨らませる真理に、歯を見せて笑う兄。

 ふたりの上空を、またまた飛行機は飛んでいった。



「私たちの店の近くに、“ワンマン空港”ができて本当に便利になったよね」
「ああ……たしか、乗務員がパイロットひとりの“ワンマン旅客機”が止まる空港だよね。たったの500円で飛行機に乗れて、結構離れている場所にも行けてしまうのだから」



 ふたりが上空を見上げると、もう当然のように飛行機が飛んでいった。



「もうすぐ退勤の時間帯だから、短い時間になんども別の飛行機が来るのよね」
「ああ、まるで路面バスだ」



 兄は「さあ帰ろう」と意気込むと、真理とともに、目の前にある建物……

 ワンマン空港へと、足を進めた。










 滑走路で止まっている、飛行機。

 その飛行機は長距離を移動するものよりもやや小さい。



 兄弟が乗り込み、機内を見渡す。

 その室内は、乗客たちで埋まっている。

 スーツ姿の男性は仕事の疲れからか、大きく背伸びをしており、

 女性は買い物帰りなのか、バッグを肘にかけて家計簿と思われる手帳を取り出し、

 学生服を着たふたりの少女は、離陸前の内にスマートフォンをつついて笑い合う。



 そんな中、座席に座っていた4人の若者たちが、一斉に立ち上がった。

 彼らは横一列を独占していたため、飛行機から降りると一列がそのまま空席となった。

 その左側2席を兄弟が、

 もう片方の右側2席を、別の男女が座った。



 やがて、飛行機は飛び立った。

 兄弟を乗せて、予定のダイアルに間に合うように……











 ピンポーン

 つぎ、とまります。



 客室内のアナウンスで、真理は窓側に顔を向けた。
 窓の側にある、ボタンに目を向けたのだ。

「たしか僕たちの降りる空港は、この次だったよね」

 通路側に座っていた兄は顔を前の座席に向けたまま、瞳だけを真理に向ける。
 なぜか兄は背中のバックパックを下ろさずに、そのまま背もたれにくっつけていた。

「ええ。次の空港から飛び立ったら、すぐに押すわ……」

 真理の見ているボタンは赤く光っており、“とまります”という文字が見えていた。
 それとともに、飛行機は着陸の態勢に入っていった。



 再び人々の出入りが行われているころ、何気なく兄は反対側の席に目を向けた。

 通路を挟んで反対側の席に座っている男女は、眠っていた。
 ふたりの服装は黒色で、荷物も少ない。まるで葬式の後を思わせるような服だった。

 兄は思わずまぶたを閉じ、開くとともに前の席に顔を向ける。



 やがて飛行機は再び離陸し始めた。

 次の目的地がアナウンスされる。


「真理……」
「わかってるわよ」

 真理は笑みを浮かべながら、ボタンに手を伸ばした。



 だけど、アナウンスはそれ以上なにも言わなかった。



「……真理? 押さないの――」

 不思議に思った兄は、真理に顔を向けた。



 真理は異様な光景を見たことで、指先をボタンの手前で止めていた。



 窓に映っているのは、鳥が持つ翼――



 ――が生えた、人間の太ともだ。



 まるで張り付いているかのように、足は雲の景色をバッグに、その窓に映っていた。



「お兄ちゃん、これ……」「……うん、変異体だね」

 兄弟は騒ぎにならないように、お互いの顔を見て小さな声をそろえた。



「あの……どうかなされました?」

「!!」「!!」



 反対側の席のふたりのうち、窓側に座っていた男性が心配そうにたずねてきた。
 真理は反射的に、隠すように窓に張り付いた。

「あの……その窓に……」
「い、いえ! なんでもないです!」

 男性は不思議そうに首をかしげる。
 なぜ自分が窓を気にしたのか、そのことについて疑問に思っているように。

 しかし、しばらくして男性は首を振ると、謝罪の意味をこめて兄弟に向かってうなずき、再びまぶたを閉じて眠りについた。

「……」「……」

 真理はゆっくりと窓から離れると、

 窓は太陽と雲と、青空しか映していなかった。










 太陽が雲の下へ移動しようとしていたころ、今度は通路側の女性が目を覚ました。

「……!!」

 女性は先ほどから夢を見ていたのか、辺りを見渡し、現実に戻ってきたことにため息をついた。
 その様子に、兄弟が再び注目する。

「あ……すみません」

 真理の兄からの視線に気づいた女性が謝ると、「だいじょうぶですよ」と兄は手のひらを見せる。

「私ったら、先ほどおかしな夢を見て……変な動きとか、していませんでしたか?」
「いえ、よくある反応だったと思いますよ」

 自分の頬に当てる女性の手首には、黒いバッグがかけられている。

「まさかあの子が……夢の中で会えるなんて」
「あの子とは……?」

 兄は興味本位に声を出したが、女性の黒い服装を見てすぐに「いえ、失礼しました……」と撤回した。

「だいじょうぶですよ。さっきの夢で、まだ生きているんじゃないかって思ったのだから」
「……」

 女性は、まだ寝ている隣の男性の横にある窓に顔を向けた。

「あの子が消えてから、1年が経ちます。ある夜、あの子は変異した足を私に見せたんです……私はそれを受け入れられず、気を失ってしまい……気がついたら、あの子は姿を消したんです」

 兄の横で無言で見守っていた真理は、兄の背中のバックパックに目を向けた。

「あの子は、昔から空を飛ぶことを夢見ていました。大空を自由に飛びたいって……それが夢の中で、私と夫の前で現れたんです……自由に空を飛んでいる、あの子が……」



 その時、機内アナウンスによってまもなく空港に近づくことが知らされた。

 そのアナウンスで目覚めた男性は、すぐにボタンを押した。

「……危なかった」

 ワンマン飛行機のボタンのことが頭から離れていたのか、真理は自分の胸に手を当ててホッと一息ついた。










 空の太陽によって、空がオレンジ色に染まった頃。



 とある街に構える、“化け物ぬいぐるみ店”と書かれた建物の2階で、真理の兄は窓から空を見上げていた。

「お兄ちゃん、なにをしているの?」

 畳の部屋に上がった真理から声をかけられて、兄は振り返る。

「生きていたんだよ」
「?」
「ほら、隣の席にいたふたりの……」

 その説明で理解できたのか、真理は納得したようにうなずき、兄に近づいた。

「でもどうしてそれがわかったの?」
「ほら、窓を見てごらん」



 真理は窓ごしに、空を見上げた。

 そこに映っていたのは、夕焼けの雲に、一粒の影。

 その影は鳥のようでもありながら、どこか人の形にも見えている。



「あれが……飛行機で窓に張り付いていた変異体かしら?」
「かもね。なんだか、こっちに向かって手を振っているような気がするよ」



 兄はその空を飛ぶ影に向かって、手を振った。



 背負っていたバックパックは、部屋の隅に置かれている。



 兄の背中に今あるのは……青い4本の腕。



 人間のままである残りの2本とともに、その影に向かって手を振り続けていた。
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