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化け物バックパッカー、メリーゴーランドに乗る。【後編】
しおりを挟む空に紺色が現れ始めたころ、
園内を歩いていたのは、白いメリーゴーランドの馬だった。
その上には……坂春とタビアゲハの姿もあった。
「アア……ゴメンネ。ワタシ、テッキリ駆除ニ来タ変異体ハンターカト思ッタネ」
タビアゲハよりも低く籠もった声で、その変異体は上に乗るふたりに謝罪する。
「だからといって、わざわざ完走するやつがおるか……あの体制、きつかったんだぞ……」
坂春は頭に手を当てながら、苦言を述べた。
「イヤネ、ナンダカ最後マデヤラナイト、失礼ト思ッタネ」
「デモ、私ハ楽シカッタケド?」
気分の悪そうな坂春の前で、タビアゲハはすずしい顔で馬の変異体を撫でる。
フードの下にある青い触覚は、気分がよさそうに揺れていた。
「ソレニシテモ、美人ナ変異体ト一緒ニ旅ガデキテ、アナタ、幸セ者ネ!」
馬の変異体は、からかうように坂春に話しかける。
それを聞いたタビアゲハは、言葉の意味がわからず首をかしげ、坂春の顔を振り返る。
「そこは喜ぶところだぞ、タビアゲハ」
「ソウナノ?」
その反応に、馬の変異体は笑い、先ほどまで気分の悪そうだった坂春も笑みをこぼした。
ただタビアゲハだけが、理解していないように触覚を出し入れしていた。
「ソウイエバ、コノ遊園地ッテモウ終ワッテイルミタイダケド……アナタハココノコト、ヨク知ッテル?」
お化け屋敷の前で、ふと、タビアゲハは馬の変異体にたずねる。
「知ッテイルモナニモ、俺ハココノ支配人ダッタネ」
「変異体になったのも、この遊園地が閉園となってからか?」
誇り高く答える馬の変異体だったが、坂春の言葉に少しだけ顔を地面に向ける。
まるで、坂春の言葉に寂しさを感じるように。
「ソレガ、アマリ覚エテイナインダネ……気ガツイタラコノ姿ニナッテ、遊園地モ誰モコナクナッテイタ」
「……モシカシテ、誰モ来ナカッタ?」
「……」
黙り混んだ馬の変異体に、タビアゲハはその言葉を放ったことを公開するように、口に手を当てた。
「ゴメンナサイ……寂シク……サセチャッテ……」
「イヤ……タシカニ寂シカッタネ……ダケド……ソウジャナイ……別ノナニカガデ……モヤモヤガ……残ッテイル……」
馬の変異体は、その場で立ち止まって顔を上げる。
「ズット……ソレヲ……考エテキタ……ダケド……ミンナ……モウ……帰ッテコナインダヨ……」
「……」
タビアゲハは、どう言葉をかければよいのか、わからない様子だった。
「なあ、次はメリーゴーランドにしないか?」
「?」「?」
坂春の言葉に、ふたりの変異体はあっけにとられるように固まった。
「いやな、ちょっと思い出したんだが……小さいころ、メリーゴーランドに乗ったことがあってな……その時、考え事で悩んでいたのが、乗っている内に忘れて夢中になった……そんな記憶があるんだ」
坂春は、近くにあった建物に目を向けた。
「アッ……」「……」
それは、メリーゴーランド。
柱を囲む馬はまだ存在するものの、ところどころが錆びだらけで、動きそうにない。
それでも、馬たちは今にでも動き出しそうに、美しいフォームで足を上げていた。
「……」
その馬たちを、馬の変異体は懐かしそうに眺めていた。
「忘れてくれ、幼少期のことを話すのは恥ずかしいもんだって、今後悔しているのだからな」
坂春は首を振り、馬の変異体をやさしくなでる。
「……夢中……カ」
馬の変異体はまぶたを閉じ、決心したように頷くと、
一気に、かけ始めた!!
「アッ!!?」「おい!! どうしたんだ!!?」
「ドウスルッテ……今カラメリーゴーランド、乗セテアゲルンダヨ!」
馬の変異体は、徐々にスピードを上げる。
まるで、ジェットコースターの上り坂のような、準備をするように。
やがて、そのスピードは下り坂にさしかかるように、急激に早くなる。
振り落とされそうになった坂春とタビアゲハは、その馬の変異体の背中によって粘着テープのように固定される。
そのスピードは、あっという間に広い園内を1週してしまった。
「ソレデハ、行ッテラッシャアアアアアアイイイイイイイ!!!」
「!!」「!!」
馬の変異体は、力強く後ろ足を蹴った。
タビアゲハは、反射的にまぶたの裏に閉まった触覚を、恐る恐る出した。
「……!!!」「これは……」
馬の変異体は、坂春とタビアゲハを乗せて、
夜空を、待っていた。
馬の変異体が足を動かすと、
下に見える街灯が、動いていく。
「スゴイ……キレイ……!!」
「空を飛ぶメリーゴーランドは創作でよく聞くが……夜景がメリーゴーランドの装飾に、思えてくるものなのだな……」
坂春はどこか懐かしそうにつぶやいた。
その時、なにかを思い出したように眉を上げた。
「アナタ……絵デ書イテクレテタネ……坂春クン」
「……!!」
満月の光は、星空を照らしていた。
街外れに存在する、金網に飾られた古びた看板。
その看板の端っこに存在する画用紙は、ボロボロながらもまだ看板にしがみついていた。
星空を、馬に乗って飛ぶ男の子の姿。
子供が描いたとされるその画用紙は、満月の光に照らされていた。
その上空を……空飛ぶメリーゴーランドは、駆けていった。
それから、数日が立った夜。
街から離れた位置に存在する森。
その中で、明かりの灯ったテントが見えていた。
テントの前で折りたたみ椅子に腰掛け、坂春はスマホの画面を眺めていた。
その指は……まったく動いていない。
山奥でキャンプをしていた坂春は、体育座りでスマホの画面を見ていた。
「本当ニ楽シカッタナ……メリーゴーランド」
「……」
テントの裏で声が聞こえてきたかと思うと、そこからタビアゲハが顔を出した。
まるで、坂春の言葉が返ってこないことに不思議に思ったように。
「坂春サン、ドウシタノ?」
「あ、いや……なんでもない」
坂春はタビアゲハに笑みを浮かべて手を振り、スマホに再び画面を向けた。
「……本当に楽しかったよ。遊園地のおじさん」
その記事に描かれていたのは……とある変異体が、駆除されたというニュースだった。
数年前、遊園地で変異体が暴れる事件が発生した。
たくさんの人間が犠牲となり、その変異体は捕まらずに逃走。遊園地は廃園となったのだという。
変異体の特徴は……メリーゴーランドの馬に似た模様を持っていたこと。
その変異体の死体は、昨日、遊園地の中にいるところを目撃され、駆除された。
変異体は、抵抗はしなかったというウワサがあるという。
「……」
坂春のつぶやきに、タビアゲハは吹き出した。
「どうした?」
「ナンダカ、坂春サンニシテハ珍シイコト言ッテルッテ思ッテ」
「悪いか?」
「ウウン、トテモステキダト思ウ」
坂春は「そうか」と静かに笑い、テントの中へと戻っていった。
タビアゲハは、再び夜空に青い触覚を向けた。
「コンドアッタ時ハ……モットイロンナ遊具ニナッテ、楽シマセテクレルカナ……ソシテ……マタ一緒ニ、空ヲ走ッテクレルカナ……」
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