化け物バックパッカー

オロボ46

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★変異体ハンター、出来ることは何でもやった変異体と出会う。

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 雨の音が響くガラスのない窓を、その黒い手はつかむ。



 空は黒く、降り注ぐ雨はカーテンのようにはっきりと視認できる。



 どしゃぶりだ。



 どしゃぶりのカーテンの向こうで、1台の自動車が止まったのが見える。

 ココアカラーの、自動車。

 その自動車から、ふたりの人影が降り立ち、

 この廃虚に向かってくる。



 黒い手の持ち主は、カタカタと歯で音を鳴らし、

 窓から手を離した。








「この病院……いかにも出てくるって感じの廃虚っすね……晴海はるみ先輩」

 黒い手の持ち主は天井に頭を向け、扉の向こうから聞こえてくる声に耳を傾けていた。
 彼らがこの部屋にやって来るのを楽しみに待っているように、指を組んでいる。

「こういうところは、“変異体”の絶交の隠れ場所だからねえ。大森おおもりさん。人間に見られたら騒ぎとなり、警察が駆けつけ……」
「わかってますよ。施設の隔離か……最悪、その場で処分ですよね?」

 その声は、男性と女性の声に別れている。
 男性の声は敬語でありながら陽気な声質。女性の方は口調とともにけだるそうな声質だ。



 やがて、足音も聞こえてきた。

「それで……今回の依頼はなんだっけえ?」

 “晴海”と呼ばれた女性が確認の声を取るとともに、拳銃の安全装置が外れる音が響く。

「今回はこの付近で目撃証言が多数寄せられている変異体ですね。その目撃証言のあった場所付近では、死体が多く発見されている……警察はここに変異体がいると突き止めたものの、ほとんどは殺害された」
「そっかあ……それじゃあ、遠慮無くぶちかましていいってことだねえ」



 その言葉……そして、その足音が近づくにつれ、

 組んでいる指の動きが、早くなる。

 まるで、フルコースを目の前にして、待ちわびるように。



「この辺り……ほこりがあまり散っていないですね……」
「だとすれば……この扉だねえ。大森さん、準備はいぃ?」



 ドアノブがひねられた瞬間、



 その扉は勢いよく放たれ、拳銃を構えたふたりの人影が部屋に上がり込む!








「ヤット来タ来タ! 待ッテタヨ変異体ハンター!!」







 病院のベッドで、その化け物……変異体は、黒い両手を広げてふたりを歓迎した。

 見た目をずばり言えば、真っ黒なガイコツ。
 その肩からはヒモのようなものが生えており、それを壁の穴の中につなげている。両手は翼のような形になっており、胴体よりもはるかに大きい。

 そして、表面はトゲが生えており、その先端は赤くなっている。

 赤い血液が、固まっているかのように。




「イヤア、俺ハコノ世デデキルコトヲ全テヤッテ来タカラネエ。コノ日々ニチョウド退屈シテイタトコロ……」



 突然、ガイコツの変異体はその片方の翼で宙を振り払った。

 窓付近の壁に、弾痕が現われる。

 弾痕を女性……晴海は、煙が伸びるサイレンサー付きの拳銃を構えたまま、目を向けていた。
 その横にいた男性……大森は口を開ける。

「弾を……はじき返した!?」

 そんなふたりに対して、ガイコツの変異体はため息をつく。

「チョットキミ、ソレハ飽キ飽キナンダヨネ。今マデモ警察ガ銃ヲブッ放シテキタ経験ヲシテキタカラサア……マアイイヤ」



 ガイコツの変異体がアゴで天井を指すと、天井から2本のガイコツの手が生えてきた。

「!!」「あっ!!」

 その天井に拳銃を向ける晴海と大森だったが、ガイコツの手によってあっさり奪われてしまう。

「ア、戸締マリモチャントシナクテハ」

 ガイコツの声とともに、扉の横にも4本のガイコツの腕が現われる。
 そして、ガイコツの腕は扉をふさいでしまった。

「これじゃあ、戻れない……!!」「やってくれるねえ……」

 追い詰められたように、ガイコツの変異体をにらむふたり。

 それに対して、ガイコツの変異体は敵意のないようにカタカタと笑い始めた。



「ソウカッカシナイデクレ。俺ハアンタタチヲ殺スツモリハナイ。ナンドモヤッテ、飽キタカラナ」



 ガイコツの変異体は、その翼のような手をベッドの下に伸ばし、2脚のパイプイスを取り出した。

「立チ話ナンカヨリ、座ッタホウガ新鮮ダロウ? ホラ、緊張セズニ黙ッテ座レヨ」



 組み立てられて設置された2脚のパイプイスに翼の手で指さすガイコツの変異体に、

 ふたりはあっけにとられる顔で、互いの顔を見合わせた。









「……それで、いったいなにをするつもりなんですかあ?」

 ベッドの横に用意されたイスに腰掛け、晴海はその細長い足を組む。

 ロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ、手には大きなハンドバッグと、素晴らしいスタイルに非常に似合っている服装。

 その彼女の足を、ガイコツの変異体はなめるように見る。

「ナカナカイイ足ダナア。子供ノコロ、イイコトヲシテクレタ女性ヲ思イ出ス」
「その汚い歯並びのアゴに、ぶち当ててもいいですかあ?」

 害虫を見る目で答える晴海に、ガイコツの変異体はうれしがるようにカチカチと歯を鳴らす。

「コノアゴヲ蹴ラレルノハ、20代ノコロ以来ダ。イヤ、アノ時ハタマタマ当ッタダケデ本人ニ蹴ル意思ハナカッタカラ……意思ヲモッテ蹴ッテキタノハ、30代ノコロニ俺ガ頼ミ込ンデ蹴ッテモラッタ女性ダナ」
「あ、あの……ちょっといいか?」

 懐かしむガイコツの変異体の言葉を遮るように、大森が両手の手のひらを見せる。
 
 ショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われている。
 そしてその目には、普段付けているとは思えない、大きいゴーグルが装着されていた。

「あんた……俺たちが“変異体ハンター”ってことをわかっているだろ?」
「アア。普段ハ警察ニ相談シタクナイ人間カラ依頼ヲ受ケテ、変異体ノ処理ヲ行ウ。腕ノイイ変異体ハンターハ、警察ニハ手ガ負エナイ変異体ノ処理ヲ依頼サレルコトダッテアル」

 横で晴海はため息をつき、「それがわかっているなら……」と鋭い目つきを向ける。

「なぜそこまで余裕そうですかあ? 武器を取られただけで勝った気になっているんですかあ?」
「ダカラ、言ッテイルダロウ? 俺ハ殺スツモリハナインダッテ」

 ガイコツの変異体は無抵抗であることを示すポーズを、両腕の翼で取る。
 しかし、その翼にはトゲがある。

 そのガイコツの額に、影が現われる。



「俺ハ、コノ人生デ、デキルコト全テヲヤッテキタ……全テダ……スベテナンダヨ……今更人ヲ殺シタトコロデ、飽キ飽キナンデネ」



 じっと変異体をにらむ晴海と大森の表情を見て、

 変異体はすぐに笑うガイコツに戻った。

「ソンナ目デ見ンナッテ! 俺ハ小学生ノコロカラ、タクサンノ女ノ子ニ純愛ナル目デ見ツメラレテキタンダカラナ!」



「……やっぱり、腕の1本2本折って、いいよねえ?」
「こんな状況で相手を刺激しないでくださいよ……武器、取られているんですから」

 大森はガイコツの持つトゲの翼を見ながら、冷静に晴海を諭した。










「……あたしから質問しても、いいですかあ?」

 晴海は人差し指を立てて、ガイコツの変異体にその指を見せる。

「あなた、人生でできること全てをやってきたと言っていますけど……本当なんですかあ?」

 ガイコツの変異体は「ソノ言葉モ、久シブリダ」と笑う。

「モチロン、俺ハ全テヤッタサ。学校ニモ行ッタシ、刑務所ニモ行ッタ。会社員トシテ出世モシタシ、独立シテ自営業モヤッタ。結婚モシタシ、離婚モシタ。旅ニモ出タシ、家ニモ引キコモッタ。人モ救ッタシ、人モ殺シタ。全テヤッテキタ」
「平ッ然と殺人まで話すのかよ……」

 大森が眉をひそめるのに対して、晴海は顔色ひとつも変えなかった。

「それじゃあ……」

 晴海は、じっとガイコツについている、眼球のない目を見つめる。



「死ぬこと」



 ガイコツの変異体は、目をそらした。



「死ぬことは、まだ未経験……ですよねえ?」



 そらした目を追いかけるように、晴海は顔を近づけた。



「生き物は死ぬと、動かなくなる……それはつまり、一切の経験を行うことができる……だから、死ぬことは最後に経験すること……そのはずですよねえ?」
「……知ッテルヨ。ソンナコト」

 ガイコツの変異体は、ふてくされるようにそっぽを向く。

「……ナンドダッテ、ヤッタサ。死ヌコトノ……マネゴトグライ。ビルノ屋上カラ飛ビ降リタリ、首ニロープ引ッカケタリ、手首モ切ッタシ……」

 そして、自身の背中の羽を見るように、首を動かす。



 何年も動かしていないような、さびた金属がこすれる音が漏れていた。



「ヨウヤク死ンダト思エバ、コンナ姿ニナッテシマッテ……他人カラ責メラレルノハ飽キテテ鬱陶シカッタケド、警察ドモニ打タレルノハ刺激的ナ経験ダッタ。ソレ以来、コノ体デイロイロヤッテミタンダ。腕ヲ切リ落トシテミタリ……眼球抜キ取ッテミタリ……警察ヲ呼ンデ、拳銃ヲ受ケ止メテミタリ……」



 その首は止まらず、人間では決して向けない角度……

 90度を振り向き、壁を見た。



「タダヒトツダケ……デキテイナイコトガアル……」



 ガイコツの変異体は、アゴで壁を指す。

 その方向にあったのは、壁の中へとつながっているヒモ。
 ガイコツの変異体の肩から生えている、ヒモだ。



「……このヒモを、引っ張れって言うんですかあ?」

 晴海がそのヒモを握ると、ガイコツの変異体は満足そうにうなずいた。



 晴海がそのヒモを引いた瞬間、



 心電図のような、甲高い音が部屋に響き渡る。




 その甲高い音の正体は、壁からあふれ出る黒い血液が噴き出す音だった。



「アア……コレダヨ……コレガ……最後ニ……経験シタカッタ……コト……」



 ガイコツの変異体は、ゆっくりと晴海と大森に、顔を向ける。



「誰カニ看取ミトラレナガラ……死ンデイク……モウ一生……コナイカト……思ッテタ……」



 すうっ、と、最後の息を吸う音。



「アリ……ガ……」



 壁からあふれている黒い液体が、止まった。



 それとともに入り口の前に拳銃が落ちて、



 ガイコツの変異体は、糸が切れたように、うつむいた。








「……」

 状況が飲み込めない大森に対して、

「あーあ、付き合ってらんない」

 晴海はあきれた表情で、変異体の亡骸をスマホのカメラに収めた。

「は、晴海先輩……?」
「第一、この変異体……誰かに看取られながら死ぬことが、唯一やってないことだって言ってたよねえ?」

 大森は「た、たしかに……言ってましたが……」と頭をかく。



「……誰にも看取られず、ただひとりで穏やかに死ぬって方法……その方法は、まだやっていないよねえ?」
「あっ」



 晴海はため息をつくと、席から立ってそそくさと入り口に向かって行く。

「早くいくよお、大森さん。あとは警察に任せればいいんだからあ」
「わ、ちょっと待ってくださいよ!!」



 入り口の前で、先ほどまで扉をふさいでいたガイコツの手は、力なくぶら下がっていた。



 その下にある拳銃を晴海は拾う。



「もっとも、あなたが幸せそうに看取ってもらったと思っていても、アタシたちはなんの感情も抱かなかったですけどねえ」



 今はもう、動かなくなった……ガイコツの変異体。



 その体に付着した、人間によるものである赤い血痕。



 晴海は軽蔑するようにその血痕をにらむと、

 大森とともに、部屋を後にした。
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