化け物バックパッカー

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化け物バックパッカー、オレオレ詐欺をする。【後編】

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「……?」「なっ……!!」「エ!?」「ハアッッッッ!!?」



 電話から聞こえてきた返答に、最も大きな声を出したのは受話器の変異体だった。

「フザケルナ!! 2年前、困ッタライツデモ来イト言ッテイタノハ、ソッチダロッ!!」
『すまんが、娘が家を出たっきり連絡が取れていないんじゃ……もう1年じゃぞ……もう今は仕事するやる気も出んよ』
「オイッ!! コッチハ弟ガ死ニカケデ……」



 電話は、無慈悲にも切れてしまった。





「クソッタレ!! コレジャア……弟ハ……」

 大声を出す受話器の変異体に、タビアゲハは戸惑いながらもスマホを持つ手を下ろす。



「……にいちゃん」

 すると、巻き付かれている男性は受話器の変異体に向かって口を開いた。

「僕のことはいいから……にいちゃん……逃げて……」
「!?」

 受話器の変異体が男性に向けられるとともに、タビアゲハは「アッ」と小さく声を上げる。

「サッキノ大声……路地裏ノ外マデ聞コエルンジャ……」

 タビアゲハの心配を受け入れないように、受話器の変異体は首を振る。

「コンナニ酷インダ! 離レタリシタラ……オマエハ……」
「でも……にいちゃんは変異体だろ? こんなところ警察に見られたら……人間を襲ったとしてその場で駆除されてしまう」

 その様子を見ていた坂春は、策を生み出そうと両手を組み始めた。

「僕なら……変異体を匿った罪には問われても、命は助かる。救急車にさえ間に合ったら、ふたりとも生き残れるから……」
「デモ……」



 思わず、力が抜けてしまったのだろうか。

 男性を締め付けている受話器の変異体の胴体が、緩む。



 それとともに、男性の傷口から一瞬だけ血液があふれだした。

 それを、受話器の変異体が慌てて締め付けることで、ふさいだ。



「……デキルワケネエ。オマエヲ、置イテイクナド」「あ、ちょっといいか?」



 受話器の変異体の言葉を遮るように、坂春は右の手のひらで制した。

 そして、すぐにタビアゲハの持つスマホに目を向ける。



「タビアゲハ、もう一度先ほどの電話番号にかけてくれないか?」
「……?」









 タビアゲハは、受話器の変異体ではなく、自身の耳にスマホを当てた。

「……本当ニ、ウマクイクノ?」
「ああ、やるしかないだろう」

 坂春が自信満々にうなずくのを見て、タビアゲハはすぐにスマホの呼び出し音に集中するように地面に触覚を向けた。



『もしもし。もううちは仕事はやっていないんじゃが……』

 聞こえてきた老人の声に、心配そうにタビアゲハを見つめる受話器の変異体と男性。

 タビアゲハはもう一度坂春と向き合い、ともにうなずいた。



「……モシモシ、私、私ダヨ」



「!?」「!?」

 タビアゲハの口から飛び出した声に動揺するように、受話器の変異体は頭を、男性は背を伸びをした
 すぐに受話器の変異体が、坂春に向かって小さな声で話し始める。

「オ、オイ……サスガニ見エ見エジャア……」
「静かにしていろ」



『……もしかして、知子ともこか?』



 スマホから聞こえてきた闇医者の声は、真剣だった。



「……ウ、ウン。トモコ……ダヨ」
『そうか!! よかった……わしは心配していたぞ……』

 よかった……よかった……と繰り返しながら、闇医者の涙をこらえる音が聞こえてくる。

『……しかし、声はどうしたんじゃ?』
「!!」

 タビアゲハはそれに対する返答が頭から抜けたのか、一瞬だけ慌てて坂春を見る。
 坂春は落ち着けと言わんばかりに両手を出すと、タビアゲハはその場で深呼吸をしはじめた。

『知子、だいじょうぶか?』
「ウン……実ハ……私、変異体ニナッチャッテ……声ガ……」

  タビアゲハの受け答えに、受話器の変異体は関心する眼差しを坂春に向けていた。
 この返答を思いついたことに対する関心だろうか。

『!! そうか……それで連絡が来なかったんじゃな! わかった。わしが隠れ場所をさがしてあげよう!』
「ウウン、ダイジョウブ。ナントカ……隠レテイルカライインダケド……ソレヨリモ、ダイジナコトガアルノ」
『だいじなことじゃと?』

 タビアゲハは、受話器の変異体が絡みついている男性に触覚を向けた。

「私ノ友達ガ……ケガヲシテイルノ。本当ニヒドイケガ。友達ノオ兄サンガ応急処置シテイルケド、血ガ止マラナイノ。サッキ、ソッチニ電話ヲカケタミタイダケド……」
『そうじゃったか……そいつらにはすまなかったと伝えてくれ。今、車を迎えに行かせる。知子も一緒に乗ってくれ』
「ア……ソレハ……」

 タビアゲハは、口ごもってしまった。

 坂春までもが、その返答を帰されるとは思わなかったのか、戸惑った表情を見せた。



『……いや、無理にとは言わん。本当は知子の顔が見たかったのじゃが……変異体になったその姿のことを考えてやれなかった。すまんのう』



 闇医者の解釈に、一同は一斉に胸をなで下ろした。

「ウ、ウン……大丈夫……心ノ準備ガデキタラ、オジイチャンノトコロニイクカ……ソレヨリモ……」
『ああ、わかっておるわい。それで、場所は……』










 タビアゲハは場所を伝え、スマホの電話を切った。

「コレデ……ダイジョウブ……カナ?」
「ああ、名演技だったぞ」

 タビアゲハに笑みを見せる坂春。

「ソシテ、詐欺師ノ仲間入リダガナ」
「にいちゃん……もうちょっと……素直になれないの……?」

 助かる見込みが見えたからなのか、男性はため息をついた。

「……2人トモ、アリガトナ……ソレヨリモ、コナクテ本当ニイイノカ?」
「ああ、あの闇医者が知子という孫と違うと気づいた顔は見たくないようだからな」

 坂春に「そうだろ?」と顔を向けられて、タビアゲハはフードを被りながらゆっくりとうなずいた。

「本当に……なんとお礼を言ったらいいのか……」
「すまないが、そろそろ俺たちはとんずらさせてもらうぞ。この路地裏の前に来る車が闇医者のものではなく、パトカーである可能性も考えられるからな」

 そう言って、坂春は受話器の変異体と男性に背中を見せた。

「ケガ……早クヨクナルト、イイネ」

 立ち去る坂春を追いかける直前、タビアゲハはそう言い残した。








 それから、何時間の時が過ぎ、

 上空は暗闇に包まれ、街灯が光り輝く夜となった。



 坂春とタビアゲハは、ビジネスホテルの前に立っていた。
 変異体であるタビアゲハはホテルに泊まれないのだろう。坂春と一言かわすと、ビジネスホテルの前から離れ、暗闇に消えていった。



 昼間とは別の路地裏に入る直前、タビアゲハは、ひとりの女性とすれ違った。

 その女性は持っていたショルダーバッグの中からスマホを取り出し、近くの公園の中へと入っていった。




 街灯が照らす公園のベンチに腰掛け、女性はスマホを耳に当てる。

 呼び出し音が鳴り止むと、女性の表情は懐かしそうな笑顔になった。



「もしもし? じっちゃん? 久しぶりー」

「じっちゃんって、相変わらず忘れっぽいなあ……あたしだよ。知子だよ」



「……え? 昼間にかかってきたって?」

「じっちゃん……それ、オレオレ詐欺だよ」



「被害はないから、実質詐欺じゃない? それもそっか」



「それで治療は? ……ふんふん。1年もブランクがあるのに、よく成功したね」

「アタシ? うん……ちょっと仕事をしていたけど、今日、アタシに合っていないって気づいてさ……」

「明日、そっちに行くね。こまめに顔を見ることが、オレオレ詐欺の防止策なんだよ?」

「……うん。うん。それじゃ」



 女性は電話を切るとスマホをショルダーバッグにしまい、近くにあった自動販売機に向かって歩き始めた。








 その自動販売機の前では、人影がかがんで何かを探しているようだった。

 親切心を見せようと笑みをうかべて、女性はその人影に近づいた。

「どうかしました?」
「ああ……すまんが、小銭を落としてな……」



 女性の顔が、青に染まる。

 その人影が顔を見せたわけではない。

 その人影の声に、顔を青に染めたのだ。



「よかったら、手伝ってくれな……」



 人影が顔を出したころには、既に女性は遠くへと走り出していた。



「なんだあの女性は……しかし、どこかで聞いたことのある声だったな。たしか、駅のトイレで……」

 その人影……坂春は「まあ、いいか」とつぶやき、再び自動販売機の下に手を入れた。
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