化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
154 / 162

★商人の我輩、タマゴを噴水に入れる。【前編】

しおりを挟む


 扉を開いた先にあったものを見て、時が止まった感触に陥る。

 その目で見た物に対する、あるいはこれからの自分に対する不安の、恐怖で。



 そんな妄想を、扉のノブを握る度に頭で行い、本当に起きないものかと楽しんでいる。



 我輩も、先ほどまではそうだった。








 我輩がそのログハウスの玄関を開いた先に存在したのは……

 首つり死体だ。



 女性の長い髪を垂らして、遠心力を頼りにぐるぐると回っている。

 その後ろにあったのは、赤い血液だらけのベビーベッド。

 足元の倒れたイスが、自ら命を手放す決意を表わしていた。



「あ」

 顔を流れる汗と胸を打つ心臓を鼓動を押さえながら、あの首つり死体を眺めて気づいた。

 この恐怖は心理的なものではなく、あの死体を見たことによる科学的なものによると。



 我輩は手にしているビジネスバッグから、ゴーグルを取り出し、装着した。
 そして改めてその死体を見ることで、我輩は心を落ち着かせることができた。








 その死体の下半身は……黒い大蛇の尻尾になっていた。
 人間のままの姿を保っている上半身と、その首にかけられたロープとともに振り子のように揺れている。
 そしてその腹は、大きな穴が空いていた。

 彼女……我輩の商談相手だったはずのその死体は、変異体と呼ばれる化け物である。
 突然変異症によって、化け物の姿になった元人間。その変異した箇所を普通の人間が見ると、恐怖という感情がわき上がってしまう。これは、変異した箇所を構成する肉体の科学的な反応らしい。

 そんな変異体、あるいは変異体と関わりのある人間を対象とした商品を売るのが、我輩の仕事である。
 今、装着したこのゴーグルは、変異体を見た時に起きる恐怖を遮断する効果がある。希少な素材を使っているため、この星の全ての人間に普及させるのは絶望的だが。

 普段なら相手がどのぐらい変異が進んでいるのかを確認してから、商談に向かうのだが……
 今回の相手は、我輩のスマホに住所とただ一文のメッセージを送っただけだった。



“運んでほしいものが、あります”



 その一文だけというメッセージに、警戒心が好奇心に屈してしまい、我輩はこのログハウスに訪れてしまった。



「……商談内容は、この遺書に書いてあるのか?」

 我輩はイスの近くに投げ出された封筒を手にとって、もう語ることのないであろう変異体の死体に語りかけた。
 そして、その封筒を開いてみる……

 内容は……報酬と思われる小切手をのぞけば、スマホの依頼文と同じく住所と一文だけ。



“私の一部を、そこに運んでください”



 それとともに、死体の方からなにかが落ちる音がした。



 宙に浮く死体の足元には、巨大なタマゴが落ちていた。
 ……タマゴにしては少し平べったい形だが。大きさは500mlのペットボトルといったところか。
 この変異体の腹から出てきたということは……今回の商談となる運ぶ物は……



「……代金は、ちゃんといただいた」



 封筒の中に一緒に入っていた小切手を首つり変異体に見せると、我輩はそのタマゴを拾ってログハウスの出口へと向かった。



 そのタマゴは、大きさよりもはるかに軽かった。









 あれから、数日立ったころ、

 我輩は、目的地にたどり着くことができた。



 空には模様のない満月が浮かんでおり、その下にたたずむ公園は、静かだった。

 その公園に入って、設置された街灯よりも目を引く光。
 公園の目の前にそびえ立つ……巨大なタワーマンションだ。背を逸らさないと最上階が見えないほどの高さ……部屋を借りるとすれば、家賃だけで何億もかかるだろう。

「まあ、さすらい者には縁のない話か」



 公園の中にある、噴水。
 これが昼だったら、奇麗な水の流れを眺めることができたのだろう。今は人のこない時間帯なのか、水が止まっているが。

 我輩はその噴水の前に立つと、両手の荷物を1度噴水の縁に置く。

 先ほどまで右手に持っていたのは普段は商品や旅の荷物を持ち運ぶためのビジネスバッグ。
 左手に持っていたのは折りたたみバッグだ。その折りたたみバッグには、巾着袋が頭を出している

 その巾着袋から、例のタマゴを取り出した。

 このタマゴはあの変異体の体の一部というのだから、おそらくこのタマゴも見た者を恐怖で襲うだろう。この時のために巾着袋、そして荷物が増えたときに用意していた折りたたみバッグを携帯していて、本当によかった。




 我輩はそのタマゴを抱えると、

 噴水の中に、沈めた。



 住所が書かれた手紙の裏に、水の中に入れるよう、指示があったからだ。



「これで、商談は成立……か」



 暗闇に向かってそんなことをつぶやきながら、我輩はこれからのことを考えた。

 せっかく来たのだから、今日はホテルに泊まるとするか……思ったよりも、報酬に対する今回の商談のコストは少なかったからな。










 公園の中を歩いていると、ふと、街灯に照らされるベンチが目に入った。

 人がベンチに腰掛け、新聞紙を広げていたからだ。
 真夜中だと、いうのに。



 遠くから見るだけでもわかる、かっぷくのよさ。

 横を通る際、気づかれないように観察してみる……
 ハウンチング帽子に黒いスーツ。顔はちょびひげの生えた中年男性といったところか。
 ベンチに腰掛け、この時代では珍しい新聞紙を広げているその姿は、どこかオーラを感じさせるものがあった。



「……お兄さん、私に興味があるのかね?」



 ……少々興味深そうに見すぎてしまったか。
 その男性から恵比寿顔を向けられたので、我輩はそっぽを向くことにした。

「まあ、私は有名人だからなあ。他の大量なファンがいる場所ならともかく、いざ1対1の対面になると言葉が出てこなくなるものだ。うんうん」
「……」

 この時間帯で絡むとなると、酔っ払いを連想してしまう。
 しかし、見たところこの男性の頬は赤く染まっていない。それにしゃべり形もハキハキしている。その冗談も、普段から言っているようだ。
 それに、この男性の言っている通り……どこかで見た顔だ。



 この男性が酔っ払いではないという、なによりの証拠が……今、彼の目付きとして提示された。



「お兄さん、商人さんかな? それも、訳ありの」
「……!!」











しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...